東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1945号 判決 1959年6月27日
控訴人 原告 株式会社野水商店
訴訟代理人 田中染吉
被控訴人 被告 株式会社上野半兵衛商店 外二名
訴訟代理人 中沢浦次 外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人株式会社上野半兵衛商店は控訴人に対し太さ十六粍、長さ五・五米の丸棒鋼十噸を引き渡せ。もし右被控訴会社に対する右強制執行が不能のときは、被控訴人等三名は控訴人に対し連帯して金四十万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。(但し原判決二枚目裏一行目に「倉庫証」とあるのは「倉庫証券」の誤記と認められるので、右のとおり訂正する。)
控訴代理人は次のとおり述べた。
一、東京都及びその周辺都市での鉄鋼業者間に流通する荷渡指図書は、鉄鋼の売買に当り売主が買主の求めによつて発行するものでこれを発行したときは、その証書に転売を禁ずる文言を特約事項として記載しない限り、その後鉄鋼の転売が行われる都度荷渡指図書は転売人から転買人に順次転輾譲渡されている。最後の所持人は右荷渡指図書で、鉄鋼の買主であることを証明して、荷渡被指図人である荷渡担当者にこれを呈示して、証書記載の物品を受け取ることができるのである。しかも、その場合荷渡指図書の発行人は、取引の相手方である買主に対して有する人的抗弁で、右荷渡指図書の所待人に対抗することができない。すなわち、荷渡指図書の所持人は正当な所持人である限り、証書を呈示すれば必ず証書記載の物件の引渡を受けることができるのであつて、このことは明治三十七、八年以後の事実たる慣習である。
控訴人は右慣習を信じて疑わなかつたので、本件荷渡指図書を取得したものであり、また、被控訴会社は転売を禁ずる文言を記載することなく転輾流通させることを目的としてこれを発行したものであつて、右慣習による意思を有したことが明らかであるから、控訴人に対し何等の抗弁権も有することはできない。
二、仮りにそうでないとしても、荷渡指図書はその有価証券性より観察すれば、一種の債権的証券で民法第四七一条所定の記名式所持人払の証券的債権である。転売を禁ずる文言の記載のない荷渡指図書は業者間に転輾流通することを目的とし、少くとも流通することを予想して発行せられる一種特別の証券的債権で、記名式で発行するのを通例とするけれども、指名債権でも、指図債権でもまた無記名債権でもない。従つてその流通については民法第四七二条が類推適用され、その証書の振出人である債務者は証書に記載した事項及び証書の性質から当然生ずる結果を除くほか、原債権者に対抗しうべかりし事由で善意の譲受人に対抗することはできない。控訴人は本件荷渡指図書の正当にして善意の所持人であるから、被控訴会社主張の留置権の抗弁はいずれも理由がない。
被控訴代理人は、控訴人請求の本件物件の時価が、昭和三十四年二月二十八日(本件口頭弁論終結時)現在で、少くとも控訴人主張のように金四十万円を下らないことは認めると述べた。
当事者双方の証拠の提出援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるからこれを引用する。
控訴代理人は当審証人西山伝平、長谷川万吉の各証言及び当審での鑑定人稲脇修一郎の鑑定の結果を援用し、乙第六ないし第八号証の成立は認めると述べ、被控訴代理人は乙第六ないし第八号証を提出し、当審での鑑定人稲脇修一郎の鑑定の結果を援用し、なお乙第三号証は訴外小松俶郎の作成したものであると述べた。
理由
被控訴会社が昭和二十七年十月四日訴外飯田鋼材株式会社にあてて渡先を無記名とした丸棒鋼(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸の荷渡依頼書一通を発行したことは当事者間に争がない。
いずれも成立に争のない甲第一号証、乙第四、第五号証、原審証人秋葉朝四郎、山上健夫、若松英雄の各証言及び原審での控訴会社代表者野水正司の第一回尋問の結果により成立を認める甲第二号証、原審証人小松俶郎の第一回証言により成立を認める乙第三号証と原審証人秋葉朝四郎、山上健夫、若松英雄、小松俶郎(第一、二回)、山田欣二の各証言及び原審での控訴会社代表者野水正司(第一、二回)、原審での相被告本人後藤幸一の各尋問の結果を綜合すると、次の諸事実を認めることができる。
訴外三和鍛熱工業株式会社代表取締役小松俶郎は昭和二十七年十月一日頃訴外東京山一株式会社の代表取締役である山上健夫及び訴外山上九一郎から訴外三辰商事株式会社振出の受取人を白地とする額面三十九万九千円、五十万円、四十一万八千円、三十万三千円と各定めた約束手形合計四通を預り、そのうちの三通は他から割引を受けてこれを現金化することと他の一通で三十万円ないし四十万円程度の鋼材買付の依頼を受けてこれを承諾した。三和鍛熱工業株式会社の代表取締役小松は訴外横須賀昂一をして鋼材業者である被控訴会社と交渉させ、同年同月四日三和鍛熱工業株式会社を買主、被控訴会社を売主として、被控訴会社所有の丸棒鋼(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸の売買契約を締結し、前記三辰商事株式会社振出の額面三十九万九千円の約束手形一通と引換に本件荷渡依頼書一通の交付を受けた上、これを山上九一郎に手交した。山上九一郎は更にこれを東京山一株式会社の代表取締役山上健夫に交付し、同会社は同訴外若松英雄を介して右荷渡依頼書を代金三十三万円で控訴会社に譲渡し、控訴会社はその所持人となつた。控訴会社は翌五日本件荷渡依頼書の被指図人である飯田鋼材株式会社に対し本件荷渡依頼書を呈示して荷渡依頼書記載の丸棒鋼十噸の引渡を求めたが、同会社はかねて被控訴会社から右物件は三和鍛熱工業株式会社に引き渡すよう指示されていたので、控訴会社の右引渡請求を拒絶した。
被控訴会社は、三和鍛熱工業株式会社との前記売買契約では、代金の支払方法として三和鍛熱工業株式会社が自己振出の約束手形によることを約定していたのに、前記のとおり三辰商事株式会社振出の約束手形を持参したことや、本件荷渡依頼書が、業者間においてとかくの風評のある東京山一株式会社を経て、控訴会社に転売されていることに不安を感じた結果、同月十七日三和鍛熱工業株式会社との間で、前記売買契約を合意解除した。
以上の認定を妨げる証拠は存しない。
控訴人は、「控訴会社及び被控訴会社は鉄鋼業者であるところ、東京都内及び隣接市町村一円の地域の鉄鋼業者間においては、荷渡依頼書を以て貨物引換証ないし倉庫証券等の代用となし、荷渡依頼書を譲渡することが、その表示する物品の所有権を譲渡することとなるので、鉄鋼製品の取引に当つては、物の引渡に代えて荷渡依頼書の交付を以てするか或は少くとも荷渡依頼書を呈示すれば必ず証書記載の物件の引渡しを求め得るとする商慣習があり、控訴会社は右慣習による意思を以て本件荷渡依頼書を取得したもので、従つて本件荷渡依頼書の取得と同時にこれに表示された丸棒鋼十噸の所有権か、或はその引渡請求権を取得した。」旨主張するので先ずこの点について判断する。控訴会社並びに被控訴会社がいずれも鉄鋼業者であることは、被控訴会社において明らかに争わないところである。各その成立に争のない乙第六、七号証、当審での鑑定人稲脇修一郎の鑑定の結果並びに原審証人加藤直次郎、原審及び当審証人長谷川万吉の各証言によると、京浜地方、阪神地方その他商業活動が活溌に行われている地域では、鉄鋼類その他種類を以て示しうる商品の売買に当り、取引数量が比較的大量である場合は、売主は自己の所有する商品で仕入先又は倉庫業者に寄託中のものについて、仕入先又は倉庫業者にあてて右商品を買主又はその指図人に引き渡すことを依頼したいわゆる荷渡依頼書を発行してこれを買主に交付し、これによつて商品の現実の引渡を省略して、商品の引渡に要する費用や時間、労務の節約と商品の人為的及び自然的損耗の危険防止を図ろうとする商慣習が、一部の業者の間に存在することを認めることができる。
しかしながら、鉄鋼業者が右のような荷渡依頼書を発行した場合、控訴人主張のように、荷渡依頼書を以て貨物引換証又は倉庫証券等の代用となし、荷渡依頼書の譲渡がその表示する商品の所有権譲渡の効力を有するものとし或は少くとも荷渡依頼書を呈示すれば証書記載の物件の引渡を求めうるものとする商慣習が存在するとの点は、これを認めるにたる証拠はない。もつとも、原審及び当審証人長谷川万吉、原審証人秋葉朝四郎、山上健夫、若松英雄、加藤直次郎及び当審証人西山伝平の各証言並びに原審での相被告後藤幸一の本人尋問の結果中控訴人の右主張を裏付けるかのような証言部分は前掲鑑定人稲脇修一郎の鑑定の結果及び乙第六、七号証の記載に照して信用することができない。
よつて右商慣習の存在することを前提とする控訴人の右主張は採用できない。
控訴人は本件荷渡依頼書を善意で取得したことによつて、右書面の物権的効力によつて、仮りに右書面が物権的効力を有しないとしても、債権的効力を有するから、その効力によつて本件丸棒鋼の引渡を求めると主張するから次に判断する。
本件荷渡依頼書は丸棒鋼(太さ十六耗、長さ五・五米)十噸の売主である被控訴会社が右売買物件の保管者である飯田鋼材株式会社に対してその証券所持人に右物件の荷渡を指図した書面であることは、甲第一号証の「下記の貨物此証引換に御渡相成度く、荷渡後は本書で物品受領書に換えます」との記載及び原審(第一、二回)証人小松俶郎、山田欣二の各証言並びに原審での相被告本人後藤幸一の尋問の結果により明らかである。このような荷渡依頼書の性質効力について、当審での鑑定人稲脇修一郎の鑑定の結果と乙第六、第七号証の記載をも参酌して考えてみる。荷渡依頼書は指図を表示した証券で、その所持人がこれを被指図人に呈示して商品の引渡を求め証券表示の商品を受領することによつて満足を遂げ、他面受寄者である被指図人は荷渡依頼書と引換に商品を所持人に引き渡すことにより、たとえその所持人が正当な所持人でなかつたとしても、荷主(指図人)に対し右引渡の責を免れるものであることすなわち免責証券としての作用をなすものであることは疑のないところである。思うに、指図によつて指図受取人に生ずる効力は、被指図人又は指図人に対する証券表示の商品の引渡請求権ではなく、単に商品を受領しうる権能であるから、荷渡依頼書の交付又は譲渡を受けたものは、これによつて商品を受領する権能を取得するだけで、被指図人に対してはもちろん指図人に対しても商品の引渡請求権を取得しえないものと解するのを相当とする。もつとも荷渡依頼書の発行者である指図人に対する関係では荷渡依頼書の発行の原因である売買その他の法律関係として荷渡依頼書表示の商品を証券の所持人に引き渡す債務を負担することはあるが、右の原因関係を離れ荷渡依頼書を発行したということだけで、当然にその所持人に対し商品引渡債務を負担したものと解することはできない。荷渡依頼書の被指図人が証券面に証券記載の商品引渡義務の引受をする旨を表示した副署又は承認(以下単にこれを引受という)の存するものについては、被指図人は独立の指図債務者となり、荷渡依頼書は被指図人に対する商品引渡請求権を表彰するものと考えられるけれども、控訴人はこのような主張をなしていないばかりではなく、本件荷渡依頼書はこのような引受のなされたものでないことは、前掲甲第一号証の記載に徴して明らかであるから、この点について深く言及する必要は存しない。法律上物について引渡の効力を生ずるには、事実上の引渡があるか又は法律の規定もしくは慣習法によつて実際上物の引渡がないのに特定の場合に引渡があつたと同一の地位が与えられる場合でなければならない。ところが、荷渡依頼書の交付だけでは、事実上商品の引渡があつたものとは認められないし、またこの場合商品の引渡があつたと同一の法律上の効力を生ずる旨を定めた法律の規定のないのはもち論、このような商慣習法の存在も認められないことは上段認定のとおりである。従つて引受済の証券でない限り、荷渡依頼書の譲受人は証券の譲渡を受けたということだけでは、その発行者に対して商品の引渡請求権を取得するいわれがなく、また荷渡依頼書の譲渡は商品譲渡と同一の効力を有するものでない。
してみると、控訴人は被控訴会社発行の本件荷渡依頼書を東京山一株式会社から譲り受けたものであることは上記認定のとおりであるが、ただ荷渡依頼書の譲渡を受けたということだけで、直ちに右荷渡依頼書記載の商品の所有権を取得したものとは認められないし、また発行者である被控訴会社に対して右商品の引渡請求権を取得したものとも断定できないことは上記説明に照して明らかである。
次に控訴人は荷渡依頼書は民法第四七一条所定の記名式所持人払の証券的債権であつて転売を禁ずる旨の文言の記載のない荷渡依頼書の流通については同法第四七二条が類推適用される旨主張する。しかしながら、荷渡依頼書は、これに第三者への譲渡禁止文言が記載されていない場合でも、記名式所持人払債権と認めることができないことは、荷渡依頼書の性質及び効力についての上記説示に照して明らかであるから、控訴人の右主張は採用できない。
以上に説明したとおり、控訴人は本件荷渡依頼書を取得したことだけでは、これに記載された物件の所有権も引渡請求権も取得したものと認めることはできないので、被控訴人に対しその引渡を求める本訴請求は失当として排斥を免れないし、また右引渡請求権のあることを前提として、その強制執行不能の場合の右物件の価格の賠償を求める請求も理由がない。
更に控訴人は、被控訴人上野秀司及び同上野雄司が被控訴会社の代表取締役でその業務執行者の一員として、その職務を行うにつき、本件荷渡依頼書を発行しながら、悪意を以て本件物件の引渡をせず、控訴人に対し金四十万円の時価相当の損害を蒙らしめたので、被控訴人等三名は商法第二六六条の三又は民法第四四条第一項、第七〇九条、第七一九条によつて控訴人に対し連帯して右損害を賠償する義務がある旨主張するけれども、控訴人が右物件の所有権も引渡請求権も取得していないことは上段で詳しく説明したとおりであり、且つ被控訴会社と三和鍛熱工業株式会社との間の売買契約は上記認定のとおり解除せられたのであるから、被控訴人等が控訴人の右物件の引渡請求を拒絶したからといつて、これで控訴人のなんら権利を害することにはならないから、不法行為と認めることはできない。よつて控訴人の右主張も採用の限りでない。
してみると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 小河八十次)
荷渡依頼書<省略>