東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2138号 判決 1959年8月07日
控訴人 原告 四本ツネ
訴訟代理人 石川浅
被控訴人 被告 東京急行電鉄株式会社
訴訟代理人 柴田武 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人が、東京都大田区新井宿一丁目二三四一番地の三宅地九十坪七合八勺のうち原判決添附略図記載の(A)(B)(C)(D)(A)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分約四坪五合(同図面の朱斜線を施した部分)、即ち右土地の西北側を走る通称八景坂通に接する境界線の北端を(A)点とし、これから同番地の七の土地との東北側境界線に沿つて二十米三十六糎進んだ地点を(B)点とし、右(A)(B)各点を結ぶ直線(右境界線)の西南においてこれと七十二糎の距離をもつて平行する直線が八景坂に接する境界線と交わる地点を(D)点、同番地の七の土地との東南側境界線と交わる地点を(C)点とし、以上(A)(B)(C)(D)(A)の各点を順次連絡する直線で囲まれた部分に対し、通行権を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお従前の土地明渡請求部分はこれを減縮すると述べ、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴代理人において、
一、本件の被控訴人所有地は、被控訴人において自動車運輸業を遂行するために欠くことのできないバス折返操車場として使用しているものであるが、バスが間断なく出入するのですでに狭隘であるばかりでなく、バス路線の増加に伴い益々その度を増し、殊に公路に面する間口が狭いため、バス折返に際し通常の方法を採ることができず、公路上から先ずバスの前部から入り後部から公路上に出るという不便且危険な方法を余儀なくされているものである。又右土地と控訴人がその所有であると主張する二三四一番地の七の土地との境界に設置されてある木柵は、自動車交通の保安上から欠くことのできないもので、控訴人主張のようにこれを撤去することは、右のようなバス折返の現状から極めて危険なことであり、自動車運輸の安全を阻害するばかりでなく、被控訴人において人の通行の危険まで負担することとなるから不可能なことである。
二、本件の土地はいずれも国鉄線大森駅を中心とした繁華街に位置する場所であるが、控訴人の企図する増築は、その緊急な住宅用に供するものではなく、控訴人の増築設計図(甲第二号証の一、二)によると、三十坪の既存建物に接続する傾斜地部分に附加して、二階が右建物と同一の平面をなし、且一階が右二階の下部並びに既存建物の床下に納まるような構造を有する建坪四十一坪二合五勺、二階三十坪のダンス教習所(二階)兼アパート(一階)という宏壮なものであるから、控訴人の企図するところは、全く他人の迷惑損害を顧みず自己の欲望を満足させようとするものに過ぎない。しかも控訴人がその所有であると主張する二三四一番地の七の土地建物の権利関係は登記簿上複雑であつて、果して控訴人がその正当の権利者であるかどうか疑わしいのであるから、控訴人の請求は許さるべきものでない。
三、右二三四一番地の七の土地の路地状部分の長さは二十二メートル四十九糎(当審検証の結果参照)であるから、東京都建築安全条例第三条第一項第三号により少くとも五メートルの幅員を必要とするものであつて、控訴人主張のように三メートルで足りるものではない。仮に実際の取扱上右路地上部分の長さが二十メートルを超えない場合として扱うことが許されるとしても、控訴人の前記増築建物の坪数は、既存建物の坪数を加えると合計百坪七合五勺即ち三百三十三平方メートル強の尨大なものとなり、右条例第三条第一項第四号所定の建築物の延べ面積が二百平方メートルを超える場合として同項第二号所定の幅員に更に一メートルを加算することとなるから、この場合には幅員四メートルを必要とすることとなる。従つて被控訴人としては、控訴人主張のように幅員三メートルを必要とする場合として約四坪五合の土地を提供するに止まらず更に多くの土地を提供する結果となり重大な影響を受けるものである。
四、東京都建築安全条例第三条第一項但し書によると、建築物の配置、用途及び構造により保安上支障がない場合は制限を緩和することができる旨の定めがあつて、同規定による制限緩和の許可申請をすることができるのであるから、控訴人が右措置を講ずることなく直に本訴請求をするのは不当である。
と述べ、控訴代理人において、控訴人所有地はその路地状部分の幅員が東京都建築安全条例の定めるところより狭いため、同地上に増築することが許されず控訴人において右土地を利用することができないのであるから、このような場合には当然に民法第二百十条の規定が適用されるべきものである旨述べ、証拠として、控訴代理人において、甲第四号証(但し写をもつて提出)を提出し、当審における検証の結果を採用し、乙第一、二号証の成立を認め、被控訴代理人において、乙第一、二号証を提出し、当審証人間瀬蘭次の証言を援用し、甲第四号証の原本の存在及び成立を認めると述べたほか、原判決摘示の事実(但し土地明渡請求の部分を除く)及び証拠関係と同じであるからこれを引用する。
理由
成立に争のない乙第一号証、原本の存在及び成立に争のない甲第四号証によると、東京都大田区新井宿一丁目二三四一番地の七宅地百坪二合八勺は控訴人の所有であることが認められ、これに接続する同番地の三宅地九十坪七合八勺が被控訴人の所有であることは当事者間に争がない。
そこで被控訴人所有地及び控訴人所有地の位置形状についてみるに、被控訴人所有地は国鉄線大森駅北口の北々東八景坂通に面してその南東部に位し、控訴人所有地はその中心部が被控訴人所有地の更に南東部に隣接するものであるが、その東北部が路地状をなして被控訴人所有地の北東に隣接しながら八景坂通に通じているのであつて、従つて控訴人所有地の右路地状部分は右土地の中心部から公路に通ずる道路として使用されているものであること、及び右両地の境界には木柵が廻らされていることは、当事者間に争がなく、原審及び当審における検証の結果を綜合すると、被控訴人所有地は略々方形をなし、八景坂通に面する幅員は十四メートル四十五糎であり、控訴人所有地の八景坂通に面する路地状部分は、幅員二米二十八糎、長さ二十米四十五糎で、その奥にある中心部は略々方形をなしているものであること、及び控訴人所有地は右路地状部分によつて公路に通ずるほかはすべて他人所有地によつて囲繞されているものであることが認められる。
次に、控訴人所有地の中心部の北西部にはその所有の木造瓦葺平家建店舗一棟建坪三十坪の既存建物があり、ダンス教習所に使用されていることは当事者間に争がなく、原審における控訴人本人の供述及びこれにより成立を認める甲第二号証の一、二を綜合すると、控訴人は右既存建物の南東部に接続する傾斜地部分に、右既存建物に附加して一階が右建物と同一の平面をなし且階下が右一階の下部及び既存建物の床下に納まるような構造を有する一階約三十坪階下四十一坪二合五勺のダンス教習所(一階)兼アパート(階下)の増築を企図していることが認められ、成立に争のない甲第一号証によると、控訴人は昭和三十年七月八日右増築について東京都建築主事に確認申請をしたが、同年十二月一日同主事から建築基準法第六条第三項の規定に基き、東京都建築安全条例第三条により前記路地状部分の幅員が拡張されない限り所定の期限内の確認ができない旨の通知を受けたことが認められる。
東京都建築安全条例は、建築基準法に基き東京都の制定した条例であるが、同条例第三条第一項によると、「建築敷地が路地状部分によつて道路に接する場合には、その敷地の路地状部分の幅員は、次の各号に掲げる限度以上としなければならない。但し、建築物の配置、用途及び構造により保安上支障がない場合は、この制限を緩和することができる」ものとし、その第二号に「敷地の路地状部分の長さが二十メートルまでのときは、三メートル」とし、その第三号に「敷地の路地状部分の長さが二十メートルをこえるときは、五メートル」と定め、なおその第四号に「建築物の延べ面積(同一敷地内に二棟以上の建築物がある場合は、その延べ面積の合計)が二百平方メートル以上のときは」「第二号の三メートルを四メートルと読みかえる」ものと規定している。これを本件についてみるに、控訴人所有地の路地状部分の長さは二十メートル四十五糎であるが、端数を切捨てこれを二十メートルとしても、既存建物と増築部分の坪数は前記のとおりであつてその延べ面積は二百平方メートルを超えるものと認められるから、右条例第三条第二号第四号により、右路地状部分の幅員は四メートルの限度以上でなければならないことが認められる。従つて控訴人所有地に右増築をするためには、その路地状部分の幅員二メートル二十八糎については現在なお幅員一メートル七十二糎不足し、この不足分の幅員が拡張されない限り増築をすることができないものであることが認められる(仮に既存建物と増築部分との延べ面積を二百平方メートル以内に止めるように増築の設計を変更することができるとしても、右条例第三条第二号により右路地状部分の幅員は三メートルの限度以上であることを要するから、この場合においても現在の幅員はなお七十二糎不足することとなる)。
そこで本件の場合に控訴人が民法第二百十条に基くいわゆる囲繞地通行権を有するかどうかについて判断するに、
一、民法第二百十条において囲繞地通行権を認めた趣旨は、或る土地が他の土地に囲繞されて公路に通ずることができないとき、又はこれに準ずる場合で土地の用法に従つた利用に必要な通路を欠くときに、公益上の見地から土地の利用関係を調節するため、隣地の所有者にその欠缺の止むまで必要な通路の開設を忍容させるにあるものということができる。従つて右囲繞地通行権は、単に袋地の場合に止らず、すでに公路に通ずる通路がある場合であつて、人の通行することそれ自体には妨げのない場合であつても、その通路が土地の用法に従つた利用を図るためにはなお狭隘であつてそのために土地の利用をすることができないときは、隣地の利用関係その他相隣関係における諸般の事情を考慮してその必要が認められる限り右通路を拡張開設して通行権を認めるべきものと解するのを相当とする。被控訴人は、右通行権は袋地の場合に限り認めるべきもので、すでに公路に通ずる通路がある場合にはこれを認める余地が全くないものである旨主張するが、被控訴人の右主張はこれを採用することができない。
二、右囲繞地通行権は、前記のように土地の利用関係を調節するためにこれを認めるものであるから、土地の用法に従つた利用のために通路を開設又は拡張する必要があるかどうかは、具体的に相隣関係における諸般の事情を考慮してこれを定めなければならないものといわなければならない。本件についてこれをみるに、
(イ) 控訴人所有地の位置形状、既存建物及び増築部分の構造規模等についてはさきに認定したとおりであるが、原審における控訴人本人の供述によると、控訴人は既存建物を住所として使用しているものではなくダンス教習所として使用しているものであり、増築部分も住所ではなく既存建物と同一の平面をなす部分はダンス教習所として使用しその階下はアパートとして使用するものであることが認められ、又原審及び当審における検証の結果を綜合すると、控訴人所有地は崖状をなしているものであるが、増築部分の敷地はその約半分が既存建物の敷地より約十尺低く、残り約半分はそれより更に約六尺低いもので、従つて右増築はこのような崖状の土地を極めて高度に利用しようとするものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。次に被控訴人所有地の位置形状等はさきに認定したとおりであるが、原審証人新睦之助、斎藤勘左エ門の各証言を綜合すると、被控訴人は自動車運輸業等を営む会社で右土地は右事業遂行のために必要なバス折返操車場として使用しているものであるところ、当初はバス路線が二本で一日約二百回の折返をするに過ぎなかつたが、現在ではバス路線が八本に増加し一日約八百回の折返をしなければならないこと、右バス路線の増加は市民の要望陳情があつたために行われたものであること、しかるに右土地はバス路線の増加に伴い現在すでに狭隘となり、殊に現在の幅員では一時に一台の折返しかできず、しかもバス折返は本来は公路上からバスの後部から入つて前部から公路上に出るのであるが、前部から入つて後部から出なければならない状況であるばかりでなく、通勤時間には混雑のため道路上でも折返をしなければならない状況で、不便且危険な操車を余儀なくされているので、警察署からも注意を受けているものであること、従つて被控訴人は右土地をバス折返操車場として完全に利用しなければならないのであつて、これを多少でも制限されることは事業の遂行及び保安上多大の障害となるものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
この点につき控訴人は、被控訴人所有地に本件通行権を認めても被控訴人の土地利用を妨げるものではなく、被控訴人所有地と控訴人所有地の路地状部分との境界に設置された木柵を撤去することにより両地の利用関係を調節することができる旨主張するが、右木柵を撤去し被控訴人所有地の一部を多少でも人の通行のためにも利用することは、現在の状況からみて被控訴人の操車の安全を阻害するばかりでなく人の通行に危険を生ずる虞のあるものであることは、さきに認定したところから容易にこれを認め得るところであり、これらの事情を考慮に容れてもなお控訴人に土地利用の必要のある事情は、さきに認定した控訴人方の事情だけでは未だこれを認め難く、他にこの点を肯認するに足りる何等の証拠もない。控訴人は、東京都においては土地を高度に利用する必要があるのであつて、控訴人所有地の利用を全く滅却させる方法で被控訴人所有地を利用することは許されない旨主張するが、土地利用の必要の点は相隣関係における諸般の事情を考慮してこれを定めなければならないことはさきに説示したとおりで、単に或る土地を利用するために隣地の土地利用を制限し得るものでないことはいうまでもなく、又控訴人は現に既存建物によりその所有地を利用しているのであるから、土地の利用が全くできないものとはいうことができない。よつて控訴人の主張するところはいずれもこれを採用することができない。
(ロ)、なお控訴人は、控訴人所有地には建坪三十坪の既存建物があるから、右土地の路地状部分の幅員は、この点だけからみても前記条例第三条第一項第二号に定めるところに違反しこれを拡張する必要がある旨主張する。しかし原審証人藤原幸吉の証言によると、右既存建物はすでに確認手続を経て建築されたもので、保安上の支障もなく右条例に違反するものでないことが認められ、又原審及び当審における検証の結果を綜合すると、現在右既存建物による土地の利用には何等の妨げもないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠がないから、右の点は本件土地利用のため通路拡張を必要とする事情とするに足らない。
三、以上の諸事情を考慮すると、控訴人主張の本件通行権は、右事情に変更の生じない限り、少くとも現在においては通路の拡張開設の必要がなく、これを認めることができないものと認めるのを相当とする。
以上により控訴人の本訴通行権確認の請求を棄却した原判決はその結論において結局相当に帰し本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 薄根正男 判事 村木達夫 判事 山下朝一)