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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)617号 判決 1956年9月12日

控訴人 債権者 山梨県立身延高等学校PTA

訴訟代理人 皆川健夫

被控訴人 債務者 畑野稔

訴訟代理人 佐藤保茂

第三債務者 山梨県

主文

被控訴人畑野稔に対する本件控訴を棄却する。

被控訴人山梨県に対する本件控訴を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。甲府地方裁判所が同庁昭和三十年(ヨ)第七八号債権仮差押申請事件につき同年八月八日なした債権仮差押決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人畑野稔訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、疏明方法の提出、認否は、控訴人訴訟代理人において、被保全請求権の主張を「控訴人は被控訴人畑野稔個人に対し、会費その他の金銭合計金三十五万八千三十九円を消費寄託したのでこれが返還請求権を有し、この請求権につき強制執行保全のため本件仮差押の申請をするものである。」と訂正し、なお、本件仮差押に係る退職手当が、被控訴人畑野稔主張の条例の規定に基き支給されるものであることは、認めると附加し、被控訴人畑野稔訴訟代理人において、同被控訴人が控訴人からその主張の金銭の消費寄託を受けたこと及び右被控訴人が山梨県から控訴人主張の金額の退職手当を支給されることとなつたことは認めるが、控訴人から寄託を受けた金銭はすべて控訴人のため正当に支出したのでこれを返還する義務がない。なお右退職手当は山梨県学校職員退職手当支給条例(昭和二十九年山梨県条例第四号)第三条に基くものである。と附加し、なお疏明方法として乙第一、第二号証を提出し控訴人訴訟代理人が右乙号証の成立を認めると述べたほかは、原判決の事実摘示の記載と同一であるからここにこれを引用する。

理由

先ず被控訴人畑野稔に対する控訴につき判断する。

右被控訴人が元山梨県立身延高等学校の職員であつて、その在職中控訴人から金三十五万八千三十九円の消費寄託を受けたことは、当事者間に争なく、右被控訴人は、右金円はすべて控訴人のため正当に支出したと抗争するけれども、その疏明がないから、控訴人は右被控訴人に対し右寄託金の返還請求権を有するものというべく、控訴人があらかじめ仮差押をしなければ右請求権について勝訴の判決を得てもその執行をすることができないか又はその執行をするのに著しい困難を生ずる虞があることは、弁論の全趣旨及び疏甲第五号証によつて疏明される。しかしながら控訴人の本件仮差押申請は、抽象的に右被控訴人の財産である金銭債権一般について仮差押を求めるものではなく、特に右被控訴人の第三債務者山梨県に対する控訴人主張の退職手当債権だけに限定して仮差押を求めるものであるから、右退職手当請求権に対する仮差押の執行が許されるか否かについて判断する。

右退職手当が山梨県学校職員退職手当支給条例(昭和二十九年一月十四日山梨県条例第四号)第三条の規定により支給されるものであることは当事者間に争なく、疏乙第一号証によれば、右条例は第一条第二項において「この条例は、山梨県恩給条例(昭和二十八年四月山梨県条例第六号)の規定による給付、恩給法(大正十二年法律第四十八号)の規定による恩給、国家公務員共済組合法(昭和二十三年法律第六十九号)の規定による退職給付及びこの条例による退職手当を総合する新たな退職給与制度が制定実施されるまでその効力をもつものとする。」と規定していること、同条例が傷い疾病に因る退職の場合(第四条)及び整理退職の場合(第五条)等退職による生計上の脅威が大きい場合と普通退職の場合(第三条)のようにその脅威の程度が一般に右に比べて低い場合とにより退職手当の額に差等を設けていること、同条例第十条において、三十日前の予告のない解雇によつて労働者の被むる生計上の困難を救うため設けられた労働基準法第二十条、第二十一条の規定に該当する場合の解雇予告手当は同条例の一般の退職手当に含まれるものとしていること、同条例第十一条において、退職手当の額と失業保険法の規定により計算した失業保険の給付額とを比較し前者が後者に充たない場合の差額を退職手当として支給する考慮がなされていること等が認められ、これらを総合すれば、同条例(註、山梨県学校職員退職手当支給条例)により支給される退職手当は、国家公務員等退職手当暫定措置法による退職手当と軌を一にし、恩給法による恩給、国家公務員共済組合法による退職一時金と性格を同じくするもので、単なる永年勤続による賞与金、功労金の類とは異なり、退職時に本人及び本人の扶養する者が一時に必要とする生計資料に充てるため支給されるもので、これを受ける権利は受給者の一身に専属し、特に譲渡を禁止する規定はないけれども、他にこれを譲渡することができないものと解すべきである。このような譲渡性のない債権に対しては、仮差押の執行をすることもできない。

しかして仮差押債権者が債務者の第三債務者に対して有する金銭債権一般について債権を特定しないで仮差押を求める(かような仮差押申請も適法であるが、その執行のためには更に目的債権を特定して民事訴訟法第七百五十条の規定による執行の申立をしなければならない。)のではなく、本件の場合のように最初から仮差押の目的を特定の債権だけに限定し、その他の一般債権は仮差押の目的としない趣旨で仮差押の申請をした場合(本件では控訴人はかような趣旨の仮差押申請とそれが容れられた場合のその執行の申請とを併合して申請したものである。)には、裁判所はその申立に拘束せられこれを超えて他の債権に対する仮差押執行を許容できるような仮差押の裁判をすることはできない。しかも右債権の仮差押をしてもその執行が許されない以上、仮差押申請そのものも、これによつて申請の目的を達することのできないことが明白であるから、申請要件としての保全の必要性を欠くこととなり、許されないものといわなければならない。

本件のように誤つて差押不能の債権につき債権仮差押並びに支払禁止の決定があつたときは、債務者は、一面においては右決定が仮差押の執行に関する裁判であるという理由でこれに対し民事訴訟法第五百四十四条の規定による執行方法に関する異議を申立てることができると同時に、他面右決定が仮差押申請に対する裁判であることを理由として同法第七百四十四条の規定による異議を申立てることもできるのであつて、被控訴人畑野稔が原審で申立てた仮差押異議は、条文上の根拠を示してはいないけれども弁論の全趣旨に照し同法第七百四十四条の異議であると認められる。

しからば控訴人の本件仮差押申請は理由がなく、被控訴人畑野稔の異議に基き口頭弁論を経た上さきに甲府地方裁判所のなした仮差押決定を取消し右申請を却下した原判決は、相当である。

次に被控訴人山梨県に対する控訴について判断する。

本件仮差押異議事件は、控訴人を債権者、被控訴人畑野稔を債務者とするものであつて、第三債務者山梨県は事件の当事者とはならない。甲府地方裁判所がさきになした本件仮差押決定には、第三債務者として山梨県を表示してあるけれども、それは右債権仮差押決定が仮差押申請を認容する裁判であると同時に、その執行として第三債務者山梨県に対し債務者に本件退職手当の支払をなすことを禁ずる裁判であるという二面の性質を有するため、その後者の関係では第三債務者を表示する必要があつたからに外ならないのであつて、仮差押申請の当否の判断について第三債務者を当事者としたものではない。右仮差押決定に対する被控訴人畑野稔の異議によつて原審で口頭弁論が開かれたのも、債権者と債務者との間の仮差押申請の当否についてだけであつて、第三債務者に対する仮差押執行の当否は訴訟手続において裁判所が判決を以て判断すべき事項ではない。原判決に当事者の表示に続いて第三債務者として山梨県を表示してあるのは、同判決が原仮差押決定を取消した関係上、注意的に記載したものと思われ、訴訟事件の当事者として表示したものとは考えられない。もちろん債権者たる控訴人と第三債務者山梨県との関係では原審の判決は存在しない。従つて山梨県に対する本件控訴は控訴の対象を欠く不適法なもので、その違法はこれを補正する途がない。

以上説示するところにより、被控訴人畑野稔に対する本件控訴は民事訴訟法第三百八十四条にのつとりこれを棄却すべく、被控訴人山梨県に対する本件控訴はこれを却下すべきものとし、控訴費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 坂本謁夫 判事 小沢文雄)

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