東京高等裁判所 昭和31年(ネ)894号 判決
一、先ず本件において問題となつている土地及び建物の所有者が何人であつたかを判断するに証拠によれば、次の事実を認めることができる。
控訴人大森道弘は昭和二十五年二月頃訴外伊藤博の親権者伊藤ともから金三十万円の借用方を申し込まれたが、自身貸与すべき金員がなかつたので、かねて山番等を依頼され世話になつていた被控訴人にこのことを話し、同人よりこれを貸与せしめることとし、同月十七日までに、返済期を二ケ月後と定め、同期間の利息五万円を天引した金二十五万円を伊藤ともに交付せしめた。伊藤ともは伊藤博を債務者として右金員を借り受け、これが担保として当時伊藤博の所有にかかり、同人等が居住して、飲食店「千草」を経営していた。本件の係争建物すなわち山梨県富士吉田市下吉田第八百五番木造亜鉛葺二階建居宅一棟建坪十二坪七合五勺外二階五坪(以下「千草」の建物という。)を、その敷地である同所同番の四宅地十一坪及び同番の一宅地十六坪一合五勺と共に、被控訴人に対し譲渡担保とした。(右建物及び土地が当時伊藤博の所有であつたことは、当事者間に争がない)しかしながら当時居村の助役、農業委員等をしていた被控訴人は、自己の名義を表面に出すことを好まなかつたので、右貸借における貸主を控訴人大森道弘の名義としたが、このことは同控訴人はもとより借主においても十分承知していた。ところが右弁済期を過ぎても借入金を返済することができなかつたので、被控訴人は右土地建物の明渡方を請求したが、昭和二十五年六月十六日谷村簡易裁判所における調停事件に、被控訴人及び控訴人大森道弘を利害関係人として参加せしめた上、右債務の最終の弁済期を同年十二月二十五日まで延期し、もし右期日までにこれを履行しないときは、前記不動産を控訴人大森道弘名義に移転登記手続をなしても異議ない旨の調停が成立した。しかるに伊藤博は右期日を経過しても、なお前記債務を履行しなかつたので、前記不動産はいずれも右調停調書に基き、昭和二十六年十月四日控訴人大森道弘名義に変更され、次いで同控訴人は伊藤博に対し、右土地建物明渡の訴を甲府地方裁判所谷村支部へ提起したが昭和二十八年二月二十三日右当事者間に裁判上の和解が成立し、伊藤博は、右土地建物を昭和二十九年三月末日限り控訴人大森道弘に明渡すことを約し、その後明渡期日は更に同年五月末日まで猶予されたが、結局伊藤博等は同年五月二十八日これを明け渡した。
以上認定の事実によれば、伊藤博に対する貸金の真実の貸主、従つてこれが返済債務不履行の結果前記土地建物の所有権を取得したものは、いずれも被控訴人であつて、控訴人大森道弘ではないが、被控訴人は、同控訴人と諒解の上、不動産登記簿の記載をはじめ、外部に対する書面の上は、すべてこれを控訴人大森道弘の名義としていたものと判断するを相当とする。
控訴人大森道弘は、右伊藤ともに交付した金員は、同控訴人において一旦被控訴人から借り受け、改めてこれを伊藤博に貸与したもので、従つて右土地建物の所有権も、真実同控訴人において取得したものであると主張し、原審及び当審における同控訴人の本人尋問における供述中には、右の主張と一致するような供述があるが、右供述は当裁判所の容易に措信し得ないところであり、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
二、次いで控訴人浜田猛が、右土地及び建物の所有権を取得したかどうかを判断するに、証拠によれば、次の事実を認めることができる。
控訴人浜田猛は、本件「千草」の建物の隣家に居住していたが、昭和二十九年一月末頃初めて面会した控訴人大森道弘から、前記建物及びその敷地である本件二筆の宅地の買取方を求められ、数次折衝の結果、同年五月五日同人からこれを代金百十万円で買い受けることとなり、同日内金として金二十五万円を支払い、残金は売買登記完了のとき支払うこととし、同年六月三日までに全額を支払つたが、これが所有権取得登記は、控訴人大森道弘の同意を得て、自己の長男控訴人浜田米久の名義となすこととし、建物については同月二十二日甲府地方法務局吉田出張所受付第二千二百七十九号を以て、土地については同月二十九日同出張所受付第二千三百三十三号を以て、それぞれ控訴人浜田米久のため所有権取得登記を完了した。そして右売買の話合いの当初から、控訴人大森道弘は、右土地及び建物が同人の所有にかかるものとして、同人名義の登記簿謄本、権利証はもとより、伊藤ともにおいて同控訴人から借り受けた金三十万円を期日までに返済しないときは、右土地及び建物の所有権を同控訴人に譲渡すべき旨の前記調停調書(丙第二号証)及び伊藤ともにおいてこれを同控訴人に明け渡すべき旨の前記和解調書(丙第三号証)を示し、売買の交渉に当つたので、控訴人浜田猛は、もとよりこれを信じて疑わず、更に売買契約締結の前日である五月四日には自身不動産登記簿についてこれを調査し、これが控訴人大森道弘所有名義であることを確認した上、翌五日内金二十五万円を支払つて売買契約を締結し、これが所有権を取得したものである。
この点について、被控訴人は、控訴人浜田猛は、控訴人大森道弘と共謀し、前記土地及び建物の所有名義が、たまたま控訴人大森道弘となつているのを奇貨として、控訴人浜田米久のため前記所有権移転登記をしたと主張するが、右所有権の移転が、右控訴人両名の共謀にかかるものだとの事実を認むべき証拠は全然存せず、また原審及び当審における証人渡辺広治、羽田克治の各証言及び被控訴人の供述中には、控訴人浜田猛において、本件土地建物が真実被控訴人の所有にかかることを知つたこと、そして被控訴人に対し、これが売渡方を求めた趣旨の証言及び供述をしているが、右はその成立に争のない乙第八号証の一、二(丙第六号証に同じ)の記載及び当審における控訴人浜田猛の供述並びに同供述によつて認められる。同控訴人は本件土地建物の売買のため、当人にとつては大金である百十万円もの金員を敢えて支払つた事実等に鑑み、右証人渡辺広治、羽田克治及び被控訴人の各証言及び供述はいずれも当裁判所の到底採用し得ないところで、他に控訴人浜田猛が右売買により土地及び建物の所有権を取得した当時、これが名義はいずれも仮装したもので真実の権利が被控訴人に属することを知つていたことを認めるに足りる証拠はない。しかも前記認定の事情のもとにおいて、被控訴人浜田猛が右土地及び建物の所有権が、真実各文書に表われた名義人である控訴人大森道弘に属するものであると信じたとしても、これを以て過失あるものと解することはできない。相手方と通じてなした虚偽の意思表示の無効は、これを以て善意の第三者に対抗することのできないことは、民法第九十四条第二項の定めるところである。よし前段に認定したように本件土地及び建物の真実の所有権が被控訴人に属したとしても、これを控訴人大森道弘と諒解の上、不動産登記簿を初め、前記各文書のすべてに、これを大森道弘の所有名義と表示した被控訴人は、何等の過失もなくこれを信用して、右名義人大森道弘と取引をした控訴人浜田猛に対し、右登記簿その他文書の記載はすべて無効であつて、これが所有権を取得することができないと主張し得ないことは明白である。
してみれば、控訴人浜田猛は有効に本件土地及び建物の所有権を取得したものであるから、同人の所有権の取得がその効力を生じないことを前提とする控訴人浜田猛及び浜田米久に対するその被控訴人の本訴請求は、爾余の判断をまつまでもなく失当であつて棄却を免れない。
(内田 増原 高井)