東京高等裁判所 昭和31年(ラ)273号 決定 1956年9月14日
抗告人 国民金融公庫
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第一、抗告人は、原決定を取消し、別紙<省略>目録記載の(ロ)ないし(ニ)の物件(山林三筆)に対する競売手続を開始する旨の裁判を求め、その理由として主張するところは、別紙抗告理由記載のとおりである。
第二、決定理由
一、記録に徴するに、本件における事実関係は次のとおりである。
(A) (1) 抗告人は昭和三十一年四月十六日原裁判所に、別紙目録(イ)ないし(ニ)記載の不動産に対し、大西秀吉を債務者として強制競売の申立をしたところ(2) これより先右各不動産については既に抵当権者である醍醐金次郎より、抵当権実行による競売申立があつて、同裁判所昭和二十七年(ケ)第三号として係属し、同年十月三日競売手続開始決定あり、同年十月四日新潟法務局八幡出張所受付第七五五号を以て、右競売申立登記が記入せられていた。(3) しかるにその後、前記不動産中(イ)の建物を除き(ロ)の山林については、昭和二十八年五月二十六日同出張所受付第三八八号を以て件外渡辺修のため、(ハ)及び(ニ)の山林については、同月同日同出張所第三八九号を以て件外田宮勉のため、それぞれ所有権取得登記がなされた。
(B) そこで原裁判所は、昭和三十一年四月二十日前記(ロ)ないし(ニ)の山林は、本件強制競売申立当時債務者たる大西秀吉の所有に属さないのであるから、右(ロ)ないし(ニ)の物件に関する限り((イ)の建物に対する競売申立については記録添附)本件強制競売の申立は不適法であるとしてこれを却下した。
二、抗告人は競売申立登記記入(任意競売たると強制競売たるとを問わず)による差押の効力に関し、所謂相対的無効説を採りながらも、苟くも右競売申立記入以後目的物件につき所有権取得登記を経由した第三者は、当該差押債権者(本件にあつては第一の任意競売申立人)に対してのみならず、右所有権取得登記後、債務者、即ち前所有者に対する執行力ある正本により配当要求をした債権者(本件の場合前示大西秀吉に対する執行力ある正本により強制競売の申立をした抗告人)に対しても、差押の効力を否定するを得ず、右の場合抗告人の強制競売の申立は、記録添附に因り、民事訴訟法第六百五十条第二項に則り、右所有権移転に拘らず従前の所有者に対して続行せらるべき抵当権実行による競売手続に、配当要求の効力を生ずべきものとし、従つて前示理由により抗告人の申立を却下した原決定は、違法であると謂い、その論拠としては、わが民事訴訟法が配当平等主義を採つていること及び取引の安全という見地からするも、競売申立登記後当該不動産の譲渡を受けた悪意の第三者の如きは、保護に値せず、当該差押債権者のみならず汎く配当要求債権者にも、右所有権取得を対抗し得えないと解すべきであると、謂うにあるもののようである。
三、よつて前示一、の事実関係に則して考察する。
抵当権実行による競売手続にあつては、一般債権者の配当要求は原則としてこれを許すべきでないが、執行力ある正本に因る配当要求を許すと解するを相当とすべきことは、昭和八年十一月二十一日大審院第五民事部判決(民事判例集第十二巻下二七五〇頁)の示すとおりであり、また抵当権実行のためにする競売手続開始決定後同一不動産につき強制競売の申立があつたときは、民事訴訟法第六百四十五条の準用により更に競売開始決定をなすべきでないと同時に、右申立はこれを却下することなく記録に添附することにより配当要求の効力を生ずることは言うまでもない。
右の場合第一の任意競売申立登記記入の時において、この第一の競売申立人たる抵当債権者のため差押の効力の生ずることは(なお競売開始決定の送達によつても差押の効力を生じ、右競売申立の登記記入と時を異にするときは、差押の効力はその早い時に生ずるとするのが判例である)、異論なく、ここに差押の効力とは、関係的処分禁止、つまり差押後債務者のなした処分自体は有効たるを失はないと共に、その有効を以て当該差押債権者に対抗することができないという意味であり、この関係的処分禁止なるものは、元来その処分自体を否定すべき本質上の理由あるのではなく、ただ或る特定人(例えば競売の場合における差押債権者)の利益をはかるがための已むを得ない措置に過ぎないから、善意の第三者に対しては、或る程度までこれを保護するため、競売物件につき第三取得者の生じた場合につき民事訴訟法第六百五十条は必要な定めをしているのであつて、同条第一項の解釈として、競売申立の登記のあつた後の第三取得者は、善意悪意を問わず当該差押債権者から差押の効力を対抗せられるというのが判例である、(昭和八年十月六日大審院第五民事部判決民事判例集第十二巻下二四八〇頁参照)。
そこで第一の任意競売申立記入登記後目的物件につき所有者の変動があつた場合、第二の強制競売申立による差押ないし配当要求の効力に関し、場合を分けて考察してみる。
(一) 最初の任意競売申立登記記入ないし第二の強制競売申立に因る記録添附の後に、競売物件につき第三者のため所有移転登記があつた場合――この場合には第一の競売申立人たる抵当債権者のためその競売手続を続行すべきは当然であり(なお強制競売による場合でも前記民事訴訟法第六百五十条第二項参照)、第二の強制競売の申立により記録に添附せられた当時は、物件所有者(債務者)に変動はないのであるから、この申立は適法であり、民訴法第六百四十五条第二項の規定に則り配当要求の効力を生じ、また既に開始した競売手続が取消となつたときは、その添附の時に開始決定があつた効力(差押の効力)を生ずるものである、(昭和七年一月二十日大審院第四民事部決定、民事判例集第十一巻上三四頁参照)。従つて爾後競売物件につき所有者の変動あるも、右添附の時に生じた効力つまり既存の競売手続に加入しこれを利用する地位を附与せられた配当要求の効力は、爾後の所有者の変動によつて妨げられるものでない。即ちこの場合(イ)従前の競売手続が取消となれば、添附債権者のため独立して競売手続が開始せられ、(ロ)従前の競売手続が続行せられる場合には、添附債権者は配当要求債権者として売得金の配当に与かり得ることは、異論のないところであろう。
(二) 最初の任意競売申立登記記入以後で、第二の強制競売申立前に競売物件につき第三者のため所有権移転登記があつた場合――本件は正にこれに該当するのであるが、この場合にも第一の競売申立人たる抵当債権者のため、その競売手続を続行すべきは前説示のとおりであるが、第二の強制競売申立当時は、既に目的物件は第三者に移転し、従前の所有者(債務者)に対する総債権者の共同担保に属せざるに至つたのであるから、事前に仮差押等保全手続をしていない限り、従前の所有者に対する債務名義に因る第二の強制競売の申立は、不適法であつて、若し右所有権移転登記以前に開始された第一の競売が取消となつても、第二の強制競売申立人のため開始決定を受けた効力を生じないと謂わねばならぬ。従つてこの場合第二の強制競売の申立を許容し、従前の執行記録に添附すべきでない。なんとなれば記録添附は、第二の強制競売の申立が適法旦つ正当なる旨の裁判に代わるもので、若し既に開始せる競売手続が取消となれば、記録添附の時に開始決定を受けた効力を生ずることあるべきものであり、同時に従前の競売手続が続行せられる場合には、右第二の強制競売申立が適法なる限り配当平等主義のたてまえ上、記録添附に因り配当要求の効力を生ぜしめたに過ぎないのであるから、第二の強制競売の申立も、もとより一般の強制競売申立に具備すべき要件を備えることを要し、本件についていえば、執行の目的たる不動産が登記簿上債務者の所有に属することを要すること、言を俟たないところ、前説示の如く第二の強制競売の申立人たる抗告人に対する関係においては、右申立の以前に債務者(従前の所有者)から所有権を取得しその移転登記を経由した第三取得者等は、右権利取得を以てこれに対抗し得る筋合であつて、結局この要件を欠くに至るからである。
ところで抗告人主張の如く第一の競売申立登記記入に因る差押の効力を解して、これを申立てた債権者(抵当権者)のためのみならず、後に執行力ある正本に因り配当を要求する債権者(本件において第一の申立による競売手続は抵当権実行のためにするものであるが、執行力ある正本による配当要求は許されること前説示のとおり)のためにも、その効力を生ずるものと解しても、第一の競売が取消しとなつた場合に独自の競売開始の効力を生ずべき(即ちこの場合には従前の競売手続の配当要求債権者としてでなく、自らの申立による執行債権者となる)第二の強制競売の申立を許容して記録添附の措置をとるべき限りでないことは、上叙の説示により明らかである。
ただ、右の如く第一の競売手続が続行される限りこれによる差押の効力は後に配当を要求する債権者のためにもその効力を生ずると解するときは、抗告人の第二の強制競売の申立を目して、単純な配当要求の申立として受理すべきやという問題が残るけれども、かかる行為の転換はこれを認めることはできない。何となれば前者即ち第二の強制競売の申立と、後者即ち単に従前の競売手続に加入してこれを利用する地位を附与せられるに過ぎない単純な配当要求の申立とはその意図する効力を異にするのであるから、苟くも前者の申立ある限りその要件を具備するや否やを審査してその許否を裁判すべきであり、たといその申立が後者の要件を具備する場合でも後者の申立として受理すべきでないこと、当事者主義のたてまえ上当然の措置であるからである。若し抗告人主張の如く第一の競売申立による差押の効力は、その後配当を要求するすべての債権者のためにも生ずるものと解するならば、本件の如く新たな強制競売の申立によらず、従前の競売手続の続行を前提としてこれに配当要求の申立をなすべきである。抗告人の主張するところは究極において、「(一)第一の競売申立による差押の効力はその後配当を要求する各債権者のためにも生ずるから、(二)第二の強制競売申立によつて配当要求の効力を生じた抗告人に対しては、第三取得者はその所有権取得を以て対抗できないとし、ひいて本件強制競売の申立は適法有効である」と謂うにあるものの如くであるが、前段(一)の法律見解を是認し得るとしても、後段(二)の理由により本件強制競売の申立を適法なりと断定するところ、論理の飛躍あること前説示に徴し明らかである。
以上説示の理由により、結局本件強制競売の申立中別紙(ロ)ないし(ニ)の物件につきこれを却下した原決定は相当であるから、本件抗告を理由なしとして棄却し、抗告費用は抗告人に負担せしめ、主文のとおり決定する。
(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)
抗告理由
一、原決定の理由竝に抗告人の主張の要旨
1 新潟地方裁判所村上支部昭和三十一年(ヌ)第二号不動産強制競売事件についての決定の理由は債務者大西秀吉所有の不動産に対する本申立外醍醐金次郎の申立による任意競売の競売申立記入登記後、債務者が右不動産を第三者に売買により譲渡し、その所有権移転登記後に抗告人が右不動産に対し債務者大西秀吉の執行力ある正本に基き強制競売申立をなしたから、右申立は不適法であり従つて却下するというのである。
2 しかし乍ら抗告人は不動産競売開始決定が登記簿に記入された以後に該不動産が債務者から第三者に譲渡されその所有権移転登記後執行力ある正本による配当要求があつた場合、債務者第三者間の右譲渡行為は右配当要求債権者に対抗し得ないと解すべきであることを主張するものである。
二、不動産の任意競売竝に強制競売開始決定の効力及び差押の効力
1 競売法による不動産の競売開始決定も亦民事訴訟法による不動産競売開始決定と同じく差押の効力あること竝に競売法による競売に関しては同法に特別の規定なき限りその性質の許す範囲において民事訴訟法強制執行に関する規定を準用すべきものなることは大審院数次の判例により一般に認められているところである。
2 而して差押の効力として債務者は差押不動産の処分行為を禁止せらるに至るのであるが、この処分禁止の効力が絶対的なりや、相対的なりや、又相対的なりとするも相対的の範囲はどの程度なるか、之が本件抗告の問題点である。
3 ドイツ民法においては
第一三五条 「特定人の保護のみを目的とする法律上の譲渡禁止に反する処分は単にその特定人に対してのみ無効とす。強制執行又は仮差押による処分は法律行為による処分に同じ。非権利者より権利を得たる者のために設けたる規定は前項の場合に之を準用す」
第一三六条 「裁判所又はその他の官庁が其の権限内においてなしたる譲渡禁止は第一三五条に掲げたる種類の法律上の譲渡禁止に同じ」
と明文に規定して極度の相対的無効説を採つている。
4 我が民法、民事訴訟法、競売法には明文の規定は存しない。
判例はかつて処分禁止の仮処分の効力につき絶対的無効説(大審院明治三十七年二月十日、明治三十七年四月十三日、大正六年八月二十一日)を採つたのであるが、その後(大審院大正十二年五月二十一日判例より)取引の安全の見地より相対的無効説を採るに至つた。
又不動産任意競売及び強制競売の差押の効力に関しては大審院大正四年十二月十四日の判例は任意競売の差押の場合に相対的無効説(競売申立人、競落人。但し執行力ある正本に基く配当要求債権者については論じていない。)を採り、又後記の如く東京控訴院大正三年一月二十二日判決竝に、東京地方裁判所昭和六年十一月十六日判決は強制競売の差押の場合に相対的無効説(差押債権者、配当要求債権者)を採つている。
三、抗告人の主張とその理由
1 抗告人も亦相対的無効説を採るものであるがその無効の範囲は後記判例学説の如く『差押債権者、配当要求をなすべき債権者(第三者への所有権移転登記の前後を問はず)(任意競売にあつては大審院昭和八年十一月二十一日の判例に則り執行力ある正本による配当要求債権者)、競落人』となすべきものと考えるのである。
2 ドイツ法においては金銭債権の執行における債権者の競合については優先主義を採つているので、その民法第一三五条、第一三六条が、之に対応して極度の相対的無効説を規定しているのも故なしとしないのである。
併し乍ら我が民事訴訟法においては配当平等主義を採つているのであるから相対的無効の範囲はドイツ法の如き優先主義に基いた極度の相対的無効説を採るべきでなく、配当平等主義に対応して規制さるべきである。即ち差押債権者、競落人はもとよりであるが、当該競売手続において配当要求をなすべき債権者についても目的不動産の第三者への所有権移転登記の前後を問はず、之に加へるべきである。然らずとすれば配当平等主義は空に帰するからである。
又取引の安全というも競売開始決定の登記簿記入後に該不動産の譲渡を受けた悪意の第三者の如きは保護するに値しないというべきである。
四、結論
以上の理由よりして本抗告事件において本申立外醍醐金次郎の申立に係る任意競売開始決定の登記後、不動産所有者である債務者大西秀吉が本申立外、渡辺修及び四宮勉に該不動産を売買により譲渡した行為は執行力ある正本によつて強制競売の申立をした(民事訴訟法第六百四十五条の規定の準用により配当要求債権者となる)抗告人に対抗し得ないものであるから、之を看過した新潟地方裁判所村上支部昭和三十一年(ヌ)第二号不動産強制競売事件についての原決定は取消さるべきである。