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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)944号 決定 1957年4月01日

抗告人 立川工業株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は別紙抗告理由記載のとおりである。

抗告理由第一点について。

本件不動産競売申立書およびこれに添付された根抵当手形取引契約書与、約束手形写の各記載をあわせると、右競売申立書に記載された競売の原因たる事由は、債権者株式会社山梨中央銀行は債務者(本件抗告人)立川工業株式会社にたいし、金額一千七百七十万円振出日昭和二九年八月二五日満期同年九月三〇日、支払地東京都千代田区、振出地東京都中央区、振出人債務者会社、保証人立川政光受取人債権者銀行(東京支店)なる約束手形一通の手形債権を有する者であるが、債権者は債務者から右手形の振出を受けて後同年九月六日債務者会社および保証人立川政光との間に、元本極度額一千五百万円、利息元金百円につき日歩金三銭五厘以内、手形期日後の遅延損害金百円につき日歩金五銭なる手形割引契約を締結し、債務者会社振出、裏書、引受もしくは保証にかかる現在および将来の手形債務につき、債務者会社、立川政光各所有にかかる土地建物に根抵当権を設定したが、昭和三〇年一月六日債権者銀行にたいし債務者会社はその所有にかかる本件競売の目的たる不動産を右根抵当の目的に追加する旨を約し、同日右根抵当権設定登記をしたところ、債務者は前記手形期限到来後もその支払をしないので、債権者は右手形金のうち、金一千五百万円の支払を求めるため右根抵当権の実行として本件不動産競売申立をするというにあることをうかがうに十分である。本件競売申立書の記載は不明確ではあるが、これに添付された前記書類をあわせれば右申立は以上のとおり理解することができる。

されば原裁判所が右申立を容れて本件競売手続を進行し、原決定をしたことはなんら違法ではないから本抗告理由は採用できない。

抗告理由第二、三、七点について。

抵当権実行のためにする競売法による手続は民事訴訟法第六四九条第一項、第六五六条の準用がないものと解するのを相当とするから、(昭和五年七月一日大審院第二民事部決定、民事判例集第九巻八三四頁参照)この点に関する抗告理由は採用しがたく、右法条の準用がないとするは、競売申立が申立人に利益あるかどうか問題としない趣旨であるから、これに反する抗告人の主張は、これまた、採用に価しない。

抵当権者が抵当権の実行として競売申立をすることはその権利の行使であつて、これをもつてたゞちに権利乱用とはいいがたく、その他本件競売申立を権利乱用と認めるべき事情はあらわれていない。

抗告理由第四点について。

記録添付の登記簿謄本によれば、本件不動産につき、抗告人主張のとおり第一順位の根抵当債務を弁済期に弁済しないときは賃借権発生する旨の賃借権設定請求権保全の仮登記があることを認めうるけれども、右条件成就して賃借権が発生したことを認めるべき資料のあらわれていない本件においては、かかる賃借権は存しないものとするのほかなく、したがつて原裁判所が本件競売期日公告にこれをかかげなかつたことは当然であつて、本抗告理由も採用できない。

抗告理由第五点について。

数個の不動産にたいして競売申立があつた場合、その不動産につき一括して最低競売価額を定め、これを競売に付するか、各別に最低競売価額を定めてこれを競売に付するかは競売裁判所が債務者、不動産所有者その他の利害関係人の利益のため、諸般の事情を考えて自由に決しうべきところであり、目的不動産を一括競売に付したがために、これらの者の利益を害したことの特段の事情の認められない本件においては、競売法およびこれにより準用される民事訴訟法のなんらの規定に反するものは考えられず、この点の抗告理由も採るに足りない。

抗告理由第六点について。

競売法による不動産競売申立について代理人によることをゆるされること及びその場合代理人の権限を証する書面として委任状を提出すべきことが、競売法第二十四条に明らかに定められているところから考えると、法律の趣旨は、競売法上の手続の代理に関して民事訴訟法あるいは非訟事件手続法の準用を予定しないのであると解すべきである。なぜかといえば、もし、右のごとき法律の準用を予定するものならば、競売法にとくに規定をおくことはいらないことだからである。したがつて競売法による不動産競売申立の代理人については右第二十四条に定められているところが全部であると解せられ、そこには代理人たる資格になんらの制限がないのであるから、弁護士でなければならぬとか、裁判所の許可がなければならないとかいうことはない。抗告人のこの点の主張も理由がない。

その他記録を調査しても原決定にはなんら違法はないから本件抗告を棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

抗告理由

第一点不動産競売の申立を為すには競売の原因たる事由を記載し、その事由を証する書面の添付を要することは競売法第二十四条、競売法の競売に準用せられる民訴六四二条の規定等に依り窺い得るところである。さて本件競売申立書に依れば、請求金額として壱千五百万円貸付元金、昭和二九年九月六日貸付、弁済期昭和二九年九月三十日とあり、競売申立の理由として

一、債権者は債務者に対し昭和二九年九月六日前記不動産を根抵当として金壱千五百万円也の弁済期の定めなく利息百円に付き日歩三銭五厘、期限後は金百円に付日歩金五銭也の割合による損害金を支払う約にて貸与し、昭和三十年一月二十八日根抵当権設定登記を完了したのであります。

二、然るところ債務者立川工業株式会社より債権者に右根抵当権設定登記以前に振出したる額面金壱千七百七十万円振出期日昭和二九年八月二五日支払期日昭和二九年九月三十日なる手形を受取りましたが不渡となりましたので債務者に対し右支払を保証することになつたのであります。

三、故に債権者は債務者に対し本件の根抵当権の債務につき昭和二九年九月三十日までに支払うべく請求したのでありますが右根抵当権設定の債務を履行しないのであります。

四、依つて債権者は債務者に対し根抵当権実行の為め前記不動産に付き競売の申立を為すものであります。

と記載せられてある。

右請求の趣旨並に申立の理由第一項の記載に依れば、本件競売の原因たる債権は、昭和二九年九月六日貸与せられたる壱千五百万円也の金銭消費貸借なるものの如きも、第二項に依れば振出日昭和二九年八月二五日支払期日昭和二九年九月三十日の額面金壱千七百七十万円の約束手形金債権の如くにも見え、競売の原因たる債権は不明不定である。

又根抵当がいつ設定せられたかも不明瞭である。申立の理由第一項に依れば昭和三十年一月二八日に設定登記を見たことは明瞭であるけれども、その設定契約が何時行われたかは不明瞭である。第一項によれば昭和二九年九月六日であるようであるけれども、疏明書類を欠いている。申立書に根抵当手形割引契約書の写なるものが添附されているけれども、その書類には日附の記載もなく物件の表示を欠くを以て該書類を以てしては本件物件につき昭和二九年九月六日に根抵当が設定されたことを認め得ない。申立書添附の昭和三十年一月六日附追加担保差入証で始めて本件物件が申立人に根抵当として差入れられたことを認め得られるのであるが、若し本件物件が昭和三十年一月六日附で根抵当にされたと見るときは次の結論を生ずる。すなわち

請求の趣旨並に申立の理由第一項に昭和二九年九月六日本件不動産を根抵当として金壱千五百万円を貸与し云々は事実に添わない虚偽の記載である。また申立の理由第二項に記載する約手額面金壱千七百七十万円也の債権は、虚無の根抵当、すなわち事実に添わない昭和二九年九月六日附の根抵当を基本とするもので無効の抵当であるとともに追加担保差入証記載の昭和三十年一月六日附根抵当権設定とは何等関聯を有しないものである。

之を要するに本件申立書は競売の原因たる一定の債権を明らかにせず、又根抵当設定の物権契約が何時成立したかを明らかにせず、且つその債権並に根抵当権の設定を証すべき書類(強制競売の場合に於ける一定の債務名義に準ずべき債権証書又は之に代るべきもの)を添附しない不適法の申立であるから、原審としては申立書を審査して直に之を却下するを至当としたるに拘わらず漫然その手続を進行して競売許可の決定を為したのは違法である。

第二点競売法に準用せられる民訴六四九条に依れば「差押債権者ノ債権ニ先タツ債権ニ関スル不動産ノ負担ヲ競落人ニ引受ケシムルカ又ハ売却代金ヲ以テ其負担ヲ弁済スルニ足ル見込アルトキニ非サレハ売却ヲ為スコトヲ得ス」とあり、然るに本件記録添附の登記簿謄本に依れば本件物件には本件の順位第二番の根抵当権に先だち昭和二九年四月八日受附同年同月六日手形割引根抵当権設定契約に基く申立銀行の極度額六百万円、利息日歩三銭五厘、損害金日歩五銭の第一順位の抵当権が設定登記されており、一面記録添附の郡富次郎の鑑定書に依れば本件物件の価額は五百五十四万円であつて、此の鑑定価格で競売に附したるも買手なき為め、昭和三十一年十二月十日附の競売公告には四百万二千円を最低競売価格と定められたことも記録に依り明らかである。されば四百万二千円乃至五百五十四万円の価格の本件物件を以てしては第一番順位の六百万円の債務を弁済するに不十分であつて、本件物件を競売しても本申立債権の弁済を受け得ないことは自明である。されば競売裁判所としては先ず第二順位の本件債権に先だつ第一順位の六百万円の債務を競落人に引受けしめる措置に出ずることを要するに拘わらずかかる措置を採ることなく、又第一順位の債権の全部を弁済する見込無きに拘わらず競売を実施し、本件の第二番抵当の被担保債権に一厘の弁済を受くる見込もなく、また現に一金の弁済もその債権に受けることを能わざる四百万二千円の価格で競落を為すことを許可したのは民訴六四九条に違反するとともに何等の利益なきに拘わらず権利の実行を為すことを認容した違法がある。

第三点前記の如く競売法に準用せられる民訴六四九条に依れば競売申立債権に先だつ債権を弁済して剰余あるに見込あるに非ざれば競売を実施すべきでない。然るに本件記録に依れば東京都中央税務事務所長より二百八十六万四千七百十円、国税局長より合計六百四十四万二千六百三十二円総計九百三十万七千三百四十二円の配当加入申立あり、孰れも本件抵当権が設定登記された昭和三十年一月二十八日より一年を経過した昭和三十一年一月二十八日以前に発生し納期の至れる租税債権なるにより此等租税債権は本件抵当権に優先するを以て申立人は本件競売を実施するも一金の弁済をも受ける能わざることは前述の本件物件の鑑定価格、競落価格等に鑑み算数上見易きことである。申すまでもなく抵当権の実行はその被担保債権の満足を目的とするものである。一文の債権の弁済をも受ける能わざるに何等その実行により利益を齋らさざるにその実行を為すは権利の濫用である。私法上の債権者は税務官庁の為に権利の実行を為すべきでない。税務官庁はその独自の立場に於てその利害を考量して競売の実施を為す筈である。このことは民訴六四九条を援用するまでもないことである。同条が競売法に準用なくとも当然のことである。利益なければ訴権なしとは法律全体に通ずる原理である。原審が申立人の債権弁済に何等寄与せざる、何等の利益にもならない本件競落を許可したのは違法といわざるを得ない。

第四点競売期日の公告には競売法第二九条に依り引用せられる民訴六百五十八条第三に依り競売物件に賃貸借ある場合にはその期限並に借賃等を記載することを要し、これに脱漏あるときは異議抗告の理由となることは競売法三二条で引用せられる民訴六百七十二条第四、六百八十一条等で明白である。然るに記録添附の登記簿謄本に拠れば本件土地には昭和二九年九月十八日受附第一四四三四号同年同月十七日附契約に基き山梨中央銀行の為め乙区一番に登記したる抵当権の債務をその弁済期に弁済せざるときは賃借権が発生しその期間は向う三年間賃料は一カ月一坪金十円、毎月末日払の賃借権設定登記請求権保全の仮登記があり、建物に関しても賃料一カ月一万三千円の同様の登記あり、乙区一番の被担保債権が期日に支払われた事跡なきを以て右賃借権は発生せるものと認めなければならない。仮りに未だ確定的に発生していないとしてもかかる請求権があり且つ登記されている以上、後に請求権を行使されるときは競落人に対抗せられる結果となるものである。随つて競売期日の公告にその明示を要することは無論である。にも拘わらず本件競売期日の公告に本件物件には賃借権なしと記載されたのは前記引用の法条に違反するものであり、かかる違法の公告に基く競売を許可した原競落許可決定は違法といわざるを得ない。

第五点本件記録に依れば本件二筆の宅地及び建物が一括して競売に附され、一括して四百万二千円に競落せられている。飜つて競売法三〇条で引用せられる民訴六六二条の解釈に随えば一括競売には利害関係人の合意あることを要する(大阪区裁判所執行事務協議会昭和三年六月一三日決議同四年三月一九日認可執行便覧二四三頁参照)。されば利害関係人たる本件債務者(抗告人)等の合意無くして一括競売、競落を為しその競落を認可した原決定は右法条に違反するものである。

第六点本件記録を査するに、本件競売申立は債権者株式会社山梨中央銀行の代理人小野憲治に依り為され、同代理人に依り手続が進行せられている。同代理人は弁護士に非ざるを以て代理人たることの許可申請が為されてあるけれども、その許可無き儘遂に原審の手続が行われたことが記録上認められる。

畢竟原審の手続は弁護士に非ざれば訴訟代理人たることを得ずと規定せる民訴七九条に違反するものである。されば適法な代理権を有せざる者により申立られ、適法な代理権を有せざる者に依り進行せられた競売並に競落は違法であつて、之を認容した原競落許可決定も違法である。

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