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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)45号 判決 1958年10月07日

原告 ユニオン・デ・ヴエレリー・メカニツク・ベルジユ・ソシエテ・アノニム

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告のため上告の附加期間を五ケ月と定める。

事実

第一請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十一年二月二十九日に昭和三十年抗告審判第一、九八九号についてした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告はベルギー国の法律に準拠して設立された法人であるが昭和二十六年(一九五一年)一月二十二日、「硝子用成分を皿状竈内に竈入する方法並に装置」に関し、一九四六年六月二十二日のベルギー国特許出願に基く連合国人工業所有権戦後措置令第九条の優先権を主張して、特許を出願したところ(昭和二十六年特許願第八三一号)、該出願を「方法」又は「装置」の何れか一つに訂正するよう特許庁長官の命令があつたので、これを「硝子用成分を炉内に送給する方法」に訂正すると同時に「硝子成分を炉内に送給する装置」については別に分割特許を出願した。(右分割特許出願は、後に実用新案登録願に変更し昭和三十二年三月二十五日出願公告の決定があつた。)

さて、右「硝子用成分を炉内に送給する方法」の特許出願は明細書中多少の訂正を施して昭和二十八年六月八日出願公告の決定があり、同年十二月十六日特許公報(特許出願公告昭二八―六四八七)に公告されたところ、昭和二十九年二月十六日訴外小川芳夫からこれに対して特許異議の申立があり、その要旨は、本件出願発明は右特許出願日の出願とみなされる一九四六年六月二十二日以前に日本国において公知となつた米国特許第一、六二三、〇五七号明細書記載の発明と均等であるから、右出願は拒絶されるべきである、というのであつたが、結局特許庁は、右異議申立を理由ありとして、昭和三十年二月二日その旨の決定をすると同時に、前記特許出願につき拒絶査定をした。そこで原告は同年九月十二日抗告審判の請求をしたが(昭和三十年抗告審判第一、九八九号)、昭和三十一年二月二十九日、右抗告審判の請求は成り立たない、旨の審決があり、原告は同年三月二十日その審決書の謄本の送達を受け、これに対する出訴期間は結局同年十月二十日まで延長された。

一、右審決の理由とするところは、前記特許異議の決定及び特許出願拒絶査定の理由と一貫して異なるところなく、本件出願と前記米国特許の明細書(昭和二年九月十五日特許局陳列館受入)に記載した方法とは、発明の要旨とする点において全く軌を一にする、というのであるが、本願発明と右引例の方法とは、次に述べるように、その出発する原理を異にしており、審決の下した右判断は、経験則に違背して事実を認定した、不当のものである。

すなわち、本件出願の発明の特徴を要約すれば、(一)炉の突出部内に延びた熔けた硝子の表面上に、(二)硝子成分の薄い層を(三)配置し、(四)これを連続運動により均一速度で進めること、の四点の結合にあり、とくに「成分の薄層を」「配置する」ことの二点は本願発明の生命とするところである。これに反し、引例の米国特許の発明は、「炉に混合物を継続的に供給する硝子熔解炉と結合した装置及び炉内に既存する熔解硝子体の中に新しい混合物を推し入れる硝子熔解炉と結合した装置」を要旨とするものであつて、これを要約すれば(1)炉に混合物を継続的に供給する装置及び(2)炉内に既存する熔解硝子体の中に(3)混合物を推し入れる装置、であることを特徴とする。したがつて、両者を対照すれば、前者の(一)熔けた硝子の表面上、というのと、後者の(2)熔解硝子体の中に、というのとの相違があり、また、前者の(三)配置する、とは載置する、との意味であつて、後者の(3)推し入れる、との間に、操作として著大な差異がある。爾余の相違点、すなわち、前者における(二)硝子成分の薄い層、の明記に対応するものが後者に全然ないことは、前者の操作が後者のそれと相違することを一層明確にするものであり、また、前者における(四)連続運動により均一速度で進める、というのは、熔けた硝子の表面上に配置(載置)された以後の成分の操作をいゝ、後者における(1)炉に混合物を継続的に供給する、というのは、原料である混合物を炉外から炉に供給する操作をいうのであるから、前記(一)と(2)、(三)と(3)の各相違点は、次のように明確に両者の作用と効果とに差異を生ぜしめるものである。

そもそも硝子工業において硝子成分(いわゆる硝子原料)を熔解硝子中に継続的に送入補給するにあたつてとるべき必要な諸般の注意の中、その主たるもので本件に関係のあるものを挙げれば、次の通りである。

A、硝子成分が熔解硝子と早急に混合することを避けること

B、硝子成分が熔解硝子と接触するときに、熱熔流が起ることを避けさせ、かつ熔解硝子が未熔解物(不熔解物を含む)で汚染されるのを避けること

C、硝子成分は熔解能率を高めるためにできるだけ薄い均一層で送り込むこと

D、両者の混合に先だつて両者を成るべく別々に熔解させること

これ、当業界においては周知のことであるが、原料を直接熔解硝子中に投入すれば、原料粒子間の気泡等のために熱伝導度は低く、また熔解硝子の粘性の関係で、原料粒子間に熔解硝子が滲透することは、先に熔解した周辺の原料の膜でさまたげられ、原料の内部にわたり全部が熔解することはむつかしくなり、更に原料中の気泡は熔解硝子の粘性のために表面から大気中に逸脱できず、熔解硝子中に気泡として残り、質の悪い製品を作ることになるので、良質の製品を得るために、これらの条件はきわめて肝要なことなのである。

本件発明はこれらの諸注意を効果的に遂行するものである。すなわち、送給成分は熔解硝子中に直接全重量を掛けて浸透送入されるのではなく、成分運搬用の箱車から一応漏斗状樋体の配分器に受けて重量、加速度、衝撃等をこれに吸収させ、しかる後に静かに該配分器から僅少量の成分を、連続的に、しかも側方向に、すなわち熔解硝子表面に平行方向(できるだけ垂直又はこれに近い方向を避け)に配分している。なお、熔解硝子表面上に上記の成分が配分された地点の後方には熔解硝子が常時大気に露出している場所があり、この場所は冷却されて、その表面に硝子の薄膜が生成しているが、この薄膜は下層の熔解硝子より凝集力が大であつて、成分の薄層と接触すれば幾分補強されるもので、成分層下の全表面とその両側とその後方にわたつて存在する。すなわち凝集力のかなり大なる硝子の薄膜がその全域に存在するわけであつて、この薄膜は成分が熔解する以前に熔解硝子と混合するのを防ぐのに役立つものである。この硝子の薄膜の作用は硝子工業においてきわめて重要に取り扱うべきものであるが、これは先天的自明の理であるわけではなく、この事実の発見が本発明の方法の基底をなすものである。

本発明の方法は、前記のように施行するのであつて、送給される成分は、樋体になる衝撃の緩和と、熔解硝子の硬化した表面被膜の作用により、熔解硝子の上に載置され、連続体の動きにより前方に移途されて炉に入るので、熔解硝子内に直接透入するのでないから、これと早急に混合することを避けられ(前記Aに適合する。)、また、成分はまず上記の凝集力の大なる硝子薄膜と接触して、直接に熔解硝子と接触するのではないから、熱熔流の起ることも避けられ、かつ熔解硝子が未熔解物で汚染されることもさけられる(前記Bに適合する。)。更に成分はできるだけ薄い均一層で送給し得られるから、熔解能率高く(前記Cに適合する。)、したがつて成分層は熔解硝子と混合する以前に熔解される(前記Dに適合する。)から、生成熔解硝子中に不均斉な場所を生じ又は硝子製品となつてのキズの因となることを避けられる。

しかるに引例のものにあつては、送給成分はその全重量をもつてかたまつて柱状となり、熔解硝子表面にのしかゝつて突入するから、これは熔解硝子内に直接浸透入されることとなり、しかのみならず羽根付ローラーの作用で成分は益々熔解硝子内に浸透度を強大とされ、これによつて結果するところは、送給された硝子成分は早急に熔解硝子との混合物を生成するということであるが、このことは引例の発明者の意図したところであり、必然的なものとも考えられるもので、亦引例の装置の重要部分を構成するものである。かつ引例のにあつては、炉の後方に冷却地帯がないから、本願の方法におけるような硝子薄膜も生成せず、したがつてこれを活用する現象は全然発生し得ない。原料は供給斜管から硬化した表面被膜の全くない熔解硝子中に直ちに没入し、その際衝撃の緩和されることもないのである。以上によつて明瞭なことは引例にあつては、成分と熔解硝子との早急混合(前記Aに反する。)によつてガスが発生し粘着性硝子塊中の攪乱作用によつて混合物は益々増加し、熱熔流を起し、成分の粒子は不熔解のままで深部に運搬されるから熔解硝子が未熔解物で汚染され、製品のキズの因をなし(前記Bに反する。)、熔解能率を減殺し(前記Cに反する。)、したがつて、両者混合前の熔解は困難(前記Dに反する。)であつて、要するに引例は上記の硝子工業上の重要な原則を無視している所に立脚しているものといわざるを得ない。

以上に説明した本件発明と引例との原理の差は硝子工業上格別重大であり、本件発明はこの点に重要性がある。審決が、この重要点を区別しないで、本発明の重大効果を見逃し、両者を均等のもと判断したことは、硝子工業の技術的経験則を無視した違法があつて、取消を免れない。

三、被告は、引用の米国特許明細書(乙第一号証)添附第一図によつて、右引用例においても供給原料層が熔融槽内容物に比し薄層であり、前者が後者の上に配置されていることが何人にも判ると主張しているが、第一図は第二図と併せて見るときは、供給原料は内容物表面の中央部分、すなわち供給斜管の幅だけにしか落下していないことを示しており、このことは本件出願発明との異同において重要な点の一つであるにかゝわらず、被告はこれを看過している。

また、被告は同明細書中impelling intoの字句について、終局において熔解硝子体中に推し入れられることを意味するものであり、そのことは本願発明も引用例も全く同じであるといつているが、供給原料と融解硝子とが終局において混合さることは当然のことであつて、そのようなことは、本件出願発明の要旨ではなく、それ以前の原料供給の方法に発明のの目的が存するのである。本件出願発明においては、供給原料が炉内の融解硝子表面の炉幅全部にわたり薄層として載置されるのに反して、引用の明細書にあつては、供給原料が融解硝子表面の一部分において多かれ少かれ沈下するのであり、これ、両者の間の重大な差異であるというべきである。

第二答弁

被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告が本願発明の特徴(発明の要旨と解する。)として主張する事項及び硝子工業における重要事項として掲げたA、B、C、Dの各項それ自体については争わない。

二、原告は、本願発明の生命とする特徴であるとして、「成分の薄層を」「配置する」ことの二点をあげて、引用の米国特許明細書の字句と比較し、両者の差異を縷々述べているが、被告はかゝる字句の解釈論が、この場合、両者の異同を論ずるに不可欠のものであるとは考えない。何となれば、引用の明細書に添附されている第一図を一瞥すれば、供給原料層が熔融槽内容物に比し遥かに薄層である事実並びに前者が後者の上に配置されている事実は、何人もこれを否定し得るものでないからである。のみならず、引用の明細書(乙第一号証)の字句の解釈においても、原告の見解は誤つており、本願発明も引用例も原告主張のように差異のあるものではない。すなわち、原告は、右英文明細書中のimpelling of new mix into the body of molten glass.を指して、引用例においてはあたかも供給斜管(シユート)から送られる新たな原料混合物は直接熔解硝子体の表面下に推し入れられるかのように述べているが、この字句はそれ自体何ら直接熔解硝子体中に推し入れられることを意味するものではなく、供給された新たな原料成分は融解硝子の表面に沿つて移動し、その終局において熔解硝子体中に推し入れられるものであることは、本願発明も引用例も全く同じであり、前記英文もその意味で書かれたものであることは同明細書中第二クレームの項に、continuous impelling………into………and forwardly along the surface of such body.と明記され、impellingがinto及びalongの両前置詞を支配している事実からみても明白である。なお、これに関連して、原告は、引用例において「炉に混合物を継続的に供給する」は原料である混合物を炉外から炉に供給する操作をいうと述べているが、前掲の英文においてcontinuousは原告の主張するような意味において使用されていないことはこれ亦明白なところである。

原告は、また、引用例では(イ)硬化した表面被膜の全くないこと及び(ロ)原料が供給斜管内を落下してくる際の衝撃が緩和されないことの二点を主張しているが、被告はこれらの点を否認する。何となれば、(イ)については原料の供給される表面は大気に曝露されているばかりでなく、供給原料によつて常時接触冷却されているものであるから、その内部に比して相当の硬度を有すると考えるのが妥当であり、(ロ)についても、供給斜管の入射角度に相応して、原料落下の際の衝撃が緩和されることは、初等力学の常識であるからである。

第三証拠

一、原告訴訟代理人は、甲第一号証、第二、三号証の各一ないし七、第四号証の一、二、第五、六号証、第七号証の一、二、第八、九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一ないし第一七号証を提出し、証人熊田泰明、植田正雄の各証言並びに検証の結果を援用し、乙号各証のいずれも原告主張の文書の写真であること及び右各文書の真正のものであることを認めた。

二、被告指定代理人は、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一、二、三を提出し、右乙第一号証は引用の米国特許第一、六二三、〇五七号明細書の、同第二号証の一、二はブランコ、ホワイトの英国特許法に関する著書の表紙及び内容の、同第三号証の一、二、三は国際工業所有権保護協会日本部会会報第一巻第三号の表紙、内容及び奥付の各写真である、と述べ、甲第一六、第一七号証の真正のものであるかどうかは知らないが、その余の甲号各証が真正の文書であることは認める、と答え、なお原告援用の検証の結果について、右検証によつて明確となつた事実は、右検証の目的たる福岡県若松市所在日本板硝子株式会社若松工場において実施されている本件出願発明の方法なるものは、たとえば、

(1)  カレツト及びバツチを別々に投入する。

(2)  バツチ・ホツパー、カレツト・ホツパー、バツチ・デイストリビユーテイング・チユーブ及び羽根ロールその他の特定な組み合せによる特殊な原料供給装置の使用、

(3)  ドツグ・ハウスとロールとの間に設けられた五百ないし六百六十ミリの間隔、

などの特定の操作条件を設定したものであり、これによつて初めて所期の目的を達成し得るものであるということであるが、このような特定の操作条件は、原告が本願発明の特徴として主張するところと直接の関係がないから、右検証の結果は本件審決の不当性を立証する何らの根拠となり得ない、と述べた。

理由

一、原告はベルギー国の法律に準拠して設立された法人であるが昭和二十六年(一九五一年)一月二十二日に、その主張の発明につき、一九四六年六月二十二日のベルギー国特許出願に基く連合国人工業所有権戦後措置令第九条の優先権を主張して、特許を出願し(昭和二十六年特許願第八三一号)、特許庁長官の命令によつて、右出願を「硝子用成分を炉内に供給する方法」に訂正したこと、右出願は、明細書中多少の訂正を施して、昭和二十八年六月八日に出願公告の決定があり、同年十二月十六日特許公報(特許出願公告昭二八―六四八七)に公告されたところ、昭和二十九年二月十六日訴外小川芳夫から、右発明はその出願日とみなされる一九四六年六月二十二日以前に日本国において公知となつた米国特許第一、六二三、〇五七号明細書記載の発明と均等であるとの理由で異議の申立があり、特許庁も結局右異議申立を理由ありとして、昭和三十年二月二日その旨の決定をすると同時に、原告の特許出願につき拒絶査定をしたこと、原告は同年九月十二日これに対して抗告審判の請求をしたが(昭和三十年抗告審判第一、九八九号)、昭和三十一年二月二十九日に右請求は成り立たない、旨の審決があり、同年三月二十日その審決書の謄本が原告に送達され、かつこれに対する出訴期間が同年十月二十日まで延長されたこと、及び右審決の理由とするところは、本件出願と前記米国特許の明細書(昭和二年九月十五日特許局陳列館受入)に記載した方法とは、発明の要旨とする点において全く軌を一にする、というにあることは被告の明らかに争わないところである。そして、本件出願の発明の特徴を要約すれば、(一)炉の突出部内に延びた熔けた硝子の表面上に、(二)硝子成分の薄い層を(三)配置し、(四)これを連続運動により均一速度で進めること、の四点の結合にあることは、当事者間に争いがないから、本件発明の要旨も亦、右の点を出でないものということができる。

二、さて、本件出願の発明の要旨は前記のごときものであり(成立に争いのない甲第二号証の五及び七によれば、本件出願の明細書及び特許公報においては、本件特許請求の範囲として、炉の突出部内に延びた熔けた硝子の表面上に上記硝子と同一又は異る硝子成分の薄い層を配置する事と之を連続運動に依り動かされる機構に依り推進させるに均一速度で進める事とを特徴とする炉内に硝子用成分を送給する方法、と表現されていることを認めることができる。)、換言すれば、本件発明は硝子製造において硝子熔解炉(槽)への原料供給方法に関するものであつて、炉の突出部(いわゆるドツグハウス)に延びた熔解ガラス体の表面上に硝子原料(カレツト及バツチ)を薄層として配置し、これを連続運動機構によつて均一な速度で炉内に推進させることを発明の要旨とするものである、ということができよう。

次に、審決が本件出願発明と全く軌を一にするとして引用した米国特許第一、六二三、〇五七号明細書には、「硝子熔解槽へ原料混合物を連続的に供給し、該混合物を槽内に既に在る熔解硝子体中へ、かつ該硝子体の表面に沿つて前方へ連続的に推しやる手段」を要旨とする発明が記載されており、その手段としては、「ドツグハウス内の熔解硝子体の上に、原料をシユート(供給斜管)によつて所定の速度で供給し、これを水掻き車によつて連続的に熔解硝子の表面に沿つて槽内に推進させる具体例」が該明細書に図示説明され、なお、右の場合、シユートから熔解硝子上に供給された原料は熔解硝子体に比して薄層であり、熔解硝子体の水準面以下に多少沈下はしているが、ほとんど熔解硝子体の表面に載置された状態であること、これらはすべて右明細書の写真であることにつき当事者間に争いのない乙第一号証によつて明白である。

三、本件発明に関し、明細書発明の詳細なる説明の項には、本件発明の実施に当つて推奨さるべき事項として、

一、屑硝子(カレツト)と原料(バツチ)との明確な二層を積み重ねることにより熔解がよく行われること

二、突出部(ドツグハウス)は送給される成分層の面積を増大するように槽の幅に近い幅を持つことが望ましいこと

三、原料を推進させるための連続的運動機構の具体例(水掻き車もその一例)

等の示されていること、前記甲第二号証の七によつて明らかであるが、これらは本件発明の欠くべからざる要件として特許請求の範囲に掲げられていないのみならず、もし原告がこれを発明の要件としようと欲したならば、特許出願から抗告審判の審決にいたる間において右記載を訂正する機会は乏しくなかつたのに、ついにその訂正の申出をした形跡が認められないので、これらの事項をもつて本件発明の要旨と関連のあるものと認めることは相当でない。けだし、明細書中詳細なる説明の項にはその発明の構成、作用、効果及び実施の態様が記載されるが、発明の構成に欠くべからざる事項はこれを特許請求の範囲に記載すべきことが要求されているからである。(特許法施行規則第三十八条参照。)また、原告は、本件発明において、熔解硝子表面上に原料が配分された地点の後方には、熔解硝子が常時露出している場所があり、この場所は冷却されて、その表面に硝子の薄膜が生成しており、この薄膜は原料が熔解する以前に熔解硝子中に混ずることを防止するのに役立つものである旨主張しているが、このような事項も亦本件発明の要旨と直接関係のないことであるといわざるを得ず、現に本件発明を実施したものとして検証した、福岡県若松市所在日本板硝子株式会社若松工場に設置された、いわゆる「ユニバーベル」装置においても、右原告主張のごとき構造を認めることができなかつたのである。(なお、右のごとき熔解硝子の露出場所は、引用例の装置においても、原料供給地点とドツグハウスの横壁との間に存在することが、前記乙第一号証によつて認められるから、この露出場所は冷却されて、表面に薄膜が生成されることが、推察するに難くない。)

更に、原告は、本件発明においては原料はその熔解前には全然熔解硝子と混ずることがないのに反し、引用例では原料は柱状をなして熔解硝子内に突入し、熔解前に熔解硝子との混合物を生成する旨主張しているが、本件発明の要旨としては、その特許請求の範囲に記載してあるように「熔けた硝子の表面上に……薄い層を配置すること」とあるだけで、これを引用例と比較した場合に、表現上、両者に大差ないものと認められる。すなわち、引用例においても、原料は熔解硝子の表面上に載せられた状態で順次炉内に推進されるものであることは、前記乙第一号証を検討することによつてこれを知ることができ、仮に引用例において原料の一部が熔解前に熔解硝子と混合することがあるとしても、本件発明の要旨として明細書に記載してある前記「熔けた硝子の表面上に原料の薄層を配置する」旨の表現では、引用例のごとき場合もこれに包含すると解せられることを避けることができない。本件発明と引用例との差異に関する原告の前記主張は、誇張に過ぎるものであり、採用することができない。

次に、福岡県若松市所在日本板硝子株式会社若松工場における検証の結果に徴するとは、同工場に設置されたいわゆる「ユニバーベル」装置は、本件発明を実施するもので、この装置によつて、「炉の突出部に延びた熔解硝子の表面上に硝子原料の薄層を配置し、これを連続運動機構によつて均一速度で炉内に推進させること」という本件発明の要旨にそう操業が行われていることが認められる。しかし、右検証の結果及び証人熊田泰明の証言を併せ考えれば、右操業に当つては、更に次のごとき注意を必要とするものであることが明らかである。

すなわち、

1、先ずカレツト(屑硝子)を熔解硝子上に薄層として供給配置し、このカレツト上に更にバツチ(原料)を薄く配置することすなわち、本件明細書にいわゆる「屑硝子と原料との明確な二層を積み重ねること」

2、推進機構たるロールの位置が重要な要素であること、すなわち、ドツグハウスのバツク・ウオールの内壁とロールのセンターとの間隔を五百ミリないし六百六十ミリにすること、

3、熔解槽に対しカレツト及びバツチの投入口は広い方がよく、したがつてロールも亦投入口の幅いつぱいであること等。

ところが、このような事項は、本件発明の要旨としては、格別規定されていないのである。

四、以上の認定に基いて判断するのに、本件発明の要旨が、検証の目的であつた装置で行われているように、かつまた原告が本訴で主張しているように、例えば、「ドツグハウス内の熔解硝子上に先ずカレツトを配置し、その上に更にバツチを配置し、このカレツトとバツチとの二層よりなる原料薄層を、所定の位置に設けられた連続運動機構により、熔解硝子の水準面以下に沈下混合することのないように、炉内に均一速度で推進させて順次熔解混合させる……」点に存するか、或いは右装置の具体的特徴に限定されるのであれば、引用例との間に明確な差異を認めることができて、特許に値するものとも考えられるのであるが、本件発明の要旨は前記認定のごときものであり、これをもつてしては引用例のごとき公知の方法を出でないものと解するのほかなく、結局本件発明は引用の米国特許明細書に容易に実施しうる程度に記載されたものと認めざるを得ない。成立に争いのない甲第五、六号証、第七号証の一、二、第八、九号証、第一一ないし第一五号証により認め得る外国特許の先例も、或いはわが国と特許法制を異にする外国における事例であるか、或いは特許請求の範囲の表現方法において本件特許出願と同一でないものであつて、必ずしも前示判断をくつがえすべき根拠とするに足りない。

五、本件出願は、特許法第四条第二号に該当し、同法第一条の特許要件を具備しないものである。これと同趣旨に出でた本件審決は相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を、また上告附加期間の定めにつき同法第一五八条第二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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