東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)47号 判決 1958年7月03日
原告 ライフアン工業株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「昭和三十一年抗告審判第四四九号事件について、特許庁が昭和三十一年九月八日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、特許第一五一〇三九号「物品の包装方法」の特許権者であるが、右特許明細書の記載に不明瞭なところがあつたので、これを釈明するため昭和二十八年五月二十一日明細書に別紙目録記載のような実施例を加えて、これを訂正することの許可の審判を請求したが(昭和二十八年審判第一六一号事件)、昭和三十一年一月二十三日「請求人の申立は成り立たない。」との審決を受けたので、同年三月六日右審決に対し抗告審判を請求したところ(昭和三十一年抗告審判第四四九号事件)、特許庁は同年九月八日再び原告の抗告審判の請求は成り立たないとの審決をなし、その謄本は同月二十四日原告に送達された。
二、審決の理由の要旨は、次のとおりである。
本件特許明細書の特許請求の範囲の項にいう「皮膜」とは、「ゴム嚢皮膜」を指すから、包装に使用する塩酸化ゴム皮膜は、「嚢」という特定形態のそれを使用するものと解すべきである。そして右明細書に「嚢」の表現を用いている以上、その字義から考察しても、本件発明の皮膜は、底部と被包に当り閉ざさるべき口部を持つ特定形態のそれであり、従つて被包装物を挿入して口部を閉ざすことが、その発明の構成要件であるとみなければならない。さらに被包装物は本件明細書における特許請求の範囲の項の記載からみて、その何物たるかは問うところでなく、一方その目的、作用、効果の記載から考察するも、本件発明における嚢口は当然閉ざさるべきものと解しなければならない。これを要するに、本件発明の要旨とするところは、「適宜形状に調製したゴム嚢を………該皮膜を被包装物に縮着せしめた後に、嚢の口部を封鎖密閉することを特徴とする物品の包装方法」に存するものとするを相当とするから、原告が請求する、皮膜が嚢の形態でない場合、被包装物全体を被包することを要しない場合、被包後に口部を密閉することを要しない場合の何れかに該当する五実施例の追加挿入並びにそれに附随する字句の訂正は、前記の本件特許発明の要旨と矛盾を来たし、かえつてこれを不明確となすものであつて、特許法第五十三条第一項各号の何れにも該当しないから、これを許可することができない。
三、しかしながら、審決は、次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。
(一) 本件特許発明は、明細書の「特許請求ノ範囲」の項に、「適宜形状ニ調製シタルゴム嚢ヲ………セシメテ皮膜内ニ被包装物ヲ挿入シ、之ヲ再ビ外部ヨリ加熱シテ該皮膜ヲ被包装物ニ縮着セシムルコトヲ特徴トスル物品ノ包装方法」と明記してあることから知ることができるように、本発明における「包装」の特徴は、包装するゴム皮膜が、包装される包装物体に加熱によつて縮着する点に存するのであつて、このような包装を得るためには、必ずしも被包装物品の全体を「嚢」の中に容れることを要件としないのは勿論、またその「嚢」の口部を封鎖密閉することを、その必須要件とするものでもない。
「包装」の字句の使用について特許庁発行の実用新案公報の記載事項を参照してみるに、被包装物全体を被包することも、「包装」の一種ではあるが、その「全体の包装」ということは、包装の必須要件ではない。被包することを必要とする個所を包装すれば十分であつて、一部の露出しても差支えない個所を露出させてあつても、要所々々が被包してあれば、包装の目的は十分に達せられ、これもまた「包装」であり実用新案公報の記載例でも、この趣旨で「包装」という言葉が使用されている(甲第一号ないし第九号証参照)。また本件特許の出願に対し特許庁が昭和十七年一月九日付でなした拒絶理由の通知中にも、被包装物を部分的に被包することを指して、「包装」といつている(甲第十号証参照)。
これらの実例よりしても、「包装」とは、その被包を必要とする個所を被包すれば足り、被包装物全体を被包することを必須要件としないことは明らかであつて、本件発明にいう「皮膜」は嚢であることを必要としないものであることは勿論、この皮膜で被包装物全体を被包することを、その必須要件とするものでないことは明らかである。前述したところによつて明らかなように、本発明の要旨とする包装は、塩酸化ゴム皮膜を加熱によつて被包装物に縮着せしめる点に存するのであつて、「嚢」で被包装物を包装することを意味するものではなく、また実施例の記載のように、皮膜を以て被包装物を包装する場合でも、「加熱による皮膜の縮着作用」を以て、本発明の特徴とする包装は終るのであつて、爾後の操作たる口部を閉じることは、本発明の要旨以外のことに属し、特殊別異の目的のため本包装に特に付加される口部の処理であつて、明細書の実施例の説明は、この趣旨を説明せるものに外ならない。これら実施例において、本件発明の要旨とする包装方法である「加熱によつて皮膜を被包装物に縮着せしめること」の次に、口部に関する説明を付加したのは、本発明の特徴とする加熱縮着による包装終了後において、この被包装物を乾燥、吸湿、虫害より防がんとする場合における口部の処理に関するものである。口部の処理が本来の包装とは別異のものであることは、本来の包装が、加熱すなわち高温度の水蒸気又は百度前後の乾燥空気を吹き付け、皮膜を被包装物に縮着せしめて行われるものであるのに対し、口部の処理は、その後において常温中で行われる仕事であることから、直ちに理解することができる。また明細書における「口部に関する説明」が、本発明の特徴たる包装方法の一部分に関する説明ではなく、特殊の目的のために行われる。本包装の本質外の操作に関するものであることは、これら三実施例の説明の行文上明白である。実際の実施においても、口部を単に「折りたたむ」か、口部余剰が十分にあるときには、余剰皮膜自体を「輪差に結ぶ」だけでも、一定期間は前記副次目的を達することができ、必ずしも封鎖密閉を要しない。そしてこのような包装後における口部処理では、審決のいうような気密閉塞は事実上期待し得られないことはいうをまたない。
しかるに審決が、本件特許発明の包装について、「一方その目的としては、『嵩低に皮膜を被包装物に縮着させること』のほか、『防湿、防乾燥、防虫並びに長期保存の作用効果を達成させること』を意図する」となし、この点をも、本件特許発明の主目的であるかの如く認定したのは、本件発明の包装に随伴せしめ得る前記副次目的をもつて、包装自体の本来の目的であると誤認したものであり、この誤認を冒したために審決は、本件発明の包装に対して、更に三ツの誤認を重ねるに至つた。本包装に伴わしめ得る上記副次目的を主目的と誤認せる結果、しかもその目的は長期保存にあるものと、ほしいまゝに規定した結果、ここに口部操作の事実から離れて、「嚢の口部を封鎖密閉する包装であると認める。」という第二の誤認に陥つている。この誤りは審決が、本件特許発明の包装が、その本来目的としないものを、本来の目的と誤認した結果から、当然出て来た理論上の帰納であるが、封鎖密閉ということは、本件特許発明の明細書では全然触れていない新規の事項であり、その明細書の説明の全般からしても帰納し得ない結論で、全く審決の独断である。審決は、本件特許発明の包装を、「口部を封鎖密閉する包装」と誤認した結果、更に本件特許発明の包装を、「皮膜を内容被包装物に縮着させ、かつ嚢の口部を封鎖密閉する物品の包装方法である。」と結論せざるを得ない立場に立ち到り、ついにかかる妄断を敢えてした。これ第三の誤認である。
以上三ツの誤認の結果は、必然的に本件発明の要旨とするところを、冒頭記載のように結論せざるを得ないこととなり、ここに本件特許の発明を棚上して、全然別個の包装方法を、本件特許発明の包装に擬するの過誤に陥つたものである。
(二) 本件特許発明のいう「嚢」とは俗にいわれる「ふくろ」を意味し、そして本件発明(特許第一二五五〇五号及びその追加特許たる第一五一九一六号)のいう皮膜が「ふくろ」の形において調製せられるものであること及び本件発明の包装が、まま片口の「ふくろ」の形において実施されることのあるのは、事実そのとおりであるが、さればといつて、審決のいうように、「かくして調製したふくろ形の皮膜」を、常に「底のあるふくろ」の形で包装用にするのではなく、両口のふくろ(嚢)にして用いる場合が、比較的に多いのであるから、審決が本件発明に使用されるライフアンという薄い皮膜調製に至るまでの過程が、「片口ふくろ」であることから、直ちに、包装に用いられる皮膜も、またいつも片口ふくろ(嚢)であると判断したのは誤認である。更に審決が「嚢」とは有底で一口を有し、中に物を容入し口を閉ざすべく仕立てた用具の総称であるから、原告の本件特許請求の範囲の項に嚢という表現を用いている以上、その「皮膜」は底部と包装に当り閉ざさるべき口部をもつ特定形態のそれである、としているのは、憐れむべき妄断である。およそ科学の進歩発達に伴い、ある一ツの物、たとえば「ふくろ」という形のものが、従前曽て考えられもせず、見られもしなかつた、新規の用い方を現出しつつあるのが、社会における人類生活の文化発展の現象であり、特許や実用新案の生命の一も実にここにある。しかるに審決は、前述のような旧来の狭い普遍的でない観念にとらわれ、ふくろに両口を有するもの(嚢)のあることを知らず、また「含嚢」という場合は、「物をつつむ」ことであることを知らず、「挿入」という言葉の字義を解せず(「挿入」とは必ずしも被包装物全体を包被することを意味せず、差し入れる物の一部が露出している場合が却つて多く、その差し入れる物の全体を受け容れる場合には「没入」の言葉が用いられる。)これら言葉の実例に疏いことに基因する不備を包蔵する。
(三) 審決が、「本件発明における嚢口は当然閉ざさるべきものと解さなければならない。」としているのも判断を誤つたもので「ふくろ」の口を閉ざさなくとも防湿、防乾燥並びに防虫の効果を一定期間保持することができる。たとえば鉄製の水道管、ガス管の地中に埋没する部分だけに対し、両口のライフアン皮膜を加熱縮着させ、長期保存の効果を達する場合、或いは化学工場の配管の防蝕、防錆を要する部分だけに対して、ライフアン皮膜を加熱縮着せしめて、同一の効果を図る場合の如きが、その好適例である。
(四) 本件特許発明の要旨が、その特許請求の範囲に明記されているように、「適宜形状に調製したゴム嚢を、乾燥塩化水素を以て塩酸化せしめた後、これを加熱しつつ、膨脹せしめて製した皮膜内に被包装物を挿入し、これを再び外部より加熱して該皮膜を被包装物に縮着せしむることを特徴とする物品の包装方法」であり、その前半は本件発明の包装方法に使用される包装物たる塩酸化ゴム皮膜に被包装物を包装する方法に関し、その後半の物品の包装方法は、右記載自体からも知り得るように、本発明における「包装」の特徴は、包装するゴム皮膜が包装される被包装物体に、加熱によつて縮着する点に存し、このような包装を得るためには、必ずしも被包装物品の全体を嚢の中に容れることを要件としないのは勿論、またその「嚢」の口部を密封することを、その必須要件とするものではないから、原告が訂正許可審判において請求したところの、皮膜が嚢の形態でない場合、被包装物全体を被包することを要しない場合、被包装物に口部を密閉することを要しない場合の、いずれかに該当する五実施例の追加挿入並びにそれに附随する字句の訂正は、本件特許発明の原明細書の不明瞭な記載の釈明として、特許法第五十三条第一項第三号に該当するものであることは明らかである。そして実施例の記載を、このように本件発明の要旨中の一部のものだけに限定しないで、発明の要旨全部に亘らせるのは、特許制度の精神にも合致する。
かかる理由のもとに、本件特許発明の明細書に、「嚢であることを要しない皮膜」等の場合の実例を記載して、明細書を完全なものに作成しようとするのが、原告が本件の訂正許可の審判において請求した事項であり、原明細書が不完全に作成されていることを発見したので、その不明瞭な記載の釈明を目的として、不明瞭な記載を明確ならしむべく、訂正審判を請求した次第であり、かつ訂正によつて特許請求の範囲を、実質上拡張又は変更することにならないので、当然該訂正を許可すべきものである。
しかるに審決は、本件特許発明の必須要件についての誤認、誤解の結果、原告が請求した訂正を、本件特許発明の要旨と矛盾を来たすものとして拒絶したのは、違法たるを免れない。
(五) 被告代理人が、当裁判所において答弁するところは、一つも当を得ないものである。特に原告の主張する副次的目的を捉えて、これが本件特許発明の特徴であるとの主張は、徒らに主客を顛倒して、原告の主張を紛更昏迷せしめようとするものというの外なく、殊に本特許明細書における「………長期間保存ニ耐ヘ得ル」との文言が、「………長期保存にも耐え得る」の義で、副次的目的を示せるものであることは疑ないのにかかわらず、ことさらに「長期保存」を強調し、長期保存の効果を期待するには、嚢の口を密閉することによつて初めてその企図が可能となるとするが如きが、すなわちそれである。
更に被告代理人の主張は、塩酸化ゴム皮膜のことについて甚だしく知らないことに基因するもので、単なる紙状片でも被包装物の包装すべき箇所をつつむ大きささえあれば、また被包装物の包装すべき個所を十分につつみさえすれば、本件発明の意図する包装をすることができる。しかるに被告代理人が「塩酸化ゴム皮膜の伸縮性を利用して物を包被するには、皮膜が特定の形態すなわち空間的に被包装物を拘束するような形態例えば嚢であることを要する。」というが如きは、右の如き実験則を知らないものであり、しかしてこの重大な点についての誤謬が、更に原告の本件特許発明明細書中「特許請求の範囲」の項における単に「皮膜」と表現されているものを、文脈から推せば、当然「嚢」の形態のそれであると断定するような、重大な誤謬を冒すに至つたものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三の主張は、これを否認する。
(一) 原告は本件特許発明の要旨はその特許明細書及び特許請求の範囲の記載からみて、「塩酸化ゴム皮膜内に被包装物を挿入し、これを再び外部より加熱して該皮膜を被包装物に縮着せしむる包装方法」であつて、「皮膜」が「嚢」であることも、かような特殊形態の皮膜で包装物を被包することも、その必須要件ではないと主張するが、右は明細書中「特許請求の範囲」の項の記載において、単に「皮膜」と表現されているものも、文脈から推せば、当然「嚢」の形態のそれを断定し得るのを、故意に看過したもので、明らかに誤謬である。更に原告は、本件特許発明の範囲の解釈に当り、その明細書の記載から全然遊離し、包装に関する発明考案たる点を除いては、なんら本件発明と関連のない数多の証拠を挙げて、その解釈の妥当性を強弁しようと努めている。
しかしながら、発明の範囲の解釈に当つては、特許請求の範囲の項にまず依拠すべきではあるが、同項の記載をさらに解明するには、発明の性質及び目的の要領、発明の詳細なる説明等の諸項を併せ参酌することを要する。本件特許発明は、その明細書中「特許請求の範囲」の項の記載によれば、「皮膜」が「嚢」という特定形態のそれであることは明らかであるが、同項の記載は、嚢口を閉ざす点には触れていない。この点を明らかにするために、明細書全般の記載を参酌して検討すると、嚢口は閉ざされるものであることが知られ、本件特許の包装方法は、被包装物を嚢皮膜内部に収容し、皮膜を縮着した後嚢の口部を封鎖密閉する包装方法において首尾一貫していることが、「発明の性質及び目的の要領」の項の記載及び「実施例」により判明する。従つて本件特許発明の包装方法は、明細書全般の記載に徴し、前記特定のものに限られ、原告が援用する甲第一号ないし第九号証に示す「包装」は、単に包装という一般概念に包摂されるものの具体例を示すものに止まる。
(二) 本件特許発明の包装が嚢であること及び嚢口が閉ざさるべきことは、日常茶飯的な常識に属する程度の経験法則からも覗うことができる。すなわち塩酸化ゴムは、加熱下でゴム様の伸縮性があるが、常温では伸縮性を失い、加熱時に加えた変形のまま固定する性質を有するから、かような塩酸化ゴム皮膜の伸縮性を利用して物を包被するには、皮膜が特定形態すなわち空間的に被包装物を拘束するような形態たとえば嚢であることを要し、単なる紙状片では不適当である。また本件特許発明は、被包装物に対し何らの制限がなく、かつ防湿、防乾燥及び防虫、さらにこれを総合した長期保存という作用効果を任意の物体に対して達成することを意図している以上、不透水不通気性の塩酸化ゴム嚢を以て、被包装物を囲繞し、嚢の内外を完全に遮断隔離すること、すなわち嚢の口を密閉することによつて、はじめてその企図が可能となる。
(三) 最後に特許法第五十三条第一項にいわれる「不明瞭ナル記載ノ釈明」とは、現実に明細書中に存在する不明瞭な記載を釈明する場合の訂正のみをいうのであつて、そのような不明瞭な記載が現実に存在しない明細書を、ただ単にその発明内容を明瞭ならしめるという意図を以つて訂正するというような訂正を指すものではない。原告は本件訂正は、同条第一項第三号に該当すると主張するにかかわらず、明細書中「不明瞭ナル記載」に該当する個所をなんら指摘するところなく、僅かにその実施例の記載が不十分である旨を述べているに過ぎない。しかしながら本件特許明細書の三実施例はそれ自体なんら「不明瞭ナル記載」を内蔵していないばかりでなく、原告の前記主張自体も決して実施例の記載中に不明瞭な個所が存在することを疏明したものと解することはできない。
原告の主張するところは、本件特許明細書の包装方法が、(イ)嚢でない皮膜を使用する場合、(ロ)被包装物全体を被包するを要しない場合、(ハ)嚢口を閉すことを要しない場合をも包含するものと認定される場合に、明細書に示された実施例はいずれも右(イ)(ロ)(ハ)に該当するものではないから、これら三個の実施例では不足であることに鑑み、(イ)、(ロ)、(ハ)各項の何れかに該当する五実施例を追補して、その発明内容を明瞭ならしめる点にあるものと解せられる。
しかしながらこのような訂正は、その前提として原告の本件特許発明の範囲に関する一方的な前記認定を基礎としてなされたもので、このような前提条件が、なんら明細書中に不明瞭な記載が現実に存在することの疏明とならないことは、もとより明らかである。
してみれば原告の求める訂正は、特許法第五十三条第一項第三号に該当しないものであるといわなければならない。
第四(証拠省略)
理由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。
二、その成立に争のない甲第十五号証によれば、本件特許発明の明細書中、「特許請求ノ範囲」の項には「本文所載ノ目的ヲ以テ本文ニ詳記スル如ク、適宜形状ニ調製シタル『ゴム』嚢ヲ、乾燥塩化水素ヲ以テ塩酸化セシメタル後、之ヲ加熱シツツ膨脹セシメテ製シタル皮膜内ニ、被包装物ヲ挿入シ之ヲ再ビ外部ヨリ加熱シテ、該皮膜ヲ被包装物ニ縮尺セシムルコトヲ特徴トスル物品ノ包装方法」と記載され、「発明ノ性質及ビ目的ノ要領」の項には、「本発明ハ適宜形状ニ調製シタル『ゴム』嚢ヲ、乾燥塩化水素ヲ以テ塩酸化セシメタル後水洗シ、之ヲ外部ヨリ加熱シツツ、内部ニ空気ヲ圧入シテ膨脹セシメテ成ル皮膜ノ内部ニ、被包装物品ヲ装填シ、該皮膜ヲ再ビ外部ヨリ加熱シテ、包装物ニ縮着セシメタル後、口部ヲ封鎖スルコトヲ特徴トスル物品包装方法ニ係リ、其目的トスル所ハ被包装物ニ密着シテ、嵩低ニシテ且防湿、防乾燥並ニ防虫ニ適シ、長期保存ニ耐ヘ得ル包装物ヲ得ントスルニアリ。」と記載されている。
またその「発明ノ詳細ナル説明」の項にはその第一段に、「本発明ハ適宜形状ニ調製シタル「ゴム」嚢ヲ乾燥塩酸化水素ヲ以テ塩酸化シ、之ヲ外部ヨリ加熱シツツ内部ニ空気ヲ圧入シテ膨膜セシメテナル皮脹ノ内部ニ物品ヲ挿入シ、然ル後之ヲ再ビ外部ヨリ加熱シ、該皮膜ヲ収縮セシメテ、内部被包装物ニ密着セシムル物品ノ包装方法ナリ」とし、第二段に、「『ゴム』嚢ヲ塩酸化セシメタル後加熱シツツ膨脹セシムルトキハ、ヨク其ノ原型ノ数十倍ニ膨脹セシメ得ルモノニシテ、斯クシテ製シタル皮膜ハ常温ニ於テハ伸縮性ヲ失ヒ、膨脹シタル状態ニ其ノ形状ヲ固定スルモ、之ヲ加熱スルトキハ、塩酸化セザル『ゴム』嚢ト同様ノ伸縮性ヲ有シ、膨脹セシメザリシ以前ノ原型ノ状態ニ復サントスル性質ヲ有スルモノナリ」とし、第三段には、「本発明ハ塩酸化『ゴム』ノ右ノ如キ性質ヲ利用スルモノニシテ、上記ノ方法ニ依リ膨脹セシメタル皮膜内ニ被包装物ヲ挿入シ、然ル後之ヲ水蒸気温湯又ハ加熱空気ヲ以テ加熱スルトキハ、該皮膜ハ収縮シテ被包装物品ノ周囲ニ縮着スルモノニシテ、斯クシテ物品ヲ包装スルトキハ、該包装物ハ甚ダ嵩低トナルノミナラズ、被告装物ノ吸湿、乾燥並ニ虫害防止ニ適スル理想的包装物ヲ得ルモノナリ」と記載した後に、三つの実施例を示しているが、該実施例は、すべて、塩酸化ゴム皮膜内に、被包装物(からすみ、鰹節、塩化石灰)を入れ、皮膜を加熱して、外皮を被包装物の表面に縮着させた後、皮膜の口部を閉じることが記載されており、一方被包装物については、何等の限定をもしていないことを認めることができる。
三、よつて右本件特許発明の要旨について、当事者が論争の中心としている、(一)本件発明にいう「皮膜」は、「嚢」であることを必要とするものであるが、(二)「嚢」であることを必要とする場合、その「嚢」は、常に「底のある」いわゆる一方口のふくろ(嚢)ばかりでなく、二方口のふくろ(原告は、これを「嚢」という。)であつてもよいか。(三)そしてこの場合、本件における「包装」は、被包装物の全体を「ふくろ」のうちに入れることを必要とするものであるか。最後に(四)その「ふくろ」の口部を封鎖密閉することを必須要件とするものであるかを判断するに、本件特許の明細書中「特許請求範囲」の項には、「皮膜」を単に「適宜形状ニ調製シタル『ゴム』嚢ヲ乾燥塩化水素ヲ以テ塩酸化セシメタル後、之ヲ加熱シツツ膨脹セシメテ製シタル皮膜」と記載し、また包装の方法も「皮膜内ニ被包装物ヲ挿入シ之ヲ再ヒ外部ヨリ加熱シテ、該皮膜ヲ被包装物ニ縮尺セシム」と記載するに過ぎないことは、先に認定したとおりである。そして右「特許請求範囲」の項において「皮膜」を「『ゴム』嚢ヲ……塩酸化セシメタル後、之ヲ……セシメテ製シタル皮膜」と記載し、明細書中右『ゴム』嚢を開披する等のことは全然記載していないから、右皮膜は、少なくとも「嚢」であることは疑いがない。
しかしながらその他の論点については、「特許請求ノ範囲」は、これを明白にしていないから、特許明細書の全文すなわち「発明ノ性質及目的ノ要領」並びに「発明ノ詳細ナル説明」の項の記載を参照しつつこれを判断するに、本件発明は、「『ゴム』嚢ヲ塩酸化セシメタル後加熱シツツ膨脹セシムルトキハヨク其ノ原型ノ数十倍ニ膨脹セシメ得ルモノニシテ、斯クシテ製シタル皮膜ハ、常温ニ於テハ伸縮性ヲ失ヒ膨脹シタル状態ニ其ノ形状ヲ固定スルモ、之ヲ加熱スルトキハ、塩酸化セザル『ゴム』ト同様ノ伸縮性ヲ有シ、膨脹セザリシ以前ノ原型ノ状態ニ復サントスル性質ヲ有スルモノ」であるから、この性質を利用し、「適宜形状ニ調製シ、乾燥塩化水素ヲ以テ塩酸化シタル『ゴム』ヲ、外部ヨリ加熱シツツ、内部ニ空気ヲ圧入シテ膨脹セシメル」工程を有し、次で「膨脹セシメテナル皮膜ノ内部ニ物品ヲ挿入シ、然ル後之ヲ再ビ外部ヨリ加熱シ、該皮膜ヲ収縮セシメテ内部被包装物ニ密着セシムル」ことにより、「嵩低ニシテ且防湿、防乾燥並ニ防虫ニ適シ、長期保存ニ耐ヘ得ル包装物ヲ得」ることを目的とするものであるから、この工程に耐えるためには、「嚢」は常に「底のある」いわゆる一方口のふくろでなければならず、しかも何等の限定のない被包装物について、前記目的を達成するためには、被包装物は、その全体を「ふくろ」のうちに入れ、直接外部に露出するところなからしめ、最後に「口部ヲ封鎖スル」ことを必須の要件としているものと認定するを相当とし、明細書に記載された三つの実施例は、いずれも右のように認定した本件発明を実施した態様として理解される。
原告は、「包装」文字の使用について、特許庁発行の実用新案公報及び拒絶理由通知書の記載事項を引用し、「包装」という文字は、「全体の包装」ということを必須要件とするものでなく、一部を露出しても要所々々が被包してあれば、これまた「包装」であると主張し、その成立に争のない甲第一号ないし第十号証には、「包装」の文字を右原告主張のような意義に用いた記載のあることを認めることができるが、文字の内容は、必ずしも一定して不変なものではなく、その表現しようとする思想の内容に応じ、多少の範囲においては必ずしも一致しない意義を持つことができるものであるから、「包装」の文字が他の事例において、原告主張のように使用されたとの事実は、未だ、その表現しようとする思想全体に則応してなした前記の解釈を覆えすに足りるものではない。
四、以上認定したところにより、本件特許発明の要旨は、「適宜形状に調製したゴム嚢を、乾燥塩化水素を以て塩酸化せしめた後、これを加熱しつつ膨脹させて作つた、底のあるふくろ状の皮膜内に、被包装物の全体を入れ、これを再び外部より加熱して、該皮膜を被包装物に縮着せしめた後に、嚢の口部を封鎖することを特徴とする物品の包装方法」と判定するを相当とし、右は明細書自体の記載に徴しこれを認めることができ、あえて明細書の記載を不明瞭なりとして、これが釈明を要するものとは解されない。
しかのみならず、原告が本件特許発明の明細書の訂正の許可の審判を請求する趣旨は、明細書における「特許請求の範囲」、「発明ノ性質及目的ノ要領」「発明ノ詳細ナル説明」における記載内容について不明瞭なる記載を訂正して明瞭ならしめようとするものではなく、ただこれに別紙目録記載のような新たな実施例五を加えんとするものであるが、これら実施例は、いずれも先に認定した本件発明の要件の一または二を欠如するものであつて、この実施例を附加することより、本件発明の内容を不明確ならしめることはあつても、これを明白ならしめることができるものとは到底解されないから、この点からも原告は特許法第五十三条第一項第三号により、右訂正の許可の審判を求めることはできないものといわなければならない。
以上の理由により、原告の訂正を許可すべからざるものとなした審決は適法であつて、原告主張のような違法はないから、原告の本件請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)
(別紙)
明細書訂正の内容
特許第一五一〇三九号明細書第一頁下段第十八行目の「本発記ノ実施例ノ二、三ヲ示セバ次ノ如シ」とあるのを、「本発明ノ実施例ヲ示セバ次ノ如シ」と訂正し、同第二頁上段第十五行目の次に、次の五つの実施例を加える。
一、上記ノ如キ方法ヲ以テ製造シタル塩酸化『ゴム』皮膜内ニ、柱状羊羹ヲ被包シ、其ノ周辺ニ八十度前後ノ水蒸気ヲ吹付ケ該皮膜ヲ収縮セシメテ柱状羊羹ニ縮着セシメ、羊羹ノ両端面ハ皮膜ヲ折リ畳ミテ包装セシメタルニ、該包装ガ嵩低ナルト共ニ、防湿性及防虫性大ナル為メ、取扱便利ニシテ且耐久性モ大ナラシメ得タリ
一、上記ノ方法ヲ以テ製造シタル塩酸化『ゴム』皮膜内ニ、王冠用『コルク』ヲ被包シ、外面ヨリ熱気ヲ吹付ケ、該皮膜ヲ収縮セシメ、王冠用『コルク』ニ縮着セシメ一体ニ抱合セシメタルニ、該包装カ嵩低ナルト共ニ、防湿性大ナル為メ使用ニ便利ニシテ、且耐久性ヲ大ナラシメ得タリ
一、上記ノ如キ方法ヲ以テ製造シタル塩酸化『ゴム』皮膜内ニ、胛革ノ釣込ミヲ終レル靴ヲ被包シ、外面ヨリ八十度前後ノ水蒸気ヲ吹付ケ、該皮膜ヲ収縮セシメ、靴外面ニ縮着セシメテ爾後ノ製靴作業ヲ行ヒタルニ、斯ノ如ク包装カ嵩低ナルニ依リ、包装セル侭加工シ得テ、加工中ノ汚損ヲ防止シ製品ノ仕上リヲ良好ナラシメタリ
一、上記ノ如キ方法ヲ以テ製造シタル塩酸化『ゴム』皮膜内ニ、積層乾電池ノ素体ヲ構成セル滅極合剤、電解液吸収体及炭素亜鉛結合電極ヲ重ネタル侭包装シ、其ノ周辺ニ熱気ヲ吹付ケ、該皮膜ヲ収縮セシメテ、単位素電池ニ縮着セシメ、一体ニ抱合セシメタルニ、該包装カ嵩低ナルト共ニ防湿性大ナル為メ、取扱便利ニシテ、且耐久性モ大ナラシメ得タリ
一、上記ノ如キ方法ヲ以テ製造シタル塩酸化『ゴム』皮膜内ニ地下用『ケーブル』ヲ入レ、外面ヨリ熱気ヲ吹付ケ、該皮膜ヲ収縮セシメ地下用『ケーブル』ニ縮着セシメタルニ、該包装カ地下用『ケーブル』ニ密着スルト共ニ、耐湿性ニ富ムカ為メ取扱便利ニシテ、且耐久性モ大ナラシメ得タリ