東京高等裁判所 昭和32年(う)1122号 判決
被告人 杉浦松太郎
〔抄 録〕
風俗営業取締法第一条第一号によると、待合、料理店、カフエーその他客席で、客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業は、風俗営業の一種であつて、この営業は公安委員会の許可を受けなければ営み得ないのであるが、ここに客の接待をするということは客の相手をして、その酒食の斡旋、取り持ちをすることと解するのを相当し、遊興をさせる場合は兎に角、飲食のみをさせる場合は必ずしも享楽的雰囲気を釀し出さなければならないものとは解せられないのであるところ、原判決引用の証拠によれば原判示事実は十分認められるのであつて、右証拠中特に浅原美苗の検察官に対する供述調書及び山田操の司法警察員に対する供述調書の記載によれば、同女等は被告人経営のトリスバー「ロア」に従業婦として雇われていたものであるが、原判示日時場所において、被告人の営業に関して二名の客の側に腰を掛け、同人等にビールを注いでやつたり、注いでもらつたりして、世間話をして、その相手となり酒食の斡旋、取り持ちをした事実及び本件以前にも同種の行為を反覆継続していた事実が認められるのであり、従つて同女等は反覆継続の意思をもつて右の所為に出でたものと推認するに十分であつて、このような行為は正に右風俗営業取締法第一条第一号に謂う客席で客の接待をして飲食をさせる営業をした場合に該当するものと認めるべきものである。
職権によつて、按ずるに、本件公訴事実は被告人が東京都公安委員会から簡易料理店の許可をうけないで、原判示日時場所において従業婦浅原美苗、同山田操をして客席において客の広瀬一郎外一名を接待させて飲食させ、以つて無許可による風俗営業を営んだ趣旨であるのに、原判決は何等訴因の変更手続をとることなく、原判示の如く被告人の従業婦等が被告人の営業に関し、客二名を接待して飲食させた旨認定しているのである。即ち公訴事実の訴因は被告人の直接行為による風俗営業取締法違反であるのに、原判決の認定するところは被告人の使用人による行為につき使用主たる被告人の責任を追及するものとなつているのである。かくの如きは公訴事実の基本となる事実即ち被告人の使用人たる従業婦が被告人の営業に関して客席で客の接待をして飲食させたという事実には二者何等異るところは存しないが、その訴因はこれを異にするものであることは明瞭である。
而して、審判の請求を受けない事件について判決することは、刑事訴訟法第三七八条第三号後段、第三九七条第一項によつて許されないところである。ところで右第三七八条第三号後段に云う審判の請求を受けた事件というのは、訴因によつて明示された公訴事実と解すべきものであるから、たとえ公訴事実の基本となる事実においては異なるところはなくても、即ち公訴事実の同一性単一性は存していても、訴因によつて明示されない部分は審理判決の対象たり得ないものと認められるのである。(昭和二五年六月八日最高裁判所第一小法廷判決同裁判所刑事判例集第四巻第六号九七二頁、昭和二九年八月二〇日同裁判所第二小法廷判決同判例集第八巻第八号一二四九頁参照)
よつて、被告人を行為者とする趣旨の訴因に対し、この訴因を変更する手続を経ることなく、被使用者の行為によつて使用主としての責任を追及する趣旨の事実を認めることは結局審判の請求を受けない事件について判決したことに帰するのである。
しからば、原判決はこの点において破棄すべきものであり、本件控訴は結局理由があることに帰する。
(山本謹 渡辺好 石井)