東京高等裁判所 昭和32年(う)1271号 判決
被告人 奥山武生
〔抄 録〕
所論に鑑み、本件記録を調査し、且つ押収にかかる本件映画フイルムを映写検討するに、原審が猥せつ図画であると認定した「若き人妻の性典」と題する本件映画フイルムは「無痛分娩」一巻及び「産児制限の知識」二巻をもつて編集され、前者は、「無痛分娩法」という医学書より脚色し、後者は産児制限普及の意図をもつて製作され、その内容は受胎調節の各種の方法を主として図解及び録音解説の手法により客観的科学的に説明したものであつて、製作意図並びに内容を通じて真面目な社会教育映画と認められるのであるが、右「産児制限の知識」の巻の中四ケ所に女性の性器にダツチペツサリー、洗滌器具等を挿入する場面を瞬間的に実映写した部分があり、原審はこの部分をもつて、女性生殖器を露骨に撮影し猥せつ性を有するものとして、本件「若き人妻の性典」を猥せつ図画として判断したものと認められる。
そこでその当否を考えて見ると、刑法第百七十五条にいわゆる「猥せつ」とは徒らに性慾を興奮又は刺戟させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反することをいうことは判例の示すところであるが、前記指摘部分は、その前後の部分と通じて観察すると、ダツチペツサリー法、洗滌法等による受胎調節の効果方法等を図解及び録音解説の手法によつて説明し、それらの器具を女性の性器に挿入する部位角度等の具体的方法を説明する手段として実物を画面に取り入れたものであつて、右の手法は前後の関係を通じて必ずしも不必要なものとはいい難く、その映写時間は何れも瞬間であり、画面に露出される性器はごく一部に限られ、しかも医師の診察衣の下半分や手が性器に近接し、何等卑猥な連想を誘起するような雰囲気を看取し得ないことに徴すれば、右は受胎調節の方法を教示説明するため必要にして最少限度の時間及び部位に限り女性の性器を露出したに過ぎないというべく、まして全巻を通じて素直にこれを観れば、一般観客に対し、徒らに性慾を興奮又は刺戟させる効果は絶無に等しいと解するを相当とし、且つ普通人の正常な羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものとは認め難い。従つて本件フイルムは猥せつ図画に該当しないと認めるのが相当である。記録によれば、原審相被告人辻清等が本件フイルムを一般映画館に上映し、同人等の刺戟的宣伝と相俟つて、一部青少年に風俗上或いは教化上好ましくない影響を与えた形跡を認められないではないが、たとえ少数の個々の観客がその年令、生活環境等に原因して、本件映画によつて右のような影響を受けた事実があつたとしても、それは単に上映手段に関する道徳的評価の問題となるに過ぎず、その故に、刑法上猥せつ図面としてこれに猥せつ性を認めるには不充分であつて、前記認定を左右するものではない、もとよりこれを一般映画館において、青少年に対し無制限に、徒らに右の如き営利的上映をなすが如きは、道義上糺弾さるべき行為ではあるが、前記のように、右映画に猥せつ性を認め難い以上、被告人の本件フイルム販売の所為を刑法第百七十五条による犯罪を構成するものとは認められない。従つて論旨は理由があり、本件フイルムを猥せつ図画と認めて被告人に有罪を言い渡した原判決はこの点において破棄を免れない。
(谷中 坂間 司波)