東京高等裁判所 昭和32年(う)1301号 判決
被告人 池田新八
〔抄 録〕
弁護人I控訴趣意第二点、同U控訴趣意第三点及び同第四点並びに右両名控訴趣意(補充控訴趣意書記載)第一点に対する判断。
第一、被告人の司法警察員に対する第四回から第六回までの各供述調書の証拠能力について。
原判決が所論各被告人の司法警察員に対する供述調書中の各供述記載を有罪認定の証拠に採用したことは原判決書によつて明らかであり、右各供述記載の内容が被告人にとつて自己に不利益な供述ないし自白を含むものであることも記録上明白である。ところで所論は、右各供述調書は被告人が当時捜査に当つた警察員よりあらゆる罵言、恫喝、陥穽を用いられ、しかも当時七月三日逮捕以来痢病に悩み、毎夜遅くまで取調を受け、ためにその苦悩より速かに脱せんとして捜査官の取調に迎合して虚偽の自白をなしたものであつて、とくに七月六日頃より犯行を自白する七月一一日頃までの間食糧の差入れを禁ぜられたが、かかる措置は刑事訴訟法第八一条の趣旨に反するものであり、被告人の司法警察員の取調に対してなされた自白は、かかる糧食差入禁止の結果によるものであるから、右各供述調書は任意性を欠くものである。よつてこれを証拠に採用したのは刑事訴訟法第三一九条に違背する旨を主張するのである。そこで記録を精査し当審において事実を取り調べた結果をも加えて検討してみると、時間的には、被告人の自白の開始が右糧食の授受が中絶された期間内であり、自白を始めた翌日から再び差入れがなされた関係にあることが肯認せられ、右糧食授受の中絶の期間と自白の日時との関係上、外形的には両者の間に因果関係が推測せられるもののごとくである。しかしながら右糧食の授受が何故中絶されたかを審究するに、本件において取調官が勝手に被告人に対する糧食の授受を禁じた事実は認めがたく、右期間糧食差入れの途絶えたのは、まつたく被告人の任意の申出にもとずく警部補高柳久吉の取り計らいによるものであると認められ、ただ同人がその趣旨を部下に明確に徹底させなかつたため、ある者はこれを知らず、またある者は結果的に差入れが止つたとのみ解していて、これを差入れ屋に伝達したため、外部からは被告人の意思にもとずかずして差入れが禁止されたごとくみられたものと解せられるのである。なお右差入れ中絶の期間といえども、被告人に対する官給食は支給されていたのであつて、被告人の健康保持上必要な糧食の支給に欠くるところのなかつたことは記録上明らかである。もつとも所論引用のごとく右岩瀬の原審公判の証言調書(本件記録第二六六丁表一〇行目から裏八行目まで)には「食物は差入れがなくても官弁を食べさせているから必ずしも許さなくてもよい。勾留されている被疑者は物見遊山に来ている訳ではないし、官弁を与えることになつているので、その家族等から食物の差入れの申請があつた場合、それを入れなければならないという法律上の根拠もないのであるから、警察の方でその必要がないと思えば許可しなくともよいのである」旨の供述記載があつて、この部分だけを採つてみるといかにも同留置場ではかかる取扱が行われ、本件についても、右岩瀬が自分、または上司の命によりことさら被告人に対して外部からの糧食の授受を禁止した事実のあつたもののごとく、高柳久吉の前掲証言などはにわかに措信できないごとき感を抱かしめるのである。しかしながら、右岩瀬の供述部分をその前後の供述との関連において検討してみると、同証人は弁護人の「富士宮派出所では一般的に所内に勾留されている被疑者に対する差入れの申出があつた場合にはその都度それを許していたか」との問に対して「差入れをする場合は差入れ屋を通すことになつているが、差入れの申請があれば斯様な方法によつて許している」旨を答え、次いで弁護人の「申出があれば必らず許していたか」との問に対する答として前引用のごとき供述をしているのであつて、これは同人の当審における証言にもあるごとく、本件において差入れがとまつたことを前提として述べたものではなく、同留置場における糧食差入れの一般的取扱の実状を述べた前の供述を受けて、代用監獄では糧食の授受を許すことができるとされているところから、同人の主観にもとづき、糧食差入の制限についての独断的法律原則論を展開したのに過ぎないものとみられるのである。このことは右問題の供述に続いて、弁護人の「池田の身柄を拘束したのは七月三日頃だつたということだがその後送検されるまで同人に対する食糧の差入れがあつたことがあるか」との問に対して、「食い切れない程差入れがあつた」と答え、さらに「それはどういう方法で差入れられたか」との問に対して、「差入れ屋を通すのを原則とするがそれでも警察の方で検査します」と答えているのをみても、理解されるところであり、さらにその後において前示(四)引用のごとく自分は池田の差入れを止めろと命令したことはない旨を供述しているのであつて、これらと同人の当審の証言とを綜合すれば、結局右岩瀬は具体的な本件差入れの中絶については自身は関知しなかつたもののごとく、徒らに有害無用の論を述べて誤解を招来したのに外ならないものとみられるのである。もとより、勾留中の被疑者に対する糧食の授受の禁止は、刑事訴訟法第八一条の趣旨に従つて許されざるところであり、監獄法第三五条の糧食の自弁を許すことを得る旨の規定は、被疑者につき代用監獄たる警察署に附属する留置場にある場合においても適用されるのであるが、その趣旨とするところは、在監者の保健衛生及び規律保持の必要上、有害な糧食の授受を制限することができるものと解すべきであつて、右のごとき特別の事由のある場合でない限りこれを禁ずることはできない。いわんや、警察官において勝手に必要の有無を判断して差入れの許否を決することの違法たるや論をまたないところであつて、右岩瀬のいうところはまつたく暴論というの外なきものである。しかしながら、同人の右供述あるが故に同人が本件において被告人の意に反してことさら食糧の授受を禁止した事実ありとは認めがたく、また高柳証人の前掲(一)の供述に信を措きがたいものとはみられない。
しかして、以上のごとく、本件糧食差入れの中絶が、取調官高柳久吉において被告人の申立によつて取り計らつたものと認められ、同人または他の取調官が勝手に被告人に対する外部からの糧食差入を禁止した事実の認むべき跡のない以上、右差入れ中絶期間と被告人の目白の日時とが前示のごとき時間的関係にありとするも、両者の間に因果関係を推測せらるべき余地は存しないものであつて、本件において被告人が取調官より糧食の授受禁止によつて目白を強制せられた疑はまつたく解消したというべきである。この点に関する被告人の原公廷における供述は措信しがたく、その他所論のごとく、被告人が取調官から罵言、恫喝、陥穽を用いられ、または毎夜遅くまで取調を受けたごとき事実を認むべき跡はなく、従つて被告人がそれらの苦悩から速かに脱せんとして捜査官の取調に迎合して不任意に自白に及んだものとはとうてい肯認できない。かえつて関係取調官の各原審の証言調書の記載及び高柳久吉の証言と本件記録にあらわれた捜査の経過、被告人供述調書の変還、自白の経緯とその内容とをしさいに検討すれば、被告人の自白調書の任意性は疑なく肯定せられるところである。なお、右各被告人供述調書は、被告人の署名捺印のあるものであり、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるから、これを証拠とすることにつき、それが特に信用すべき情況の下にされたものであるかどうかは問うところではないのであつて、右のごとくその任意性が肯定されるにおいては、これを証拠として援用したとて、弁護人内田善次郎所論のごとく、刑事訴訟法第三二二条の適用を誤つた違法があるものではない。
以上の説明によつて明らかなごとく、原判決には所論被告人供述調書につき、証拠とすることができない供述を証拠に援用した違法はなく、所論はいずれも排斥せらるべきであつて、論旨は理由なきものである。
(中野 尾後貫 堀真)