東京高等裁判所 昭和32年(う)1460号 判決
判決理由〔抄録〕
ところで自動車運転者たる者は、常に前方を注視し、自他通行の安全を確保して自動車の運転をしなければならぬものであり、夜間自動車を運転して右のような国道を走行すれば反対方向から進行して来た自動車とすれ違いその際その前照燈の光に眩惑され前方の見透困難の状態に陥ることは屡々起る現象であるから、かかる国道を相当の速度で進行する場合には常に前方から進行して来る自動車の有無に注意し、そのすれ違いに際し生ずることがあるかもしれない前方見透困難に対処するため、予め自車の前照燈の光度を減じ若しくはその照射方向を下向とし、又は一時消燈して前方見透をできるだけ確保するとともに、万一見透困難に陥った場合には直ちに一時停車ができるよう予め徐行する等の措置に出でもって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があること論を待たない。
しかるに前記の証拠によると、被告人は、当時反対方向から進行して来た自動車の前照燈の光を認めながら、そのまま進行すればすれ違いの際にその光に眩惑されて前方の見とおしが困難な状態に陥るかも知れないのに何等その場合の対策を講ずることなく漫然時速約五十粁の速度のままで進行したので、両車のすれ違いにあたって被告人は先方の車の前照燈の光に眩惑されて前方の見とおし困難な状態に陥ったのになおかつ何等の措置に出でずそのまま進行を続けたため、たまたま前記横断歩道の川崎寄りの歩道の南外側を被告人の運転する自動車の前方右側から左方に向け小走りで駈け抜けようとした藤井仙太郎の姿を、その手前約三米に接近して漸く発見し、同人を避けるために急いでハンドルを右に切ったが及ばず、その自動車の左側前照燈附近を同人に激突させて、はね飛ばし因って同人を判示のように死亡するに至らせた事実が認められる。
しからば被告人が前記のように前方見透困難に陥ったのは、一面反対方向から進行して来た自動車がその前照燈を減光する等の措置をとらなかったことにも基因するのではあるが、前記事故は、被告人においても前掲の業務上の注意義務を果さなかったために惹起したものであることは明らかであり、原判決が被告人の業務上注意義務の内容として判示するところも結局は右説示するところと同趣旨に帰するものと解されるので、被告人に業務上過失致死の罪責ありとした原判決には所論のような違法も事実誤認もない。
弁護人は、深夜殆んど交通もない広い京浜国道を制限速度内である時速四十粁の速度で進行していた被告人に対し一時停止または徐行を要求するのは没常識であって、このような注意義務は認められないと主張するのであるが、深夜の京浜国道上であっても自動車運転者たるものは、前方の見透困難に陥っても、一時停車または徐行することなく制限速度ならば依然疾走してよいとすることの許されないことは社会生活上当然の事理であるといわねばならない。
弁護人は、また、被告人が反対方向から進行して来た自動車の前照燈の光に眩惑されたのは一瞬の出来事であるから、その間に判示のように自己の自動車の光度を調節したり、一時停止または最徐行の措置を講ずることは不可能であり、本件事故は不可抗力により惹起したものといわねばならないと主張するのであるが、前記のように原判決の認定した当時の状況から考えると、被告人は、事前に反対方向から前照燈を光らせて自動車の進行して来ているのを認めていたわけであり、その場に至って突如としてその前照燈の光が現われたものではないことを十分推知し得るので被告人において前記のような措置を講ずることは決して不可能とはいえない。
弁護人はさらに、本件事故の原因は被害者の不注意かつ無謀な行動によるものであって、被告人の過失に基くものではなく不可抗力であると主張する。そして原審記録および当審における事実取調の結果によると、被害者は当時飲酒していたことおよび小走りに被告人の自動車の前方を駈け抜けようとしたことを認め得るのであるが、また同時に被害者は、幅員十五米ある車道を西側の歩道から東側の歩道に向け横断歩道の辺りを車道の半以上を越えて走り出て来ておくことも認められるのであって、被告人が、反対方向から進行して来た自動車の前照燈の光に眩惑されて前方の見とおしが困難に陥った際、前方確認のため判示のごとき注意義務を忠実に履行していたならば、被害者を無事に駈け抜けさせ得るかまたは事前に被害者の姿を発見して本件の如き衝突事故の発生することを未然に防止し得たものと認められる。従って、本件事故は被害者側における過失の存在はこれを肯認し得るとしても、到底所論のごとく不可抗力に基くものであるということはできない。