東京高等裁判所 昭和32年(う)1513号 判決 1958年5月29日
控訴人 被告人 東野金一
弁護人 榊純義
検察官 大津広吉
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対して次のとおり判断する。
ところで、本件記録及び取寄にかかる記録を精査するに、所論指摘のとおり弁護人又は被告人より本件と被告人に対する他の詐欺被告事件(取寄にかかる東京地方裁判所昭和二四年(刑ち)第二九六四・四一二〇号事件)と併合審理を願う旨の書面を数度に亘り原審裁判所に提出し、同裁判所においてこれを受理しているに拘らず(但し取寄にかかる前記被告人に対する詐欺被告事件確定記録によれば、同事件における第一審訴訟進行中同事件と本件とを併合審理の請求をし、受理した形跡は認められない)、これ等につき明確な決定をしていないこと洵に所論のとおりである。所論によれば右の如く併合審理の請求があつた場合にこれにつき何等の決定をしていないのは刑事訴訟法第八条第一一条に違反するものである旨主張する。
仍つて按ずるに刑事訴訟法第八条第一項の規定たるや事物管轄を同じくする数個の裁判所に係属する関連事件につき併合請求のあつた場合の規定であり、又刑事訴訟法第一一条の規定たるや同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に係属する場合における規定であつて、右両条は孰れも事件が数個の裁判所に係属する場合に関するものであつて、数個の事件が同一裁判所に係属する場合に関する規定ではないのである。而してここにいわゆる一個の裁判所なりや数個の裁判所なりやは国法上の意義において決すべきものであつて国法上の意義における一個の裁判所内に数個の裁判機関(即ち訴訟法上の意義における数個の裁判所)がある場合にはこれらの裁判機関は同一の裁判所と解すべきであつて数個の裁判所と解すべきではない。果して然らば本件の如く事物管轄を同じくする数個の事件が国法上の意義における東京地方裁判所という一個の裁判所に係属する場合には前記両条はこれを適用する余地は存しないのであつて、既に此の点において所論はそれ自体無意味のものであつて、判断すべき限りではないものと謂うべきである。
然し乍ら所論にいわゆる刑事訴訟法第八条第一一条違反の有無は別として、本件の如く事物管轄を同じくする数個の事件が同一裁判所に係属している場合において併合審理の請求があつた場合に当該裁判所はこれを如何に処理すべきやというに、これについては刑事訴訟法第三一三条第一項の規定によるべきであつて、すなわちこれによれば併合の請求を受けた裁判所は各その事件の訴訟進行の状況被告人の権利保護の面等を考慮して健全且つ合理的な自由裁量により併合決定をなし得るというのであり、常に必らずこれを併合しなければならないものではないものと解すべきである。而して併合しない場合においてその旨の決定を必要とするか否かについては疑問があるけれどもこれを必要とするものと解すべきを相当とする。されば本件において原審裁判所が被告人等数度の請求に拘らず併合決定をしなかつたのは併合審理を適当と認めなかつたものであつて、これを併合しなかつたことについては毫も違法の廉はないけれども、併合しない旨の決定をしなかつたことは違法であつて此の点原審訴訟手続には法令違反があるものというべきである。
然し乍ら併合しない旨の決定をしなかつたことによりその違法が判決に影響を及ぼすか否かを考察するに、併合請求があつたに拘らず併合すべき旨の決定をしなかつたことにより事件の併合審理がなされなかつた事実は、併合しない旨の決定があつたか否かに拘らず全然同一であつていささかも訴訟法上の効果を異にしないのである。果して然らば右違法は毫も判決に影響を及ぼさないものというべく、原判決破棄の理由たり得ない。それ故論旨は総べてその理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)
榊弁護人の控訴趣意
第一点刑事訴訟法第八条同法第一一条の規定に反する違法がある。
原判決援用の記録を精査するに昭和二十五年二月二十日附上申書(記録一九頁)をもつて併合審理願を提出し、尚昭和二十六年三月二日附併合審理願(記録二〇七頁)を提出し、尚昭和二十六年四月六日附上申書(併合審理願記録二七五頁)を被告人から提出し、何れも之を受理して居ることが明らかである。然るところ第十八回公判調書に於て被告人の事件を分離決定をなし、期日追而指定としてある事実、従つて本件以外の被告事件即ち東京地方裁判所刑事第五部ノ一係属中の事件に対しても同様併合申請を提出し、之れが受理されて居るものと思料する(当時刑事第五部ノ一係公判記録取寄せ願い度し)。
本件は被告人から正規なる併合審理請求をなされたに拘らず、裁判所は之れ等に対して何等の決定もなさず、併も五年余も経過した今日一方的な被告人に不利な裁判を終了しもつて被告人に対し、実刑を科したるは前述の如く刑訴法に違反するものと云わざるを得ない。
刑事訴訟法第八条は関連事件の併合審判は、検察官又は被告人の請求により、決定でこれを一の裁判所に併合することができる旨規定し、同法第一一条は同一事件で数個の訴訟係属するときは最初公訴を受けた裁判所がこれを審判すると規定して居る所以は、現行法裁判即ち民主主義裁判のありかたに対する一の制約である。それが二個以上の犯罪があつても併合審判等は決定しなくとも敢えて問うところに非ず、左様なことはこれを明らかにする必要がない、というならそれは斬捨御免に等しく特に刑事訴訟法第八条同法第一一条の規定を法は如何なる理由必要があつて、規定するか甚だ不可解である。
原判決は唯だ漫然として被告人に有利なる併合もなさず、恰かも責任を被告人に科し、判決を言渡して居ることは法の解釈を誤つたものと思料する。
併も原審に於ける検察官の論告に依つても明らかな様に、被告人は前刑の裁判中本件を併合して貰い度いと思つて控訴した形跡があるのであつて、被告人が故意に本件を隠秘したとは考えられない。これは被告人の責任ではないと思います。仮りに本件が前刑に併合されて裁判を受けたとしても、前刑と同様程度の刑が言渡されたことであろうと考えられます。と述べて居ります。洵にその通りであつて、被告人に対しては洵に気の毒悲惨極まる惨事といわざるを得ない。
本件は何れにしても被告人の責任に非ず換言すれば原裁判所の責任に帰するものにて前刑と併合審判を受けた時は最早や前刑と共に終了したものにて立派に更生且つ数多の家族を擁し、円満なる家庭生活を営み居る今日、再度更めて二月と言うが短期実刑をもつて之れ以上懲役に服させる事は余りにも残酷であり、残虐なる刑罰と云わざるを得ない。
被告人は、現在子供六人妻と共に八人の大家族を擁し、只管自分個人の技術を生かし「撮影機」の製作業を営み、一生懸命努力独歩日本国民の一員として社会建設のため、真直に立働いて居り、最早や絶対に今後再犯等の虞れはない。裁判所におかれましては、法の精神に副うて何卒御憐愍と御同情を垂れさせられ、救済事項を御考察の上刑の免除を賜り起死回生御助け御救い下さらん事を被告人等と共に重ねて繰返し御願する次第であります。