東京高等裁判所 昭和32年(う)1596号 判決
被告人 岩立勇
〔抄 録〕
一、論旨第一点について。
所論は要するに、本件被告人の所為と、被害者籠宮徳次の死との間には相当因果関係がない。と主張するものである。しかしながら、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人が原判示のような事情から、原判示日時場所において、原判示籠宮徳次に暴行を加え、同人に原判示のような傷害を蒙らせた結果、心筋硬塞症であつた同人に狭心症発作を起させ、因つて即時同所で急性心臓死させた事実を肯認するに十分である。もつとも鑑定人上野正吉他一名共同作成の鑑定書の記載によれば籠宮徳次の死亡の直接の原因は狭心症発作による急性心臓死であつて、被告人の打撲その他の暴行と直結するものではないようにみえるけれども、その狭心症発作は、同人の身体各所に加わつた被告人の暴行及びそれに伴う精神的興奮、激怒等により誘発されたものであつて、もしそのような悪誘因が加えられず、精神的、肉体的に安静を保つていたならば、狭心症発作は起らず、さらに生命を持続し得たかも知れないものであることもまた前記鑑定書の記載に徴して明白であるから、被告人の行為と被害者の死亡との間に因果関係がないということはできないのである。換言すれば、原判示のような被告人の行為があつても、もし被害者に前記のような心筋梗塞症という特殊の事情さえなかつたならば致死の結果を生じなかつたであろうと認められる場合で、被告人が右行為の当時、その特殊の事情のあることを知らず、また予測もできなかつたとしても、被告人の行為がその特殊事情と相まつて致死の結果を生ぜしめたときは、被告人の行為と致死の結果との間に因果関係の存在を認めるのを相当とするのであつて、かかる判断は毫もわれわれの経験則に反するものではないから、これに反する所論は採用することができない。従つて右と同一趣旨に出で、被告人の所為と被害者の死亡との間に因果関係があると認定した原判決は正当であつて、所論に徴してもなんら事実誤認もしくは法令適用の誤りは存しないから本論旨は理由がない。
(花輪 山本 下関)