大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)1868号 判決

被告人 野村才治

〔抄 録〕

検察官の論旨第一点について。

原判決は「被告人が犯行後自首した」との事実を認めており所論はこの自首について原判決が事実を誤認したと主張する。ところで原審証人寺門勇吉、同野村清の各供述に当審証人野村清、同野村幸一、同寺門勇吉の供述及び被告人の検察官に対する供述調書を綜合すると、被告人が武男をリヤカーに乗せて自宅を出た後、父一郎が心配の余り隣の野村清方を起し、事情を告げたので、同人及び野村幸一の両名が被告人の行方を探したけれど、県道上に人影を発見できなかつたので、ひよつとしたらビワスナ池にでも連れて行つたのではあるまいかと懸念し直ちに所轄の境警察署猿島巡査駐在所に赴き、巡査寺門勇に対し、被告人が兄を縛つて池に投げ込んだかも知れない旨告げたこと及び被告人はその間野村清らが想像したとおり手足を縛つた武男をリヤカーに乗せ、ビワスナ池に運び、池に投げ込んで溺死させた後、自首しようとして前記駐在所に向い歩行中、寺門巡査を連れ引き返して来た野村清らに行き会い、同巡査に対し兄を死亡させた顛末を申告したことが認められる。そうとすれば、野村清、野村幸一両名は自分らの想像だけでそれが事実であるか否か確かめてみようとしないで寺門巡査に被告人が兄を池に投げ込んだかも知れないと申告したところ、偶々その申告が真実に合致していたというに過ぎないのであり、寺門巡査が右申告を野村清らの想像だけのものとは思わないで、本署に電話し上司にそれを報告した事実は認められるが、それだけでは被告人の犯罪事実が官に発覚したものと断じ得ない。そしてその後被告人が寺門巡査に会つて自ら犯罪事実を申告していること前記認定のとおりであるから、これをその犯罪が官に発覚しない前に為されたと認め、法律上自首に該当するというを妨げない。所論はこれと異なる見解に立ち、原判決の正当な見解を非難するものであるから、採用できない。

(加納 山岸 鈴木重)

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