東京高等裁判所 昭和32年(う)1995号 判決
被告人 アドルフ・W・メーテン
〔抄 録〕
本件公訴事実の主たる訴因は、「被告人は昭和三十一年十月二日午前四時十五分頃横須賀市追浜本町一丁目十三番地飲食店大和屋こと茨木洋一方において、米国陸軍曹長トーマス・ヂエー・ドウリーと横浜市金沢区六浦町千百五十三番地高和四郎及び同人の友人四名とが階下カウンター附近に円陣をなし飲酒談笑中なるを目がけ、所携の拳銃五発を乱射し、内一発を右高和四郎の臀部に命中せしめ、因つて同人を同日午前五時四十四分頃横浜市金沢区六浦町五百六番地所在追浜共済病院において、左臀部盲管銃創に因る腹腔内出血のため死亡せしめて殺害したものである」というに在り、原判決が被告人に無罪を言い渡した理由は、要するに右主たる訴因の外形的事実は挙示の証拠によつて認められるが、被告人は本件犯行前数時間に亘る多量の持続的飲酒により本件犯行当時病的酩酊状態を呈し、これがため是非を弁別しこれに従つて行動する能力が失われていたから心神喪失者の行為として刑法第三十九条第一項により無罪とするというのである。これに対し検察官控訴の趣意は、本件犯行当時の被告人の精神状態は単なる普通酩酊による心神耗弱程度にすぎないのに病的酩酊による心神喪失の状態にあつたと認定した原判決は事実の認定を誤り延いては法律の解釈適用を誤つたものであり、仮りに被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあつたとしても、被告人はかねてより多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り心神喪失の状態において他人の生命、身体等に害悪を及ぼす危険ある素質を有しこれを自覚していたもので、かかる素質を有しこれを自覚する者は、平素より右心神喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限するなど右のような危険発生を未然に防止すべき注意義務があるに拘らず、被告人は著しくこれを怠り、原判決認定の如く本件犯行当時数時間に亘る多量の飲酒により病的酩酊に陥り本件所為に及んだのであるから被告人は重過失致死の刑責を免れないのであり、そして本件殺人の公訴事実中には重過失致死の事実をも包含するものと解するを至当とすべきであるのに、原審が本件殺人の点に関する公訴事実に対し、被告人は本件犯行当時病的酩酊による心神喪失の状態にあつたと判断しただけで更に進んで右心神喪失の原因たる病的酩酊が被告人の過失による点を看過し何等審理判断をしなかつたのは、判断遺脱又は審判の請求を受けた事件について判決をしなかつた違法があるというにある。
よつて訴訟記録並びに原審及び当審で取り調べた証拠を総合考察すると、被告人は少年の頃から飲酒する習癖をもち、昭和二十六年頃からは酒精常用により慢性酒精中毒としての病的酩酊を発呈することがあつた。そして被告人は昭和三十一年十月一日は午前中射撃訓練があり雨天のため気分がくしやくしやしていたところ、午後一時頃から休暇をとり、米田海軍追浜基地内の兵舎でウイスキーの角瓶三分の一位を飲み、同日午後四時頃から外出し、翌二日午前二時頃までの間追浜所在の飲食店など五軒位を飲み歩き、多量のウイスキー及びビールを飲んだ結果遂に病的酩酊に陥り本件犯行当時は是非を弁別しこれに従つて行動する能力が失われ、いわゆる心神喪失の状態にあつたものと認めるのが相当である。しかし被告人はかねてより多量に飲酒すると病的酩酊に陥り心神耗弱乃至心神喪失の状態において他人の生命、身体などに害悪を及ぼす危険な行動に出る素質を有し、被告人はこれを自覚していたと推認せられるところ、かゝる素質を有しこれを自覚する者は、右心神耗弱乃至心神喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限し、右危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるに拘らず、被告人はこれを著しく怠り自ら求めて前叙の如く夜を徹し持続的に多量の飲酒をした結果病的酩酊に陥り心神喪失の状態において本件所為に及んだ事実を認めることができる。然らば被告人は重過失致死の責任を免れないのであるが、検察官は当審において右重過失致死の点について予備的に訴因及び罰条の追加請求をなし、当裁判所はこれを許容したので、論旨は結局理由がある。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に次のように判決する。
罪となるべき事実。
被告人はかねてより多量に飲酒するときはいわゆる病的酩酊に陥り、よつて心神耗弱乃至心神喪失の状態において他人の生命身体などに害悪を加える危険な行動に出る素質を有し、これを自覚していたものであるが、かかる素質を有しこれを自覚する者は、平素より右心神耗弱乃至心神喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限するなど右危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに拘らず、被告人は著しくこれを怠り昭和三十一年十月一日午後一時頃から休暇をとり米国海軍追浜基地内の兵舎でウイスキーの角瓶三分の一位を飲んだ上午後四時頃から外出し、翌二日午前二時頃までの間横須賀市追浜所在の飲食店など五軒位を飲み歩き多量のウイスキー及びビールを飲んだ結果、いわゆる病的酩酊に陥り心神喪失の状態において、同日午前四時十五分頃同市追浜本町一丁目十三番地飲食店大和屋こと茨木洋一方階下カウンター席附近で米国陸軍曹長トーマス・ヂエー・ドウリーが横浜市金沢区六浦町千百五十三番地高和四郎(当時十九才)及び同人の友人等と円陣をなして飲酒談笑中なるを目がけ所携の拳銃で実包五発を乱射し、内一発を右高和四郎の臀部に命中させ、因つて同人を同日午前五時四十四分頃横浜市金沢区六浦町五百六番地所在の追浜共済病院において、左臀部盲管銃創に因る腹腔内出血のため死亡するに至らしめ、以つて重大なる過失により同人を死に致したものである。
(大塚 本田 渡辺)