大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)2302号 判決

被告人 小林定雄

〔抄 録〕

検事の論旨第一。

原判決が被告人が本件犯行当時心神耗弱の状況にあつたものと認めるのに用いた証拠である医師鎌野秀男作成にかゝる被告人の精神鑑定書には、被告人の本件犯行当時における精神状況には障礙あり、その障礙は意思不定症なる精神変質者のそれに該当する。本犯行はその病的精神状況によつて行われたものでありその程度は法家の所謂心神耗弱と常人との中間乃至極めて軽度の心神耗弱状況にあつたものである旨の記載は存在するけれども、他の部分には被告人はある程度事の善悪是非を知りつつも彼の意志薄弱と道徳感情の鈍麻とにより惰性的に犯行行為にまで伸展して了つたものである。すなわち、被告人の犯行行為は勿論正常な精神状況下において行われた行為ではないが、また顕著なる心神耗弱の状況下において行われた行為とも認め難い旨の記載があり、この鑑定書のみによつては被告人は本件犯行当時精神障碍があつて、事の是非善悪を弁別する能力に著しい障碍があつたものとは確認し難いところである。被告人の原審公判廷における供述の外司法警察員検察官に対する各供述調書の供述記載、被告人の手記等に徴すれば却えつて被告人は本件犯行当時事理を弁別し、これに従つて行動する能力を著しく阻害されていたものとは認められないのであるところ、当審における鑑定人懸田克躬の被告人に対する精神鑑定書によれば、被告人は犯行時も現在も抑うつ性の徴表をもつ気分易変性並びに偏執性の性格偏綺と無力性の徴表とを併せ示す精神病質人であるが、その程度は著しく重篤のものではない。従つてこの性格偏綺が事理を弁別し、弁別したる事理に従つて行為する能力に著しい障碍をあたえるものとみることはできないというのであつて、これによれば被告人は本件各犯行当時未だ心神耗弱の状況になかつたものと認められるのである。

しからば原判決が本件各犯行当時被告人は心神耗弱の状況にあつた旨認定したのは事実を誤認したか或は法律の解釈を誤つたかの何れかであるところ、この誤は判決に影響を及ぼすものであることは云う迄もないから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄すべきものとする。

(山本謹 渡辺好 石井)

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