東京高等裁判所 昭和32年(う)2846号 判決
被告人 大沢啓一
〔抄 録〕
第二点について。
原判決がその判示冒頭及び第一の事実を認定した証拠として被告人の司法警察員に対する昭和三二年八月二九日附供述調書(但し、添附の図面四葉を含む。)及び同年九月九日附供述調書を、同第二の事実を認定した証拠として同上同年八月二六日附供述調書をそれぞれ挙示していることは、所論のとおりであつて、これに対して所論は、右各供述調書は、いずれも、司法警察員が被告人に手錠を施したままこれを取り調べて作成されたものであつて、任意性を欠き、証拠能力を有しないものであるから、原判決には、この点につき、刑事訴訟法第三一九条第一項に違反し、証拠能力を有しない証拠を断罪の資料に供した訴訟手続の法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張する。よつて考察するに、刑事訴訟法第三一九条第一項によれば、強制拷問又は脅迫による自白その他任意にされたものでない疑のある自白が証拠能力を有しないことは、所論のとおりであるが、同条第一項の規定は、憲法第三八条第二項の規定を受けたもので、同条にいわゆる強制、拷問又は脅迫による自白とは、右強制、拷問又は脅迫と自白との間に相当因果関係の存在を必要とする趣旨であると解されるのであり、又、捜査官憲が被疑者を取り調べるにあたつては、公判廷における被告人の身体の拘束につき刑事訴訟法第二八七条第一項但書に規定されるような特段の事由の存しない限り、被疑者に手錠を施したままでこれを取り調べるようなことは、一般には許されないところであると解されるのであるが、しかし、被疑者又は被告人が自白をしたとき、手錠が施されていたとしても、その手錠が施されていたことと右自白との間に相当因果関係が存しない限り、ただそれだけでは、直ちにその自白が任意性を欠くものと断定することはできないと解するのが相当であると考えられる。これを本件についてみるに、原審第三回公判調書中証人赤堀廉一の供述記載及び原審第二回公判調書中被告人の供述記載に徴するときは、前掲被告人の司法警察員に対する各供述調書は、いずれも所論指摘のとおり、被告人が所轄池袋警察署において、司法警察員により手錠を施されたまま取調を受けて供述したところを録取作成されたものであることが窺知されるけれども、右証人赤堀廉一の供述記載によれば、同警察署においては、本件被告人を取り調べた当時は庁舎修理中の都合で、捜査部屋を一般人が自由に通行できるようになつていた関係上、被疑者の逃走を防ぐため、すべての被疑者に対して手錠を施したまま取り調べていたものであつて、特に、本件被告人に対し、自白を強要する手段として手錠を施していたものではなかつたことが窺われる上に、被告人が右のように手錠を施されていることの苦痛に堪えかねて自白するに至つたものであるとか、又は、取調官から、自白すれば手錠を外してやるといわれて自白したものであるとかいうようなことや、その他、右の自白が手錠を施されていたことを原因としてなされたものであるとの趣旨のことは、被告人自身もこれを供述ないし主張した形跡が全然認められないところであつて、他に右手錠と自白との間に因果関係の存在を肯認するに足りる証拠は、記録上みあたらないのであるから、被告人の司法警察員に対する自白と前示のように手錠を施されて取り調べられた事実との間には、相当因果関係が存在しなかつたものと認めるのが相当であるというべく、従つて、被告人が司法警察員に対して本件の自白をしたとき、手錠を施されていたから、その自白が任意性を欠くとの所論は、採用できない。なお、記録を精査して、関係証拠を仔細に検討するときは、被告人の司法警察員に対する前示各供述調書は、いずれも、その任意性を認め得られるのであるから原判決がこれを採つて有罪事実認定の資料に供したことは、適法であつて、原判決には、この点につき、所論のような証拠能力を有しない。証拠を断罪の資料に供した訴訟手続の法令違反があるものということはできない。論旨は理由がない。
(中西 山田 鈴木良)