東京高等裁判所 昭和32年(う)319号 判決
被告人 佐藤武夫
〔抄 録〕
控訴趣意第一点について。
原判決の認定した被告人の詐欺の事実は、原判決引用の証拠によりこれを認めるに足り、記録を精査検討し当審における事実取調の結果に徴しても原判決の右事実の認定が所論のように誤認であるとは認められない。原判示約束手形の手形割引をした牧田文江、奥山吉次郎、佐藤福松、矢島滝蔵、岡野寿雄、松下繁美、東海林八兵衛等がいずれも被告人とは所論のような眤懇の間柄にあり、数年来手形割引による融資をなし、月六分から一割にも達する利息をとつた事実があるとしても、このことから同人等に対し原判示方法による欺罔手段が行なわれることはあり得ないものということができないし、同人等がその手形割引をした約束手形の振出人が何人であるかは全然意に介せず、被告人の裏書のあることのみを信用して融資したものと認めるべき証拠は存しない。原判決の引用する原審証人牧田文江、同奥山吉次郎、同佐藤福松、同矢島滝蔵、同岡野寿雄、同松下繁美、同東海林八兵衛の原審公判廷における各供述は単に所論の事由により措信し難いものとは認められないし、原判決の引用する原審証人星野勇の原審公判廷における供述によれば、星野勇は治田勇二と自称し、又は治田勇二なる氏名を使用して通信し、或は取引したことは全くなく、被告人が北陸銀行雷門支店に設けた口座の名義人である治田勇二は架空人であることを認めることができるのである。又被告人が原判示各約束手形の割引を受ける当時被告人に右手形金の支払をすることができる見込があつたものと認めるに足る証拠は記録上存しないのみならず、被告人が原判示方法により牧田文江等を欺罔し手形割引名下に同人等をして現金を交付させたとの事実が原判決挙示の証拠により認められるにおいては、被告人が同人等を欺罔して錯誤に陥れ、現金を自己に移転させたときに詐欺罪が成立し、後日その約束手形を決済する意思の有無は同罪の成否に影響しないものといわねばならない。しからば原判決は所論のように採証の原則を誤つた違法はなく、事実の誤認はないから論旨は理由がない。
(加納 吉田作 山岸)
註・本件破棄は量刑不当。