東京高等裁判所 昭和32年(う)345号 判決
被告人 阿閉貞顕
〔抄 録〕
原判決挙示の証拠によれば原判示犯罪事実を肯認することができ、記録を精査検討し、これに当審における事実の取調としてした証人米沢道之助の尋問の結果を参酌考量しても右事実認定に何らの過誤は存しないものと認められる。なるほど、当審における右証言においても前後矛盾するところがあり、被告人に有利な部分のみによれば、論旨主張のとおり右米沢道之助において当初より被告人が右米沢名義で設計書を作成し古河市役所に提出することを事前において了解しそれに使用するためにその印章を被告人に貸与していた如き事実が窺えないでもないが、この部分は他の関係証拠に比照するときは遽に措信し難いところであり、証拠上その間の事情は、以前被告人が右米沢と合作し或は単独で事実上の仕事をなし表面は右米沢名義で古河市の建築設計書を作成したこととしてこれを同市に提出していたのであるが、その設計書の訂正、変更等に使用するためにその名義人である米沢道之助は被告人の依頼により同人に対し自分の印章を預けておいたのである。ところが被告人は、これを保管中右米沢から返還請求のない儘、同人に無断予め了解を得ることなく右趣旨において預つていた印章を勝手に押捺して原判示各設計書等を作成し古河市に右米沢においてこれを作成したものとして提出した後、更に原判示のように擅に右市役所係員に対し右設計者である米沢が設計手数料を請求するもののように装い、同人名義の署名及び印章を冒用して右各工事に関する設計手数料請求書及び受領書各十二通を順次偽造し、これを市役所係員に提出し係員を通じて古河市々長小池宗次郎を真実そのとおりのものと信じさせ、同人から原判示のように金員四十六万六千七百六十五円を右手数料名下で自己に交付させて騙取したものであることが明らかである。従つて、被告人としては他の目的の範囲内で使用することを許されているものの、米沢道之助名義の原判示文書を作成する権限は与えられていないのであるから、右米沢の承認を得ないでこのような文書を作成することは文書偽造の罪を構成するや勿論であり、又古河市としては必要な設計書を作成して貰いそれに対し当然支払うべき金員を支払つたのであるから、その限りにおいて実質的に損失を生じていないことは所論のとおりであろうけれども、被告人は同市に課長として勤務する職員であり元来このような設計を職務以外においてなし市からその報酬を受けることは許されていないのであるから、市の側からいえば被告人が設計したことが明らかであるならば、支払わなかつたであろう金員を被告人の真実を秘匿した欺罔行為により支払うの止むなきに至つたものであり、その意味において財産上の損害を生じたものといわなければならない筋合であり、被告人においてもこの間の非合法的な行為により古河市から金員を取得するものであることは十分知悉していることは証拠上明らかであるから、所論のように被告人に全然詐欺の意思がなかつたとはいえないのである。
これを要するに原判決には所論のような事実認定を誤つたものでもなく又審理を尽さないで事実認定をした違法は毫も存しないから、論旨は理由なく採用し難い。
(大塚 渡辺辰 江碕)