大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)356号 判決

被告人 泉和静

〔抄 録〕

一、弁護人の論旨第一点ならびに被告人の論旨中事実誤認の主張について。

所論はいずれも原判決の事実誤認を主張するものである。そこで記録を調査すると原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人が原判示日時場所において、原判示のような経過の下に、原判示藤本喬一の攻撃から自己の身体を守ろうという一念から防衛の程度を超え、場合によつては同人が死亡しても構わぬという気持の下に側にあつた刃渡約二十二糎の鮪解剖刀を右手で握つて同人の右腹部を突き刺し、よつて同人をして右刺創による出血のため死亡させた事実を認めることができ、記録を精査しかつ当裁判所で行つた事実取調の結果に徴しても原判決には事実誤認の疑は存しない。所論は、被告人には原判示藤本喬一を殺害しようという意思のなかつたのは勿論、本件犯行当時は驚愕の余、一時的心神喪失の状況にあつたものであると主張しているが、原判決も判示しているとおり、被告人が本件犯行の瞬間においては相当興奮していたことは認められるけれども、その前後における被告人の行為などから考えれば、仮令一時的にもせよ、心神喪失乃至心神耗弱の状態にあつたものとは認められないし、また被告人の用いた兇器や、被告人が刺した部位などからみて、殺人の結果が生ずることについて、被告人に全然未必の故意もなかつたとはいえないから、この点に関する所論は採用できない。なお所論は被告人の原判示所為は藤本喬一の不法な攻撃に対する正当防衛行為であり、少くともかかる行為に出ないことについて期待可能性がないと主張しているから考えてみると、藤本喬一が平素から乱暴者であり、本件発生の際も些細なことから全然抵抗しない被告人を連打し、あまつさえ、口中の出血を清めるため船内炊事場に降りて行き、口を嗽いでいた被告人に対し再び殴りかかろうとする気勢を示したため、被告人は自己を防衛するために本件行為に出でたことは認められるが、その際藤本喬一は何も武器を持つていなかつたし、その場には同僚の船員が二、三名居合わせたことが明らかであるから、藤本の攻撃を防禦するためには、鮪解剖刀で同人の腹部を突き刺さなくても、逃避その他採るべき手段があつたものと推認される。従つて被告人の所為は原判決認定のように過剰防衛行為であると認めるのを相当し、正当防衛の成立しないのは勿論期待可能性がないということもできないからこの点に関する所論もまた採用できない。要するに原判決にはなんら所論のような事実誤認は存しないから本論旨はいずれも理由がない。

(花輪 山本 下関)

註 本件破棄は量刑不当。

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