東京高等裁判所 昭和32年(う)372号 判決 1957年6月15日
控訴人 被告人 清水栄三 外一名
弁護人 山口勘吾 外一名
検察官 泉政憲
主文
本件各控訴を棄却する。
当審の国選弁護人松井元一に支給した訴訟費用は被告人加藤好一郎の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人清水栄三本人及び同人の弁護人山口勘吾各作成名義の各控訴趣意書、並びに被告人加藤好一郎の弁護人松井元一作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意書(追加)に各記載してあるとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。
山口弁護人の控訴趣意第一点及び第三点について。
原判決が、その理由中罪となるべき事実の第一として、所論摘録のような被告人清水がたばこ小売人でないのに製造たばこを販売した旨の事実を認定判示していることは、所論のとおりであつて、所論は、被告人清水は、国立村山療養所の人々の便宜を図つて、たばこの取次ないし譲渡をしたに過ぎず販売したものではない。物の販売とは、一定の仕入価額に利益を加えた金額を得て他人に物を交付する行為であつて、利益を得る観念のない交付行為は販売ではない。被告人清水は、前示の人々の便宜を図り、相被告人加藤から製造たばこを公定価で仕入れこれをそのまま公定価で前示の人々に交付して来たもので、何らの利益も得ていないのであつて、販売したことにはならないものであるにもかかわらず、原判決は、右のように販売した旨認定しているのであるから、原判決は、販売という観念を誤解した結果事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、考察するに、たばこ専売法第二十九条第二項には、「公社又は小売人でなければ製造たばこを販売してはならない。」と規定しているが、ここにいう製造たばこの販売とは、不特定多数の人に対して製造たばこを売却することをいい、必ずしも直接営利を目的とすることを要しないものと解すべきところ、原判決援用の関係証拠によれば、被告人清水が、公社又は小売人でなくして、原判示第一の日時場所において、原判示製造たばこを不特定多数の人に売却した事実を認め得られるのであるから、同被告人の右所為は、利益の有無にかかわらず、たばこ専売法第二九条第二項の禁止する公社又は小売人でなくして製造たばこを販売した場合にあたるものというべく、従つて、原判決には、この点につき、所論のような販売の観念を誤解した結果事実を誤認したあやまちがあるものということはできない。なお記録を精査してみても、原判示第一の事実につき所論のような判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があることは発見できないから、論旨は理由がない。
松井弁護人の控訴趣意第六点について。
原判決が、たばこ専売法第七五条第二項を適用して、被告人両名から本件違反にかかる製造たばこの価額金百一万五千百八十円を各追徴していることは、所論のとおりであつて、所論は、仮りに本件が原判示のような製造たばこの無指定販売にあたるとしても、被告人清水からその価額を追徴するは格別、被告人加藤から追徴することはできないものであるから、同人に対して追徴を言い渡した原判決は、この点につき、右たばこ専売法第七五条第二項の解釈、適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、考察するに、たばこ専売法第七五条第一項中に、「同法第七一条の犯罪にかかる製造たばこは没収する。」旨の規定があり、同条第二項には、「前項の物件を他に譲り渡し、若しくは消費したとき又は他にその物件の所有者があつて没収することのできないときは、その価額を追徴する。」と規定し、同法第七一条第五号には、「第二九条第二項又は第六〇条第一項の規定に違反して、製造たばこ若しくは巻紙を販売し、又はこれらの販売の準備をした者」と規定していることは、いずれも所論のとおりであつて、被告人清水の原判示所為が、同法第七一条第五号所定の第二九条第二項に違反して製造たばこを販売した場合にあたることは、既に山口弁護人の控訴趣意に対する判断において説示したとおりであるから、本件製造たばこは、正に同法第七五条第一項所定の同法第七一条の犯罪にかかる製造たばこにあたるものというべく、該たばこが被告人清水の原判示所為によつて他に譲り渡され、没収することができないことは、記録上明らかであるから、同法第七五条第二項によつてその価額を追徴すべきは、当然であるといわなければならない。所論は、本件において同法第七一条第五号所定の第二九条第二項に違反して製造たばこを販売した者は、被告人清水であつて、被告人加藤は、右第七一条第五号にいわゆる販売をした者でもなければ、販売の準備をした者でもないから、同被告人からは追徴すべきでない旨主張するのであるが、しかし、原判決が証拠によつて確定した同被告人の原判示犯罪事実によれば、同被告人は、被告人清水の原判示所為につき、従犯としての共同の刑事責任を負担すべき地位にあるのみならず、前掲たばこ専売法第七五条は、すでに説明したように、犯則物件またはこれに代るべき価額が犯則者の手に存することを禁止するとともに、国が、たばこの専売を独占し、もつて国の財政収入を確保するため、とくに必要没収、必要追徴の規定を設け、反則の取締を厳に励行しようとする趣旨であると解されることは、最高裁判所判例(昭和二九年(あ)第二六五七号昭和三一年一二月二八日第二小法廷判決)の趣旨に照らして明らかであるところ、原判決挙示の証拠に徴するときは、被告人清水の本件違反にかかる多量の製造たばこの無指定販売というような行為は、その目的物件を入手するにつき、指定小売人たる被告人加藤の原判示のような協力がなければ、最初から、到底これを企て得られないような事情にあつたことが認められるのであつて、被告人加藤が本件違反において果した役割は、極めて重要であつたというべく、検察官の起訴は、従犯であるけれども、実質的には、共同正犯に比すべき立場にあつたものと考えられるので、以上の諸点にかんがみるときは、本件違反にかかる物件については、被告人加藤に対しても追徴の言渡をすることが、前示たばこ専売法第七五条第二項の立法趣旨に合致するものといわなければならない。してみれば、原判決が、被告人両名に対し右法条を適用して、各追徴の言渡をしたことは、適法であるというべく、原判決には、この点につき、所論のような判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用に誤があるものということはできない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)
弁護人山口勘吾の控訴趣意
第一点原判決理由第一に『被告人清水栄三は云々医師小野口光外数十名に対し製造たばこの新生、光、ゴールデンバツト及ピース等合計二万九千三百七十二個を代金合計百一万五千百八十円で販売し』と記載せられるけれど販売したのではなく小野口光等国立村山療養所の人々の便宜を図つてたばこの取次乃至譲渡を為したに過ぎずして決して販売したのではないのであります。其証拠は原審証人小野口光及び北条彰の各証言並に原審第五回口頭弁論に於ける被告人清水栄三の供述記載等により明かと存じます。
第三点原判決は物の販売と云う観念を誤認せられて居ります。物の販売は一定の仕入価額に利益を加えた金額を得て他人に物を交付する行為であつて利益を得る観念無き交付行為は販売と称することは出来ないのであります。仮令物の交付につき一時損失を生じ乃至無利益のことありとも他日の巨利を計る場合は包括的利益観念の存する訳にて是は販売に外ならぬ筋合でありますが本件被告人清水の行為は左様な他日の受益の為めではなく多数の需要者の便宜を図つた交付行為で之には少しも利益の観念はないのであります。即ち被告人清水の住居の直前に在る国立村山療養所に居る多数の人々はたばこを買わんと欲するときは数十分を要する遠方へ行くを要し毎日の需要に多大の不便を感ずるので被告人清水はむしろ善行的行為の観念によりたばこを買い来つて之を与へ居りました処あまり毎日度々多数の人からの需要を訴へられるので毎日相当数を自ら公定価にて現金買入を為し其儘の価にて之を国立村山療養所の人々に交付し来つたので決して利益を得て販売したのでは無いのであります。この関係を無視し只交付行為のみを目して販売と判定された原判決は事実の誤認であります。証拠は判決に表示されたたばこ販売表の売価記載佐藤高治其外廿六人の質問顛末書に記された価額記載並に原審証人小野口光、北条彰の各証言及原審被告人等の供述の趣旨により明らかであります。
弁護人松井元一の控訴趣意
第六点原判決は被告人両名よりたばこの価額を各追徴しているが、これはたばこ専売法第七十五条第二項の解釈を誤つて、これを適用した違法があるから破棄さるべきである。
たばこ専売法第七十五条第一項は「第七十一条の犯罪に係る製造たばこは没収する」とあり、同条第二項によると「前項の物件を他に譲り渡し没収することのできないときは、その価額を追徴する」となつている。而して第七十一条第五号は「第二十九条第二項に違反して製造たばこを販売し、又は販売の準備をした者」と規定されている。所が本件が仮に販売に当るとしてもたばこ専売法第二十九条第二項にいう販売をなした者は被告人清水であり、被告人加藤は販売した者でもなければ、販売の準備をした者にも当らない。
従つて被告人加藤よりはたばこの価額を追徴すべきではないのにこれをなした原判決は違法である。
(その他の控訴趣意は省略する。)