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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1053号 判決 1958年9月29日

控訴人 堀野福松

右代理人弁護士 八木力三

被控訴人 嶋谷豊

右代理人弁護士 塚本重頼

菅沼隆志

主文

原判決を取消す。

控訴人が被控訴人に対し金二十七万二千二円を支払うと引換えに、被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載の建物及び同目録記載の土地を明渡せ。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ三分し、その一を控訴人、その二を被控訴人の各負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人が本件土地を所有し、昭和二十八年五月七日訴外若林恵に対し、これを建物所有の目的で、期間二十年、賃料一ヶ月金四百五十五円六十銭の約束で、賃貸したこと及び被控訴人が同年十月二十八日から右地上に存する本件建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

被控訴人は同日訴外若林恵から本件建物及びその敷地たる本件土地の賃借権を譲り受けて本件土地を占有している旨主張するので、まずこの点について判断するに、原審証人嶋谷俊郎の証言(第一、二回)、原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)、成立に争ない甲第一、第三号証、乙第一号証、原審における控訴人本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認められる甲第四号証、控訴人の署名、捺印の成立には争なく、その余の部分は原審証人嶋谷俊郎の証言(第二回)より真正に成立したと認められる乙第八号証によれば、訴外若林恵は、控訴人から本件土地を賃借後、右地上に本件建物を建築所有し、昭和二十八年十月二十二日その妻マサの名義を用いて保存登記を経由したのち、これをマサ名義で被控訴人に売渡すと共に本件土地の賃借権を譲渡する旨契約した事実を認めることができる。被控訴人は右借地権の譲渡については、賃貸人たる控訴人において予め訴外若林恵に対し包括的同意を与えておいた旨主張するが、乙第八号証(若林マサ名義の家屋新築届)に土地所有者として控訴人の署名捺印のある一事は、前記認定に比照して、右事実を確認しうる証拠とはなしがたい。他に被控訴人の提出援用の証拠によつては、包括的にも個別的にも本件借地権の譲渡について控訴人が明示又は黙示の同意を与えた事実を確認することができない。そして控訴人が訴外若林恵に対し昭和三十年五月三十一日到達の書面を以て、同訴外人が被控訴人に本件土地を控訴人の承諾を得ることなく使用させたことを理由として右土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは、被控訴人の認めるところであり、該解除の有効なことは論を俟たない。控訴人は、右解除のほか、訴外若林恵に対しその後数回解除の意思表示をなした旨主張しているが、右解除によつて控訴人と右訴外人との間の本件土地賃貸借が消滅している以上、理由の如何、有無にかかわらず、これらその後の解除がなんら効力を生じないことはいうまでもない。

被控訴人は、(一)原審以来控訴人の本件土地所有権の行使が権利濫用であり、(二)訴外若林恵が被控訴人に本件土地を使用せしめたことは賃貸人たる控訴人に対する背信行為と認めるに足りないとして種々の事由を主張するが、仮りに被控訴人が主張するが如き事実があつたとしても、(一)原審が認定したように「いわゆる権利金として少くとも六十三万円以上をとつて再び他に賃貸する目的のため、所有権をその具に供し本訴を提起したもの」と速断することはできないし、その他所有権の濫用と目しうる事由を認定することはできず、(二)訴外若林恵の被控訴人に対する無断賃借権の譲渡には賃貸人たる控訴人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情が存するものともいうことはできない(最高裁判所昭和二九年(オ)第四六六号、同三一年一二月二〇日第一小法廷判決集一〇巻一二号民事一五八一頁参照)。

次に被控訴人の借地法第十条による建物買取請求について考えるに、被控訴人が昭和三十二年十二月二日の当審口頭弁論において本件建物について買取請求の意思表示をなしたことは明かであり、したがつて右買取請求は前記認定の本件土地賃貸借契約が解除された後になされたものであるが、無断賃借権譲渡を理由として借地契約が解除された後でも借地法第十条による建物買取請求をなし得ないという理由はなく、上来認定の事実に徴すれば同条所定の要件は充足されているから、控訴人は右買取請求当時の時価を以て本件建物を買取らなければならない。そしてその代金額は、鑑定人石川市太郎の鑑定の結果によれば、金二十九万四千四百円を以て相当とする。控訴人は、被控訴人に対し、同人が本件土地を無権原で占有した昭和二十八年十月二十八日から本件口頭弁論終結の日である昭和三十三年五月十二日まで一ヶ月金四百五十五円六十銭の割合による賃料相当額の損害合計金二万四千八百十四円以上の賠償請求権を有するから、右債権(但し、円未満は抛棄す)を以て前記買取代金債権と対当額において相殺する旨主張するので、この点について考えるに、前記の如く借地法第十条により建物の買取請求をした後は、被控訴人はその代金の支払あるまでは建物の引渡を拒絶し得べく、その反射作用としてその敷地たる本件土地の引渡をも拒絶し得ることは論を俟たないから、結局被控訴人が本件土地を無権限で占有して控訴人の所有権を侵害してきた期間は昭和二十八年十月二十八日より昭和三十二年十二月一日までの間であるといわざるをえない。ところで、控訴人と訴外若林恵との間の本件土地賃貸借の賃料が一ヶ月金四百五十五円六十銭であつたことは当事者間に争がないから、被控訴人は控訴人に対し右期間中の右割合による賃料相当額の損害合計二万二千三百九十八円(但し四捨五入し円未満は切捨)の賠償をなすべき義務あるものというべく、この請求権と前記買取代金債権との相殺は別段の事由がないかぎり有効であつて、これより右買取代金は金二十七万二千二円に減額せられたものとする。

被控訴人は昭和二十八年十月分以降の本件土地の賃料は控訴人において受領の意思のないことが明かであつたから、これを供託した旨主張するが、本件土地について控訴人と被控訴人との間に賃貸借関係が生じたことはなく、乙第三、第五、第七、第九号証によつても右弁済供託が訴外若林恵のためになされたとみることはできないから、右賃料の供託は無効であつて、これによつて控訴人の主張する自働債権たる損害賠償債権が減額又は消滅されたことにならない。

以上の次第であるから、被控訴人は、控訴人が被控訴人に右金二十七万二千二円を支払うと引換に控訴人に対し本件建物の占有を移転して本件土地を明渡す義務がある。控訴人の本請求は右限度において理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、棄却すべきものとする。右と異る原判決は相当でないから、これを変更すべきものとする。なお本判決について仮執行の宣言を附し、仮執行免脱の宣言を附するのはいずれもその必要がないから、これらの宣言をしない。

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第百九十六条、第九十六条、第九十二条によつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 中村匡三 判事 伊藤顕信)

<以下省略>

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