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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1106号 判決 1958年2月27日

控訴人 原告 日興通商株式会社

訴訟代理人 中田博義

被控訴人 被告 東京国税局長 篠川正次

指定代理人 滝田薫 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、第一次請求として、「原判決を取り消す。被控訴人が別紙目録記載の各建物につき昭和三十年十二月二日なした公売処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、第二次請求として、「原判決を取り消す。被控訴人がなした別紙目録記載の甲建物に対する昭和二十八年十月五日附差押処分、及び別紙目録記載の乙建物に対する同年十二月十二日附差押処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「(一)、控訴人の元商号は東都商事株式会社であつたところ、昭和三十年七月五日その商号を現商号に変更し、その旨の登記を了したものである。(二)、本件甲物件については、控訴人は、所轄税務署に対し、昭和二十八年三月三十一日控訴人の所有財産として申告し、これに基いて課税されたのであるから、被控訴人は、右物件が控訴人の所有であることを認めていたものである。しかるに被控訴人は、右物件が登記簿上東京証券金融株式会社の所有名義になつていたのを奇貨として、右東京証券金融株式会社の国税滞納により昭和二十八年十月五日差押処処分をなし、同月六日差押登記をなしたものであつて、右は、被控訴人の悪意によるものであるから、控訴人に対抗できない。また乙物件については、被控訴人は、控訴人の所有であることを知りながら、これを東京証券金融株式会社所有の物件として同会社に代位して所有権保存登記をなした上、同会社の国税滞納により本件差押処分をなし、その旨の登記をなしたものであつて、右は、被控訴人の悪意によるものであるから、控訴人に対抗できない。なお本件甲、乙両物件の落札人たる株式会社後楽園スポーツ会館は落札当時法人格を有しなかつたから、右落札は無効である。(三)、被控訴人主張のような更正決定のなされたことは認める。しかしながら、右は被控訴人が悪意をもつてなした不当の処分である。」と述べ、被控訴代理人において、「(一)、控訴人主張の商号変更並びにその登記を了したことを認める。(二)、控訴人がその主張日時所轄税務署に対し本件甲物件を控訴人所有の財産として申告したことを認める。しかし昭和三十一年一月三十一日、更正決定で右物件が控訴人の所有であることを否定した。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四、第五号証を提出し、当審における証人恵比寿将剛の証言、控訴会社代表者田栗敏男尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は、乙第一ないし第四号証を提出し、甲第二号証の一、二の成立を認める、その余の甲各号証の成立は不知、と述べた。

理由

被控訴人は、本案前の主張として、控訴人は別紙目録記載の甲乙両建物につきなされた差押処分並びに公売処分に対し審査の請求をしていないから、これが取消を求める本訴は、国税徴収法所定の訴願前置方式に違背した不適法な訴である、と主張するにより、まずこの点を判断する。

控訴人が国税徴収法第三十一条ノ二、同条ノ三の規定により右差押処分並びに公売処分に関し再調査の請求ないしは審査の請求をしておらないことは、控訴人の明らかに争わないところである。しかしながら、控訴人は、右差押処分の後、未だ公売処分に至らざるに先立ち、昭和三十年十月五日被控訴人に対し国税徴収法第十四条に基く財産取戻請求をなし、被控訴人が同年十月十八日これを棄却したことは、被控訴人の自認するところであり、被控訴人が昭和三十年十二月二日公売処分をなしたことは、当事者間に争なく、控訴人が同年十二月七日本訴を提起したことは、記録上明らかである。

そこで、国税徴収法第十四条に規定されている財産取戻の請求の性質について考えるに、国税徴収法第十四条は、明治三十年法律第二十一号として、国税徴収法が制定せられた時から今日まで引きつづき同法中にふくまれている規定であつて、昭和二十五年法律第六十九号国税徴収法の一部を改正する法律によつて、同法第三十一条ノ二及び三の規定が新たに制定されたときも、同法第十四条の規定は、そのまま存置されたのである。

従つて現行国税徴収法の下においては、他人の国税滞納処分のため自己の財産を差し押えられたと主張する第三者は、その救済を求める方法として、同法第十四条によつて差押財産取戻請求をなす方法と、同法第三十一条ノ二及び三によつて再調査、審査の請求をなす方法との二つのいずれをも自由に選択し得るものと解するのが相当である。また国税徴収法第三十一条ノ二及び三の制定せられる以前においても、国税滞納処分による差押物件につき所有権を主張する第三者は、国税徴収法第十四条による取戻請求をなすと、訴願法による訴願を提起するとのいずれかを選択することができると解されていたのである。(行政裁判所昭和二年第二百十五号、昭和三年七月七日第三部宣告の判決、行政裁判所判決録第三十九輯八八九頁参照。)(ただし、国税徴収法改正の結果、新たに第三十一条ノ三ノ二の規定が設けられたので、現行法の下においては、訴願法による訴願の提起はなし得ないこととなつた。)このような立法の沿革、法の体系から考えると、国税徴収法第十四条による財産取戻請求は、収税官吏に差押処分にあたつて当該財産の権利の帰属についてなした判定が誤つていなかつたか否かについて調査し、これを自主的に処理する機会を与える点において、行政処分に対する不服申立の性質を有し、従つて行政事件訴訟特例法第二条本文にいう訴願の性質を具えているものというべきである。それ故差押財産取戻請求が拒否された場合には、行政事件訴訟特例法の規定に従つて差押処分取消の訴を提起することができることは当然であつて、同法所定の訴願前置の点において何らかくるところがないものというべきである。もしこれに反し国税徴収法第十四条による財産取戻請求は行政事件訴訟特例法第二条にいう訴願にあたらないとするならば、差押財産につき自己の所有権を主張する者が国税徴収法第十四条による財産取戻の救済方法を選んで、財産取戻が収税官吏によつて拒否されたときは、(イ)、収税官吏がなす財産取戻請求の拒否は、同法第三十一条ノ二及び三に規定せられている再調査又は審査請求の目的となる「国税ノ賦課徴収ニ関スル処分」又は「滞納処分」に該当する処分でないから、財産取戻請求の拒否を目的とする再調査又は審査の請求はできないし、(ロ)、この場合差押処分そのものに対し再調査並びに審査の請求をしようとしても、請求し得る期間の経過によりその請求ができない場合が大部分であろうと思われるし、仮に再調査又は審査請求期間が経過しない間に財産取戻請求の拒否がなされたとしても、財産取戻の請求を一たんなした以上、再び再調査又は審査の請求を許すことは、同一行政処分につき、行政庁に対する並列的な重複した不服申立方法を許容する結果となり、実益がないのみならず、国税徴収法の趣旨に背く結果となるから、この場合重ねて差押処分そのものに対する再調査又は審査の請求を許すことは違法であると考えられ、(ハ)、その他国税徴収法には、同法第十四条による差押財産取戻請求が拒否せられた場合の不服申立方法については何ら規定するところなく、(ニ)、かつ被控訴人の主張するように訴願を経ていないという理由で行政事件訴訟特例法による差押処分取消の訴もできないということになれば、国税徴収法第十四条による救済方法を選んだ場合には、裁判所に対し訴をもつて救済を求める道が全くとざされてしまう結果となるのである。このような結果となる法の解釈は、憲法第三十二条、裁判所法第三条の規定から考えても、正しい法の解釈であるということはできず、当裁判所の到底採用することのできないところである。

なお本訴において、控訴人は、第一次の請求として、控訴人のなした財産取戻請求の前提である差押処分に続いて行われた公売処分の取消を求めているのであつて、右公売処分に対しては再調査の請求ないし審査の請求がなされていないことは前認定のとおりであるけれども、当該公売処分の先行手続としての差押処分に対し国税徴収法第十四条に従つた適式の財産取戻請求がなされているときは、公売処分に対しても行政庁に対する不服申立手続を経由したものとして、行政事件訴訟特例法により公売処分取消の訴を提起することができるものというべきである。何となれば、財産取戻請求は売却決行の五日前までになすべきものであり、右請求に基き公売処分の先行手続である差押処分について収税官吏による調査並びに再度の考案が行われた以上、差押処分に対すると同一の不服申立の理由で、公売処分につき収税官吏に同様の調査並びに考案を行わしめることは、無意味でありかつ争訟の解決を遅延する結果を生ずるから、むしろ差押処分と公売処分を一箇の滞納処分手続の段階的発展と見て、前者に関する行政庁に対する不服申立手続によつて後者に関する行政庁に対する不服申立手続をつくしたものと考え、後者に対しては行政庁に対する不服申立手続を経ないでこれが取消の訴を提起することができるものと解するのが相当であるからである。

そうすれば、本訴は、行政事件訴訟特例法の採つている訴願前置方式に何ら違背するところがないので、これを適法な訴として進んで、本案につき判断を与える。

控訴人は、別紙目録記載の甲、乙の両物件は自己の所有である、と主張し、これにつき東京証券金融株式会社の国税滞納に因つてなされた差押処分並びに公売処分は違法である、と主張しているので、この点について判断する。

控訴人は、別紙目録記載の甲物件(以下甲物件と呼ぶ)は、控訴人が昭和二十七年十一月十五日東京証券株式会社から買い受けてその所有権を取得したものである、と主張しているけれども、成立に争のない乙第一号証によれば、甲物件については、昭和二十八年一月十三日東京法務局麹町出張所受附第二三九号をもつて東京証券金融株式会社のため所有権保存登記がなされ、ついで昭和二十八年十月六日同出張所受附第一四五五一号をもつて同年同月五日差押に基く小石川税務署長の嘱託に因り大蔵省のため差押登記がなされていることが認められる。しかして国税滞納処分による差押における国は、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に相当するものであるから、一般私法上の債権者と同じく、滞納処分による差押の関係において民法第百七十七条の適用があるものと解すべきである。そうすれば、被控訴人の差押前甲物件につき所有権取得登記を経由していなかつた控訴人は、仮に東京証券金融株式会社からこれが所有権を取得したとしても、その所有権をもつて被控訴人に対抗できないものというべきである。

控訴人は、さらに、甲物件については所轄税務署に対し本件差押に先立ち昭和二十八年三月三十一日控訴人の所有財産として申告し、これに基いて課税されていたものである、と主張し、右申告の事実は、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証の一、二並びに当審における控訴会社代表者田栗敏男尋問の結果を綜合すれば、右申告に基いて控訴人が法人税額を算出して納税したことが認められるけれども、それだけで、被控訴人が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者にあたらないとはいえないから、(最高裁判所昭和二九年(オ)第七九号同三一年四月二四日第三小法廷判決参照)、被控訴人は、甲物件についての控訴人のための所有権登記の欠缺を主張し得べく、控訴人は甲物件についての所有権をもつて被控訴人に対抗できないことにかわりはないのである。

次に、控訴人は、別紙目録記載の乙物件(以下乙物件と呼ぶ。)は目下建築中の未完成建物で、その所有権は控訴人に属する。と主張しているので考えるに、乙物件については、東京証券金融株式会社の名義で建築許可申請がなされ、同会社と河野建設株式会社との間に乙物件の建築請負契約が締結されていたことは当事者間に争がなく、当審証人恵比寿将剛の証言によれば、乙物件は工事中途で地階部分と地一、二階部分の外壁等のコンクリートが打たれ、他は鉄骨が立つている状態で、東京証券金融株式会社から当時東都商事株式会社という商号を有していた控訴人(控訴人の元商号並びにこれを現商号に変更し、その登記を了したことは、当事者間に争がない。)に売り渡されたことを認めることができる。そうすれば、控訴人が乙物件の所有権を取得した時には、乙物件は既に建物としての形体を具え、動産の集積たる状態から進んで不動産の部類に入つていたものといわなければならない。それ故、これが所有権を取得した控訴人は、登記法の定めるところに従い自己のための保存登記を経由するか、前主たる東京証券金融株式会社のための保存登記を経由した上、自己のためこれが所有権取得登記を経由するのでなければ、これが所有権の取得をもつてその登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対抗し得ないものというべきである。しかして本件の場合、国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者にあたることは、さきに説示したとおりであるから、被控訴人が国税滞納処分としてなした差押にあたつて控訴人の所有に帰したことを知つていたと否とを問わず、控訴人は乙物件の所有権をもつて被控訴人に対抗し得ないものというべきである。

このように、控訴人は、本件甲、乙物件に対する所有権の取得をもつて被控訴人に対抗することができない以上、その本訴請求は、第一次、第二次とも、落札人である株式会社後楽園スポーツ会館の落札能力の有無につき判断するまでもなく、失当として棄却すべきである。しかるに原審がこれを却下したのは、あるいは原告である控訴人は、本件甲、乙物件の所有者であることを証明することができないので、結局本訴についての訴の利益をかくか、または正当なる原告として当事者適格をかくものであるとの見解に基いたものと思われるが、右についての判断は結局本案の判断と同一の問題に帰着することとなるので、このような場合には、いたずらに訴の利益の有無または当事者適格の問題にこだわることなく、進んで本案について裁判すべきであり、そうした方が争訟を実質的に解決することにもなるのである。このように原審の見解は当裁判所の賛成し得ないところであるが、被控訴人より不服申立がない以上、民事訴訟法第三百八十五条により、原判決主文を変更することなく、控訴人の控訴を棄却するのが相当である。よつて控訴費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十五を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 吉日豊)

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