東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1170号 判決 1958年7月24日
静岡相互銀行
事実
被控訴人(一審原告、勝訴)株式会社静岡相互銀行は、本件手形は控訴人佐々木重雄の委任に基き同控訴人の妻みつがその代理人として、控訴人名義で振り出したものである。仮りに佐々木みつに、右手形振出行為につき代理権がなかつたとすれば、控訴人からその債務の整理を委任されていた池田嘉男が、その代理権限に基いて佐々木みつに命じて控訴人名義で右手形を作成、振り出させたものであるから、控訴人は右手形上の義務を負うべきであると主張した。
控訴人は、本件手形は佐々木みつがほしいままに作成したものであつて偽造手形である。仮りに右振出行為を以て同人の事務管理行為であるとしても、右手形に記載された振出日は真実の振出日ではなく、満期日と同一であつたから右手形は無効であると抗争した。
理由
本件手形の作成者である佐々木みつの権限について証拠を調べるのに、原審証人佐々木みつの証言中、「控訴人佐々木は昭和二十九年九月六日静岡中央病院に粟粒結核と診断されて入院したが、同人は右入院直前に、当時同人の債務につき若月、大石、池田、清水の四人を整理委員としてその整理を依頼したことがある。控訴人佐々木の印鑑は、右入院の際に夫から分家の佐々木末吉に預け、必要な場合には整理委員の承認を得て押すようにとの話があつたが、近所だつたところから分家には預けず、私(佐々木みつ)が保管していた」という部分によれば、控訴人佐々木は、入院に際し、一方においては整理委員を依頼して自己の債務の整理方を依頼すると共に、他方その妻みつに対しては、自己の実印の保管方法を指示し、債務整理に必要な場合には整理委員の承認を得て自己の実印を使用し、自己名義の文書を作成する権限を授与したものと認定するのが相当である。
そこで、佐々木みつが本件手形を作成した経過を調べてみるのに、証拠を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、被控訴銀行貸付係員杉原は、昭和二十九年六、七月頃控訴人に対し、当時控訴人が被控訴銀行に対して負担していた同人振出の金百三十万円の約束手形金債務、同人振出の金額九十四万円の約束手形の残債務五十万円、同人が裏書して被控訴銀行で割り引いた三明化学株式会社振出の約束手形金債務金四十九万七千円合計金二百二十九万七千円の債務の支払方を督促したところ、控訴人は、同人の被控訴銀行に対する定期預金百五十万円、定期積金十八万円、その他十万円、合計金百七十八万円の債権と対当額で相殺した上、残債務を割賦弁済の方法で弁済したいと申出があり、その交渉中控訴人は病気で入院したので、右杉原は控訴人の債務整理委員らと交渉を継続し、被控訴銀行の控訴人に対する手形貸付利息は高く、被控訴銀行の控訴人に支払う預金利息は低いので、右のような相殺は控訴人にとつても有利であることと、被控訴銀行においても昭和二十九年九月三十日の決算期に控訴人の債務を整理しておきたいということから、昭和二十九年十月十九日整理委員である池田嘉男と交渉し、その結果、同年九月三十日現在の債務額五十七万三千円を手形金額として控訴人佐々木名義の約束手形を振り出して被控訴銀行に差し入れることになり、池田嘉男から佐々木みつに手形に捺印するよう、電話で指図した上、佐々木みつをして本件手形を作成せしめ、これに振出人として控訴人の氏名を記載し、名下に捺印せしめた上でこれを被控訴銀行に交付せしめた。
以上の事実が認められるのであつて、これらの認定事実からすれば、佐々木みつの本件手形作成は控訴人が何ら新たな債務を負担するのでなく、相殺によつて控訴人の債務を整理した結果を明らかにするためであるから、右は正に控訴人の債務整理に必要な場合にあたり、且つ整理委員である池田嘉男の指示に基いてなしたものであるから、佐々木みつが本件手形を控訴人名義で振り出したことは、佐々木みつが控訴人から授与されていた権限内の行為であつたものと断定するのが相当である。そうすると佐々木みつが本件手形になした控訴人の記名捺印は結局控訴人の意思に基いたものと認めるのが相当で、本件手形は真正に成立したものといつて妨げないものであるから、控訴人は本件手形を振り出したものと認めなければならないこと当然である。
次に控訴人は、本件手形に記載された振出日が真実のものでなく、満期日と同一であつたから右手形は無効であると主張するけれども、手形に記載された振出の日付が真実の振出の日と違つていても、いやしくも手形要件にかけるところがない限りそれは手形の効力に何ら影響を及ぼすものでなく、また真実振り出された日が満期日と同一であつたとしても手形の呈示期間は満期またはこれに次ぐ二取引日内となつているのであるから、手形上明らかに振出日が満期の後になつているような場合と異なり、右は何ら手形を無効ならしめるものではない。
してみると、被控訴銀行は控訴人に対し、前記手形金及びこれに対する遅延損害金を支払うことを求める権利を有するものというべきであるから、被控訴人の請求を認容した原判決は正当である。本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。