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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1229号 判決 1960年10月14日

控訴人(原告) 福島光雄 外四名

補助参加人 小林庄一 外五〇二名

被控訴人(被告) 長野県知事

原審 長野地方昭和二七年(行)第四号(例集八巻五号96参照)

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用中参加によつて生じた部分は参加人等の負担とし、その余の部分は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は「原判決を取消す、被控訴人が訴外昭和電工株式会社に対してなした一、原判決添附の別紙一記載の昭和二十七年四月二十二日附長野県指令第弐六河第五九参号、第五九四号による犀川支、高瀬川支、鹿島川支、小冷沢、大冷沢、大川沢、及び大ゴ沢の発電水利使用並びに高瀬川支、農具川の水の使用及び工作物設置許可処分、二、同別紙二記載の昭和二十七年十月八日附長野県指令弐七河第五弐八号による犀川支、高瀬川支、鹿島川支、小冷沢、大冷沢、大川沢及び大ゴ沢の発電水利使用並びに高瀬川支、農具川の水の使用計画変更許可処分、及び同工事実施(魚道を除く)の認可処分、三、同別紙三記載の昭和二十九年五月二十日附長野県指令弐九河第六八弐号による犀川支、高瀬川支、鹿島川支、小冷沢、大冷沢、大川沢及び大ゴ沢の発電水利使用並びに高瀬川支、農具川の水の使用計画変更許可処分及び同工事実施認可処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方及び補助参加人等の事実上及び法律上の主張……(証拠の提出、援用、認否は省略)……は原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

理由

当審で新たになされた証拠調の結果を斟酌するも左記の点を附加する外は本件につき原判決理由に説示する事実の認定並びに法律上の判断は当裁判所のそれと同一に帰着するのでこれをここに引用し、控訴人等の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断する。

控訴人等及び補助参加人等の訴訟代理人は当審においても従来主張の法律論を繰り返し反覆論争するところあるも、

一、本件河川及び四溪流の流水使用に関し控訴人等の有する権利の性質効力については原判決理由第二、(一)(殊に原判決四四丁表六行目以下参照)に説示するところは正当というべく、これを以て旧来の慣習によつて取得した独占排他的の用役物権であつて、河川法の適用または準用によつて何等の影響を受けることなく若し影響を受けるものとすれば同法は憲法第二十九条に反するという所論は独自の見解であつて到底左袒することはできない。尤も慣行水利権たる流水使用権の性質については公権説私権説の両説があり、わが国では明治二十九年四月八日法律第七一号河川法の施行によつて同法の適用河川及び準用河川については水利権は行政庁の許可(同法第十八条)によつて与えられることになり、それと同時に従来の慣行水利権もまた原則として河川法によつて許可されたものとみなされることになつた(河川法施行規定第十一条)。従つて河川法施行前の慣行水利権も形式的には許可水利権ということになる。公権説は権利の形式に着目し、私権説は権利の内容に着眼したものであつて、いずれにしろその一面的把握であることを免れず、公水使用権の本質について私権説をとるにしても私権たる水利権が公共的規律をも同時に受けるという公権私権の重畳性が指摘さるべきである。前記引用の原判決の認定によるも控訴人等のいわゆる本件慣行水利権による水流利用の範囲はその水流地において各自の必要を充たす程度に止ることを要し必要水量以外に水流を処分し他人をして他の用途に新にこれを利用せしめる権能を有するものと解すべきである。即ち右慣行水利権を目してその本質私権であると解する説をとるもその内容は必要水量に対する用益権であり、絶対無制限な独占排他的のものということはできないのであるから、原判決が本件許可処分を以て控訴人等の既得の必要水量の利用を侵かすものなりや否やに着目してその適否を判断したことは結局正当たるを失わない。

二、原判決は控訴人等の有する前示流水使用に関する権利が公法上の公水用権であることを前提としつつ本件各河川管理者たる被控訴人が既得公水使用権者たる控訴人等の右公水使用の範囲即ち右必要水量を侵さぬようにして新たに第三者のため公水使用権を設定すれば、これは既得使用権の侵害とならないが、若し既得使用権の必要水量を侵す結果を招来するような方法で公水使用権を設定すれば違法処分たるを免れないとし、この前提の下に、各控訴人の必要水量を確定し、これと本件各許可処分及びこれに附した条件(附属命令書)の実施によつて達成さるべき供給水量とを比較検討し且つその他具体的理由を附して結局本件各処分は控訴人等の有する既得の公水使用権を侵害するものでないと判断したものであるが、仮りに慣行水利権の本質につき前説示の私権説を採るも同一結論に帰着せざるを得ず、右判断は結局正鵠を失わない。控訴人等は本件各行政処分は控訴人等の承諾なくして控訴人等の本件河川全流量に及ぶ水利権を一定数量に制限し残余を発電に使用することを許可することを内容とする以上、発電使用水量の如何を問わず即ち一滴でも他に流水の使用を許すことは控訴人等の右水利権を侵害するものであると主張するも、本件河川、溪流の流水使用に関し控訴人等の有する権利は先に説明した如く絶対無制限な独占排他的のものと解し得ない以上この主張は採るを得ない。

三、当審証人平林杉一、同福島祐明の各証言、並びに当審における控訴人高山潔、同福島光雄、同工藤邦夫各本人尋問の結果によれば、本件水の使用及び工作物設置許可処分の実施の結果、控訴人等において著しく水不足を来たし、且つ本件第二、第三次行政処分の附属命令書第十条によつて設置せられた高瀬川上流水利運営委員会は控訴人等の関知しない間に設けられたもので、その運営方法宜しきを得ず、これによつて控訴人等の権利に属する水の使用は著しく阻害されているというような供述はあるが、水不足の原因が本件行政処分の実施によるものであるとは断定し難く、ただ控訴人等の水の使用が従前のそれに比し不利不便であることは推察するに難くないが、公水の利用については、一方に既得権者を保護すると共に、他方社会経済の発達のため成るべく有利にこれを利用せしめるようにすることがその性質上要請せられるところであつて、かかる公益上の見地から既得権者の側でも若干の不利不便を忍ばねばならないことは当然である。そして前示水利運営委員会の設置を許可条件で定められているのは、水の使用につき関係使用権者の利害の調整をはかるためのもので、適当な行政措置というべく、その組織構成も妥当であることは原判決理由第二、(七)(原判決五五丁裏)に説示するとおりであつて、ただその後の運営方法がその宜しきを得ない点があれば、それは別途の手段によつて改善是正の途を講ずべく、単に運営方法の当不当を捉えて、遡つて本件行政処分を違法視することはできない。

四、その他控訴人等は当審において準備書面を以て原判決を論難するところあるも、すべて原審で主張した範囲を出でず、いずれも独自の見解であつて、これらの点に関する当裁判所の判断も引用の原判決に説示するところに尽き、別に附加する要を認めないから、すべて省略する。

以上説明のとおり前示当裁判所の判断と同一に帰した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り、本件各控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条、第九十三条、第九十四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

(別紙補助参加人名簿省略)

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