東京高等裁判所 昭和32年(ネ)129号 判決
東京都千代田区九段一丁目三番地七宅地十一坪六合六勺(以下これを本件土地という。)が被控訴人の所有であつて、控訴人が現に右地上に木造板葺平家建店舗一棟建坪九坪の建物(以下これを本件建物という。)を所有し、よつて右土地を占有していることは、当事者間に争のないところである。
控訴人は賃借権に基いて本件土地を占有している旨主張するので、まずこの点を調べてみる。
被控訴人が昭和二十一年十一月十八日大久保隆三と共に控訴人との間に控訴人を営業者、被控訴人並びに大久保隆三を匿名組合員とする匿名組合契約を締結したこと、並びにこれよりさき被控訴人が諸葛福から本件土地を含む東京都千代田区九段一丁目三番地所在の宅地二十六坪六合三勺を建物所有の目的をもつて借り受け、右匿名組合契約締結当時右土地につき借地権を有していたことは、当事者間に争ないところである。(弁論の全趣旨によれば、右匿名組合契約は結局成立に争ない乙第一号証記載の契約を指すのであつて、控訴人は、原審においては、右契約は控訴人、被控訴人、及び大久保隆三を組合員とする民法上の組合である、と主張し、当審においては、被控訴人の主張に同調し、控訴人を営業者、被控訴人並びに大久保隆三を匿名組合員とする匿名組合契約であるとなすにいたつたのであるが、乙第一号証によれば、営業はひとり外部に対する関係において控訴人名義をもつてなすばかりでなく、事実においても控訴人のみその衝にあたつて被控訴人らはこれに関与することなく、また利益分配の割合について規定するところあるも損失分担については何ら規定するところなく、さらに営業用店舗(すなわち本件建物)の建築費は大久保隆三と控訴人の負担とする旨の約あるにかかわらず本件建物は控訴人の単独所有であることは控訴人の自認して争わないところであるので、右乙第一号証の契約はこれを民法上の組合契約とみるよりは控訴人を営業者とする匿名組合契約であるとなすのを相当とすべく、これらの点よりみるときは、右に関する控訴人の当審における主張は、これを単に法律上の見解を変更したに止まるものとなすべきでなく、事実の上においても原審における主張を訂正変更したものと認むべきであつて、裁判所も右事実上の主張の変更ありたるものとして取り扱うべきである。)
ところで、控訴人は、被控訴人は右匿名組合契約に基き右借地権を出資したので、右借地権は営業者たる控訴人に帰属するにいたつた。と主張する。なる程、乙第一号証によれば、営業者たる控訴人の営業用店舖は被控訴人の右借地の上に建設する旨及び右営業の出資形態は被控訴人の右建設地に対する借地権並びに控訴人、大久保隆三の各出資金及び控訴人の労務をもつて構成する旨の記載があるけれども、匿名組合契約における匿名組合員の出資は、本来営業者の営業を援助することが主眼であるから、被控訴人が右匿名組合契約に基き右借地上に右営業用店舖の建設を許容するにあたつても、営業者たる控訴人に対し右敷地に対する所有権ないし借地権を移転し譲渡することは必ずしも右契約の要素をなすものでなく、右敷地に対する使用権のみを出資することも妨げないところであつて、このことと原審における原告(被控訴人)本人尋問の結果により認めうべき本件匿名組合契約は全く被控訴人が引揚者である控訴人に同情し控訴人を援助する目的をもつてなされたものであることに着目するときは、右乙第一号証の記載あればとて必ずしも被控訴人が前記借地権を出資したと認めなければならないものでなく、右借地権を出資したという原審並びに当審における控訴人(被告)本人の供述は原審並びに当審における被控訴人(原告)本人の供述にてらして到底信用することができず、これをおいて他に右借地権出資の事実を認めるに足る的確な証拠がないのに反し、かえつて右被控訴人(原告)本人の供述によれば、被控訴人は右契約に基き単に控訴人に対しその営業用店舖の敷地として無償で右借地の使用を許したに止まり、借地権そのものを出資したのでない事実を認めることができるので、右に関する控訴人の主張は理由がない。
しかしながら、控訴人は、右借地使用権の出資(その法律上の性質は転貸借であつてその内容は使用貸借)により、ともかくも本件匿名組合契約が存続する限り、また右使用貸借が解除せられない限り、右借地従つてこれに包含せられる本件土地を使用する権利を失わないところ、被控訴人は、右匿名組合契約は昭和二十五年六月一日当事者間に甲第三号証の借地権分割譲渡契約が締結せられた際合意解除せられた、と主張する。そして右借地権分割譲渡契約成立の事実(成立に争ない甲第三号証によれば右譲渡の目的となつたのは前記二十六坪六合三勺の借地中十一坪五合八勺に対する借地権であるが、弁論の全趣旨によれば右借地権は十一坪五合八勺と表示せられたにかかわらず結局本件土地に対する借地権であることが明らかである。)は、控訴人の認めるところであつて、控訴人は、右譲渡契約は右借地権が被控訴人に属することを要素としてなされたものであるところ、控訴人の単独所有であるか、少くとも控訴人、被控訴人、大久保隆三の共有であつたのであるから、要素の錯誤により無効である、と主張するけれども、右借地権は後日控訴人が国から右借地の払下を受けその所有権を取得するまで(右事実は当事者間に争ない。)終始被控訴人に属していたことは前認定のとおりであるので、控訴人の右主張は理由がない。そして匿名組合契約は、止むことを得ない事由あるときは、匿名組合の存続期間につき特約があると否とを問わず、各当事者は何時でも解約をなすことができるのであつて、原審並びに当審における被控訴人(原告)本人の供述によれば、営業者たる控訴人の営業はその後不振で、出資利益の分配をなしたことは一度もなく、控訴人もまたその収支の計算を明らかにせず、将来右利益を分配するが如きはほとんど不能の状態にあつたこと並びに被控訴人が右借地権分割譲渡契約をなすにいたつた所以のものは、被控訴人において当初控訴人から前記二十六坪六合三勺の借地全部の返還を受けこれを利用するつもりであつたところ、控訴人の懇請により、本件建物の敷地として本件土地に対する借地権のみを分割して控訴人に譲渡することになつたもので、控訴人は右契約後本件土地の上に本件建物を移築し、被控訴人は、右移築費用を負担し、本件土地を除くその余の土地の返還を受けたことが明らかであるので、本件匿名組合契約並びにこれに基く二十六坪六合三勺の宅地に対する使用貸借は反証なき限り右借地権分割譲渡契約成立の際合意解除せられたものと認めるを相当とすべく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして本件匿名組合契約は被控訴人が大久保隆三と共に控訴人との間に締結したものであることは前認定のとおりであるけれども、これが解約は被控訴人と大久保隆三の共同でなさない限りこれをなすことができないというような特約のある場合は格別被控訴人も大久保隆三も任意単独で自己に関する部分を解約することのできるのは当然であつて、本件においてかかる特約の存在していたことを認めるに足る証拠もなく事情もないのであるから、仮に右合意解約が大久保隆三の関与なくしてなされたとしてもその効力に何ら影響を及ぼさないのみならず、前記被控訴人(原告)本人の供述によれば、大久保隆三は昭和二十九年一月頃被控訴人からその旨告げられ、止むを得ないこととしてこれを承認した事実がうかがわれるので、右合意解除は有効にその効力を生じたものといわなければならぬ。
このように、本件匿名組合契約、従つてこれに基く借地の使用貸借は合意の上解除せられたのであるが、他面本件土地に対する借地権分割譲渡契約が成立したのであるから、控訴人は、右譲渡契約が完全に履行せられるか、または何かの理由により解除せられるまでは、右合意解除にかかわらず被控訴人から本件土地を使用することを許容せられていたものと認めるを相当とするところ、控訴人が右譲渡契約において譲渡代金八万六千六十円を昭和二十五年六月よりはじめ昭和二十七年八月まで毎月末日限り一回金三千円宛(最終回は金三千六十円)分割して支払うべき旨約しながら昭和二十六年三月までに合計一万八千円を支払つたのみでその余の支払をなさなかつたこと、並びに被控訴人が昭和二十八年十月二十日控訴人に対し右残代金六万三千六十円を同月末日までに支払うべき旨催告し、あわせて右期間内に支払なきときは前記借地権分割譲渡契約を解除する旨条件附解除の意思表示をなしたことは、当事者間に争なく、控訴人が右催告期間内に右残代金の提供ないし支払をなしたことは控訴人の少しも主張立証しないところであるので、右譲渡契約は昭和二十八年十月三十一日の経過とともに過去に解除せられたものというべく、控訴人はこの時限り右譲渡契約に附属して本件土地を使用する権限をも失つたものというべく、他に控訴人が本件土地を占有するにつき正当の権限を有することは控訴人の何ら主張立証しないところであるので、控訴人の本件土地に対する昭和二十八年十一月一日以降の占有は不法であるというのほかない。
(大江 坂本 猪俣)