東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1662号 判決 1960年12月03日
控訴人 鈴木艶
被控訴人 杉浦秀松 外一一名
主文
本件控訴を棄却する。
被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行の四名に対する控訴人の当審での請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行、の四名を除くその余の被控訴人等は控訴人に対し連帯して金二十三万八千百四十九円、被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行の四名は他の被控訴人等と連帯して各自金五万九千五百三十七円二十五銭及び各被控訴人ともそれぞれ右金員に対する昭和三十年六月二十四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人等の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人杉浦、松本、間野、押之見、根岸、柿沼の代理人(以下単に被控訴人六名代理人という)は主文第一項同旨の判決を求め、被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行の代理人(以下単に被控訴人四名代理人という)は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は次のとおり述べた。
一、訴外山田敬太郎は、控訴人の提起した東京地方裁判所昭和二十四年(ワ)第三一〇〇号建物退去、土地明渡請求事件の仮執行宣言附第一審判決に対し、控訴を提起したけれども、強制執行の停止決定を求めなかつたので、控訴人は右山田に対し仮執行宣言附の右第一審判決に基く強制執行をなし建物収去並びに土地明渡を強制しうべきであつた。ところが、被控訴人等は共同して控訴を提起し且つ被控訴人等のうち、押之見、疋田、間野、柿沼の四名は、右仮執行宣言附判決に基く強制執行の停止決定を申請し、その旨の決定を得て、担保を供託して強制執行を停止し、宅地の明渡を阻止した。右強制執行停止については、被控訴人等は控訴人に損害が発生する場合のあることを予見し、もし控訴審で自己の主張が容れられないときは、損害を補償する覚悟で保証を供託したもので、この点からしても、控訴人の被つた損害と、被控訴人等の行為との間に相当因果関係が存在する。殊に建物収去、土地明渡の強制執行は建物の占拠者全部を退去させた上でなければできないのであつて、東京地方裁判所々属執行吏の取扱も、建物占拠者全部を退去させた上で土地明渡の執行に着手するのが慣例となつている。被控訴人等は前記訴訟事件で敗訴し、その判決に仮執行の宣言が附せられていたので直ちに控訴し、強制執行停止の措置を採つたものであるから、建物所有者である山田に対する控訴人の建物収去、土地明渡の第一審判決による強制執行は、法規の解釈上及び執行吏の慣例上不可能である。このような場合には、控訴人としては、被控訴人等に対する控訴審での勝訴の判決により右強制執行停止の効力を失わしめた上でなければ、山田に対する強制執行はできないわけであるから、被控訴人等の行為と、控訴人の被つた損害との間には相当因果関係が認められるべきである。
二、不法行為に基く損害賠償責任は、現実に損害が生じたときに発生するのであつて、損害の発生が予見せられる場合でも、その額が予見せられないときは、その額の確定したときに始めて損害賠償請求権が発生する。従つて、被控訴人等に対する控訴人の本件損害賠償請求権の消滅時効は、現実に損害の発生したときより起算すべきである。
三、本件宅地に対する被控訴人等の占有期間に関する主張事実は否認する。控訴人は昭和二十四年七月中本件宅地及び右地上の建物の使用状況を調査したところ、被控訴人等は各自控訴人主張のとおり本件建物の一部を使用していたので、東京地方裁判所に被控訴人等を相手方として、本件宅地及び建物について、「被控訴人等の占有を解き、東京地方裁判所々属執行吏をして占有保管せしめる。但し現状を変更しないことを条件として被控訴人等にその使用を許す。」旨の仮処分を申請し、その旨の仮処分決定を得て直ちにこれを執行した。次いで、控訴人は本案訴訟を提起したのであるが、被控訴人等は右本案訴訟の口頭弁論で、占有関係についてはこれを認め、ただ右占有は正当な権原に基くものであることを主張したものである。宅地又は建物を不法に占有された場合、被害者が不法占有者に対して、前記のような仮処分の執行をしたときは、目的物に対する占有は執行吏に移り、被害者はこれを自由に取り戻すことはできない。しかし、債務者(被申請人)の保有する権利は仮処分によつて奪取されるものではないから、債権者(申請人)が本案訴訟で敗訴するときは、仮処分の取消によつて目的物の占有は債務者に復帰する。従つて、このような仮処分の執行中は、債務者から執行吏又は債権者に対して目的物を返還する旨の意思を表示しない限り、目的物の宅地又は建物部分より退去したとの理由により責を免れるものでない。また、右のような仮処分執行後、債務者が占有使用状態及び建物の形状を変更することは、禁止されている。本件では、被控訴人等は不当に建物の占有使用状態を変更し、パチンコ店に改装して開店しようとしていたので、控訴人は昭和二十九年三月執行吏に対して仮処分の点検を求め、右の不正行為を排除し仮処分執行当時の状態に復した上、本案判決の執行により本件宅地の占有を回復したものである。なお、被控訴人等は前記のように仮処分の執行を受けながら、本案訴訟の控訴審でも、絶えず建物退去土地明渡の義務のないことを主張し、抗争を続けたのであるから、仮りに被控訴人等が本案訴訟の進行中に本件建物から退去したとしても、当然本件不法行為上の責任を免れない。
四、被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行の四名に関する後記五の相続の限定承認の点は認める。
被控訴人六名代理人は次のとおり述べた。
一、被控訴人等の本件建物の占有期間について、
(1) 被控訴人杉浦は本件建物の一部を昭和二十三年十一月二十五日その所有者天野晴枝から賃借して占有していたが、昭和二十四年十二月末日これを天野に明け渡した。
(2) 被控訴人松本は昭和二十三年二月本件建物の一部をその所有者天野から賃借して占有していたが、昭和二十六年四月二十日これを天野に明け渡した。
(3) 被控訴人根岸は本件建物の一部をその所有者天野から賃借して占有していたが、昭和二十三年十一月一日これを天野に明け渡した。
(4) 被控訴人間野は昭和二十二年十月本件建物の一部をその所有者天野から賃借して占有していたが、昭和二十五年三月これを天野に明け渡した。
(5) 被控訴人柿沼は昭和二十二年十月十二日、被控訴人押之見は昭和二十四年四月一日それぞれ本件建物の一部をその所有者天野から賃借して占有していたが、昭和二十七年十月二十日それぞれこれを天野に明け渡した。
控訴人は、「目的物件に対する債務者の占有を解いて執行吏に保管させ、現状を変更しないことを条件として、債務者にその使用を許す。」旨の仮処分執行中は、債務者は仮処分債権者又は執行吏に対して仮処分物件を返還する意思を表示しない限り、右物件から退去しても、その責任を免れない旨を主張するけれども、控訴人主張のように、執行吏保管の仮処分物件は、仮処分債権者も自由にこれを取り戻すことができないのに、右債権者に仮処分物件返還の意思を表示する義務を仮処分債務者に求める法的根拠はないばかりでなく、仮処分物件からの債務者の退去は、なにも仮処分命令の内容に違反していないのである。
二、被控訴人等の本件建物の占有と、控訴人の損害との間には相当因果関係はない。控訴人は、本件家屋所有者である山田敬太郎は、仮執行宣言附の第一審判決に対し強制執行停止決定を求めなかつたから、直ちに右家屋明渡の強制執行ができたのに、被控訴人等の一部のものが執行停止決定を得たので、右明渡を阻止されたから被控訴人等は損害賠償の責任がある旨主張するけれども、右山田も第一審判決に対し被控訴人等と同様控訴してその土地の明渡を拒否していたものであるから、山田は任意に本任建物を控訴人に明け渡す意思のないことが明らかであり、本件建物の賃借人であつた被控訴人等はその建物の所有者が任意に右建物を収去しその土地を明け渡そうとしているのに、これを妨害したような事実はない。要するに、本件建物の賃借人である被控訴人等は直接その建物の敷地に対する使用収益を妨げるものではなく、ただ建物の所有者が建物を収去し土地の明渡をするのを妨げたような特別の場合に限り、不法占有者としての責任を負うのであるから、山田が建物収去土地明渡を拒んでいた本件では、被控訴人等は本件土地の不法占有者としての責任はない。
三、仮りに、被控訴人等に控訴人主張のような不法行為上の責任があるとしても、その債権は時効によつて消滅した。すなわち、控訴人は昭和二十四年七月七日本件土地明渡請求権保全のため、被控訴人等に対し占有移転禁止の仮処分の執行をした。従つて、控訴人は右不法占有により本件土地に対する控訴人の借地権を不法に侵害せられ、損害を受けていることを昭和二十四年七月七日には熟知していたのである。そして、右継続的不法行為による損害賠償の額は予見しうべかりしものであるから、被控訴人等の不法占有による損害賠償請求権が仮りに控訴人にあるとしても、右債権は控訴人が右不法占有の事実を知つた時から三年を経過した昭和二十七年七月六日には時効によつて消滅している。民法第七二四条のいわゆる三年の時効期間は不法行為を被害者が知つたときから一括して進行するものと解しなければ、不法行為に基く債権の短期消滅時効の精神に反すると思料する。もし、右時効期間がその損害の発生する間、時々刻々進行するものとしても、本件訴状提出の昭和三十年六月六日から逆算して三年前の昭和二十七年六月六日までの分は、時効により消滅した。
四、仮りに、被控訴人等に控訴人主張のような不法占有があつたとしても、被控訴人等には、故意過失がない。すなわち、訴外天野晴枝及び山田敬太郎は本件土地を占有する正当な権原があるとして、控訴審でも抗争していたのであるから、少くとも昭和二十八年六月十八日右控訴審の判決がなされたときまで、本件土地の占有が不法であるかどうかわからない。そして右山田は当時、本件土地の占有者であつたことは明らかであり、本件土地に適法な権利を有するものと推定せられるのであるから、被控訴人等としては、右判決確定までは、山田を本件土地の適法な占有者と推定し、被控訴人等が建物から退去して右土地を控訴人に明け渡す義務はないものとして抗争することは、控訴人の権利侵害について何等故意又は過失がないというべきである。民法第一八九条第二項にいう悪意とは、同法第一九〇条との関係でいわれることであつて、不法行為の要件である故意又は過失を擬制したものではない。被控訴人四名代理人は、次のとおり述べた。
一、承継前の被控訴人沢田元右エ門は、すでに昭和二十六年七月本件建物の賃貸人である山田敬太郎に対し自己の占有部分を明け渡したから、控訴人主張の損害賠償債務を負担しない。
二、控訴人は本件建物に対する仮処分執行後でも、自ら右沢田の占有関係を確めることができるし、また仮処分をした執行吏に点検してもろうこともできるのであるから、特に控訴人又は執行吏に対して、本件建物を明け渡したことを通知しなければ、その占有部分の明渡ができないものではない。ただ、右沢田が別件で控訴を提起したまま占有部分を明け渡した場合は、不作為による不法行為として違法性が認められるかどうかの問題が残ると考えられないこともないが、被控訴人はその違法性の前提となる法令上ないしその他の義務を負うものとは思われないから、やはり控訴人の主張は理由がない。
三、右沢田には控訴人主張のような故意又は過失はない。仮りに、前記一で主張した明渡の事実が認められないとしても、山田敬太郎が控訴人に対して本件土地の賃借権を主張して争つている関係上、建物の賃借人である右沢田が山田の主張を前提として控訴人と争うことは、当然のことで、それが第一審判決言渡を機会に、不法行為に変るものとは考えられない。要するに、賃借人である右沢田の占有について控訴人に対する不法行為となるべき故意又は過失はない。控訴人が右沢田に故意過失があつたと主張するならば、もつと具体的に、沢田が本件土地に対する山田の賃借権の不存在を知つていたとか、又は過失によつて予知しなかつた事実を控訴人自ら主張且つ立証すべきであり、或は山田が建物を収去して土地を明け渡そうとしている場合に、沢田がことさらに退去せず、これを妨害したというような特別の事情を主張立証すべきであるのに、控訴人はこのことをしていない。
四、消滅時効についての抗弁について、被控訴人等六名の前記三の主張を援用する。
五、沢田元右エ門は昭和三十三年十一月二十八日死亡し、その相続人である被控訴人沢田喜通、岩淵さと、石神静、沢田敏行の四名は、昭和三十四年二月十三日東京家庭裁判所に限定承認の申述をなし、同年三月二十日受理された。従つて、仮りに控訴人の主張が認められるとしても、右被控訴人四名の責任は相続財産の限度に限定される。
当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は、当審証人山田敬太郎の証言を援用し、被控訴人六名代理人は、当審証人柿沼与志子の証言、当審での被控訴人押之見久四郎、杉浦秀松、松本惣松、根岸丹次の各尋問の結果を援用した。
理由
一、いずれも成立に争のない甲第一号証の一、二、第二号証によると、次の事実が認められる。控訴人はその先代時代から東京都中央区日本橋室町一丁目八番地二の宅地のうちその西北隅の三十七坪六合二勺の土地(以下本件土地という)に借地権を有し、右地上に建物を所有し、そばてんぷら屋を営んできたが、控訴人先代鈴木すゞのとき昭和十九年十一月末戦災で右建物は焼失した。昭和二十年十二月二十日右すゞは訴外天野晴枝との間に、(イ)天野は本件土地に天野の費用でバラツクを建ててこれをすゞに贈与する、(ロ)右バラツクは三年間天野が借り受け営業する、(ハ)三年経過と同時にこれをすゞに明け渡し返還する、(ニ)天野の使用する三年間は、天野が営業で得た利益のうち毎月少くとも千百円をすゞに配当する旨の契約を締結した。天野は間もなく本件土地にバラツクを建築したが、約定に反して右バラツクをすゞ名義にしないで自己の所有名義となし且つこれを一坪ないし二坪に区切つてマーケツト式としてそれぞれ被控訴人等(被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行の四名については、その先代沢田元右エ門、以下同じ)に賃貸し(被控訴人等各賃借の点は当事者間に争がない)、すゞには一、二ケ月多少の金銭を支払つただけでその後は支払をしなかつた。すゞは昭和二十一年四月十二日死亡し、控訴人が家督相続により右すずの権利義務を承継したが、天野は三年を経過しても右建物(以下本件建物という)の引渡をしなかつたので、控訴人は天野に対し、昭和二十四年五月二十七日到達の書面で、五日以内に建物の所有権移転登記手続及びその明渡をなすべく、もし不履行の場合には契約を解除する趣旨の意思表示をなした。ところが、天野は右期間内にその催告に応じなかつたので、控訴人と天野との間の前記契約は同年六月二日限り解除せられた。
二、次の各事実はいずれも当事者間に争がない。
(イ) 控訴人が昭和二十四年七月七日天野及び本件建物の賃借人である被控訴人等に対して、土地明渡請求権保全のための仮処分命令(東京地方裁判所昭和二十四年(ヨ)第一七二八号)を得て、本件土地及び建物について仮処分を執行し、次いで同月二十二日天野及び被控訴人等に建物退去、土地明渡の本訴(東京地方裁判所昭和二十四年(ワ)第三一〇〇号)を提出したが、右訴訟の進行中、右宅地上の本件建物が競売せられ、山田敬太郎がその所有権を取得したので、山田をして天野に対する訴訟の一部を承継させた。
(ロ) 東京地方裁判所は審理の結果、昭和二十六年十月十五日被控訴人等に本件建物より退去して本件土地を明け渡すべき旨の控訴人勝訴の判決を言い渡し且つこれに仮執行の宣言を附した。
(ハ) 被控訴人等と天野とは右判決に対して東京高等裁判所に控訴し、且つ被控訴人等のうち押之見、疋田、間野、柿沼の四名のみは、同庁に強制執行停止の申立をなし、その旨の決定を得て、強制執行を停止した。そして、同庁は昭和二十八年六月十五日右控訴を理由なしとしてこれを棄却する旨の判決の言渡をなしたところ、被控訴人等は上告を提起しなかつたので、右判決は確定した。
(ニ) 本件建物は木造亜鉛鉄板葺二階建店舗で、実測建坪三十六坪七合五勺、二階十坪五合、中二階三坪五合であつて、被控訴人疋田は階下南側の西端から第一番目の区画一坪を、被控訴人杉浦は同じく第二番目の区画一坪及び階下北側の西端から第四番目の区画一坪を、被控訴人松本は階下南側の西端から第三番目の区画一坪を、被控訴人間野は同第四番目の区画一坪を、被控訴人五位野は同第五番目の区画二坪を、被控訴人押之見は階下北側の西端から第一番目の区画一坪を、被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行四名の先代沢田元右エ門は同第二番目の区画一坪を、被控訴人根岸は同第三番目の区画一坪を、被控訴人柿沼は同第五番目の区画一坪をそれぞれ占有して、その敷地を占有していた。
三、控訴人は、「被控訴人等は少くとも、昭和二十六年十月十五日本件建物の各占有部分から退去してその敷地の明渡を命じた第一審判決言渡後は、敷地を占有する権原のないことを知り又はこれを知らないことについて過失があつたもので、被控訴人等は共同して控訴人の借地権を侵害し、借地に対する控訴人の使用収益を妨げたから、控訴人に対して右第一審判決言渡の日から控訴審の判決言渡のなされた昭和二十八年六月十五日までの間、控訴人の蒙つた本件土地の賃料相当の損害金の支払義務がある。」旨主張するので判断する。被控訴人等が控訴人主張の右期間中、本件建物の一部をそれぞれ占有使用したこと、従つてこれによりその敷地である本件土地を占有したことは、被控訴人疋田、五位野両名以外の被控訴人等の争うところであるけれども、この点はしばらくおき、仮りに被控訴人等が右期間中本件建物に占拠し、その敷地である本件土地を占有していたものとしても、当時本件建物を所有していたものは、上記のとおり、訴外山田敬太郎であることは、当事者間に争のないところであるから、右山田は控訴人が借地権を有する本件土地に対する控訴人の使用収益を妨げたものとして、これにより控訴人の蒙つた損害を賠償する不法行為上の責任を負うことのあるのはかくべつ、被控訴人等はいずれも本件建物の所有者との契約によつて、それぞれ本件建物の各一部分を賃借し、これを占有使用しているにすぎないのであつて、直接本件土地に対する控訴人の使用収益を妨げたものということはできない。けだし、控訴人が本件土地を使用収益できないのは、本件建物が存在するからであつて、被控訴人等が建物の前示各部分を占有使用していることと、控訴人が本件土地を使用収益できないこととの間には、かくべつの事情のない限り、相当因果関係がないと認めるのを相当とするからである(最高裁判所昭和二十九年(オ)二一三号、昭和三十一年十月二十三日判決参照)。従つて、被控訴人等は右に説示したかくべつの事情のない限りは、控訴人主張のような不法行為に基く損害賠償の責務はないものといわなければならない。よつて、本件で右説示のかくべつの事情があるかどうかについて考えてみる。山田と共に被控訴人等が建物退去、土地明渡の仮執行宣言附の第一審判決に対して控訴を提起し、被控訴人等のうち押之見、疋田、間野、柿沼の四名のみが右第一審判決に基く強制執行停止の申立をなし、その旨の決定を得たことは、上記のとおり当事者間に争のないところであるけれども、当審証人山田敬太郎の証言及び前記甲第一号証の一、第二号証によると、もと天野晴枝所有の本件建物を競落によつて取得した山田敬太郎は、前記訴訟で一部訴訟引受人として、本件土地を占有するについて正当の権原のあることを主張し、控訴人の建物収去土地明渡請求を拒否し、仮執行宣言附第一審判決に対しては、被控訴人等と同様に控訴を提起して抗争を続けたことを認めることができる。従つて、山田はいぜんとして本件土地を占有するについて正常の権原あることを主張していて、第一審判決に服し、或は任意に本件建物を収去して本件土地を控訴人に明け渡す意思はなかつたものといわなければならない。よつて、被控訴人等が上記第一審判決に対して控訴したからといつて、その一事で、控訴人等が山田に関係なく独立して本件土地に対する控訴人の使用収益をことさらに妨げたものと認めることはできない。また、山田が仮執行宣言附第一審判決に基く強制執行停止の申立をしなかつたのに、被控訴人等のうち押之見、疋田、間野、柿沼の四名は強制執行停止の措置をとつたのであるが、がんらいこのような強制執行停止の措置をとることは、仮執行宣言附の第一審判決に対し控訴を提起したものに対し法津上当然許容されているところであつて、上記のとおり本件建物の所有者である山田が、上記説明のように控訴をなしている以上、仮執行宣言附の第一審判決の強制執行に服するとも直ちには認められないし、かりに、山田に右強制執行に服する意思があつたとしても、右控訴人等四名において、山田が右意思の存在を知つていたような場合ならかく別、このような点については控訴人においてなんの主張立証もしていないのであるから、右控訴人四名が右強制執行停止の措置をとつたとの一事で、ただちに、右控訴人等四名が山田に関係なく独立して控訴人の本件土地の使用収益を妨げたとはまた断定することはできない。従つて、上記認定のような事実関係のもとでは、右被控訴人等四名が強制執行停止の措置をとつたことと、控訴人が本件土地の使用収益できなかつたこととの間に相当因果関係を認めることはできない。その他控訴人の提出援用した全証拠によるも、本件では上記説示のかくべつの事情の存在することは、これを認めがたいところである。
四、してみると、控訴人が本件土地を使用収益ができないことによつて蒙つた賃料相当の損害につき、被控訴人等に不法行為上の責任のあることを前提として、その損害の賠償を求める控訴人の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、失当であるからこれを棄却すべく、被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行を除くその余の被控訴人等について、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、なお被控訴人沢田元右エ門の相続人である被控訴人沢田喜道、岩淵さと、石神静、沢田敏行の四名に対しては、控訴人は当審で新にその相続分に応じた請求をなしたので、右請求もその他の点について判断するまでもなく、失当として棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)