大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1671号 判決

右のように控訴人は終戦前から屑鉄の販売を小規模に営んでいた事実があるとはいえ現在の屑鉄営業は昭和二十四年頃から被控訴人を経営の中核として新たに本格的に開始されたものであつて、これを控訴人の単独経営と見る余地に乏しく、又右経営には控訴人その他の家族がそれぞれその能力に応じて協力しているのであるからこれを被控訴人の単独経営でその他の者は被控訴人に従属する使用人であると認めることは正鵠を失するけれども、右営業を以て控訴人と被控訴人との両名による共同経営であると断定することも困難であり、結局右営業はいわば控訴人、被控訴人その他の家族で構成される家族協同体に属するものともいうべきである。従つて右営業の帰属者の点から検討しても本訴土地建物が控訴人の所有であり又は控訴人がこれについて二分の一の持分を有する旨の控訴人主張事実を支持することはできない。

以上のように控訴人主張事実はこれを採用することができないばかりでなく、かえつて前掲乙第一号証から第八号証まで、乙第九号証の一、二原審証人千葉真一、永沢ヒサの各証言並びに原審及び当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果(控訴人の原審は第一回)を総合すれば、本件土地建物を取得した当時控訴人と被控訴人との間柄は極めて円満であり、仮に右土地建物を一家の最年長者である控訴人の所有としておいても早晩控訴人夫婦は死亡して被控訴人がこれを相続することになることは明らかであり、そうなれば徒らに多額の相続税に苦しむことになるので、これを最初から被控訴人の所有としておけば将来も相続税負担の要がないことになる等の考慮から、控訴人及び被控訴人等合意の上最初からこれを被控訴人の所有とすることに定め他の家族にも異議がなかつたので、前記のように被控訴人がその名で右土地を買入れ、その名で右建物の建築認可を受け請負人に請負わせてこれを完成させその所有権を取得したものであることを認めることができる。原審証人千葉真一、同永沢ヒサの各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)によれば、右土地建物の権利証は昭和二十九年頃までは控訴人の妻永沢ヒサにおいてこれを保管していたことを認めることができるけれども、当時は控訴人と被控訴人とは同居しており、永沢ヒサが営業の経理を担当していたことは前認定のとおりであるからこれらの事情と対照すれば右権利証を控訴人の妻が保管していた事実は必ずしも右土地建物が控訴人の所有であることを推認すべき資料とはならない。原審証人千葉真一、同永沢ヒサの各証言並びに原審及び当審における控訴人永沢幸七本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。従つて控訴人被控訴人等の営業の実情は前記のとおりであり本訴土地建物取得の資金は右営業の利益の中から支出されているにもかかわらず右土地建物は控訴人の所有又は控訴人と被控訴人との共有ではなく被控訴人の単独所有というべきである。

成立に争のない甲第六号証、原審証人千葉真一、同永沢ヒサ同小堀己之助の各証言並びに原審及び当審における控訴人永沢幸七(原審は第一回)及び被控訴人永沢正年各本人尋問の結果を総合すれば、従来至極円満であつた控訴人と被控訴人との間柄は昭和二十九年頃から感情の阻隔を来たし、遂に昭和二十九年十二月二十六日被控訴人夫婦は控訴人夫婦と別れてそれまで親子同居していた横浜市鶴見区市場町の家から本訴建物に引移り別居し、その後昭和三十一年一月六日夜酔つて本訴建物を訪れた控訴人と被控訴人との間に喧嘩が起り、控訴人が負傷し、翌朝控訴人が刃物を携えて被控訴人方に至りこれを刺そうとして負傷させたため両者は完全に対立し、同月中被控訴人より控訴人夫婦を相手に離縁の調停申立がなされ、爾来現在に至るまで両者の間には全く融和の兆もなく、従来の屑鉄営業は専ら被控訴人夫婦だけによつて継続されていることが認められ、このような現状から考えるときは、本訴土地建物を被控訴人の単独所有となした前示の措置は、現在においてはその基礎を失つてしまつたきらいがあるけれども、かような不和の予想されなかつた当時としては右措置は一家の円満と幸福のためよく考慮された賢明な策であつたものとして首肯できることであり、それが当事者の通謀による虚偽の意思表示であつたことその他右不動産が被控訴人の所有であることを動かすに足りるような特段の事情は既に説示して排斥したもの以外にはこれを認めるに足りる資料がない。

(川喜多 小沢 位野木)

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