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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1752号 判決 1958年2月17日

控訴人 債権者 石渡武治

訴訟代理人 樋渡直人 他一名

被控訴人 債務者 福井善治

訴訟代理人 五十嵐太仲

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人(債権者)と被控訴人(債務者)間の横浜地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第二四六号工事中止仮処分命令申請事件について、同裁判所が昭和三十二年五月十七日なした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

理由

本件記録を調べると、控訴人が控訴の趣旨記載のような原裁判所から仮処分決定を得たところ、被控訴人が昭和三十二年五月二十一日異議を申立てたので、原裁判所が口頭弁論を開いて審理を初めた処、被控訴代理人は昭和三十二年七月十一日書面で右異議の申立を取下げたが、控訴代理人はその取下げに同意せず、右異議の取下げは効力を生じないと主張したので、原裁判所は、本件異議事件は右異議申立取下によつて終了した」と判決したことを認めることができる。

被控訴人のなした右異議の取下が有効かどうかについて判断する。

仮処分命令に対する債務者の異議申立は、口頭弁論を経て仮処分申請の当否についての審判を求める申立てであるが、仮執行宣言前の支払命令のように、支払命令に対する異議申立によつて支払命令が効力を失う(民訴法第四三七条参照)のとは異り、仮処分命令の効力は異議申立によつても効力を失うことなく存続するのであるから、判決においても、仮処分命令申請の当否についてのみ審判するのではなく、すでになした仮処分命令の認可、または取消の裁判をなしているのである。従つて、仮処分命令に対する異議申立の取下げの効力を認めても、すでに発した仮処分命令の効力をそのまま存続させることとなるのであるから、その取下げを認めるということは、法律上意味があるばかりではなく、債務者において、口頭弁論で仮処分命令申請の当否について審理を受けることをやめ、自己に不利な仮処分命令の効力を存続させることを容認するというのであり、仮執行宣言付の支払命令の異議を取下げ或は控訴を取下げると同じように、債務者においても取下げる利益がないと即断することはできないから、仮処分命令に対する異議申立ては取下げができるものと解する。

仮処分命令に対する異議の取下げについて民事訴訟法第二三六条第二項の準用によつて債権者の同意がないとその効力を生じないかどうかについて判断する。

仮処分命令に対する異議に基いて口頭弁論を開いた以上、判決で右仮処分命令の申請が理由がありとして、さきになした仮処分命令が認可され、それが確定すれば、債務者から再び異議の申立がなされないという反射的の利益あることは否定できない。しかし、この利益は本案判決の既判力とは異り、仮処分命令が効力を有する間という一時的のものであるばかりではなく、異議が取下げられた当時と少しでも事情が変り、新な証拠方法が加えられた程度でも異議の申立てができるのであるから、この場合の債権者の反射的の利益は訴の取下の場合の被告の利益に比較すれば相当大きな差があるばかりではなく、仮処分手続はもともと終局的な権利義務の存否を確定するものではないから、異議の取下げについては、控訴期間内の控訴の取下の場合(第三六三条)と同様に、第二三六条第二項の準用がないと解するのが、むしろ仮処分手続の迅速に暫定的な処分をなす性格に照応するものと解する。

そうであるから、被控訴人のなした本件仮処分命令に対する異議の取下は、控訴人の同意はなくも有効で、本件異議手続は右取下によつて終了したと解するを相当とする。

よつて、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項により棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

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