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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1979号 判決 1958年12月23日

事実

控訴人(一審原告、敗訴)小森谷晃は請求の原因として、控訴人は被控訴人電路工業株式会社(以下単に電路工業と略称)に対する元本金二百五十万円の貸金債権の支払を担保するため、昭和二十九年二月二十七日右被控訴人から、同被控訴人が被控訴人日本通信建設株式会社(以下単に通信建設と略称)に有するとされた請負代金百五十九万二千円の債権の譲渡を受け、被控訴人電路工業は同年三月三日内容証明郵便を以てその旨を被控訴人通信建設に通知し、該書面は翌四日右被控訴人に到達した。ところが被控訴人電路工業はその後被控訴人通信建設に対し、右債権譲渡の事実を否定した上、同月中に右請負代金の支払を受けた。しかしながら、右債権譲渡は被控訴人電路工業の代表取締役佐々木仁の承諾によつて成立し、これにつき適法な通知がなされたものである以上、右被控訴人においてこれを否定できるものでないのは勿論、被控訴人通信建設においても前記弁済を以て控訴人に対抗し得るものではないから、控訴人は被控訴人電路工業との間において前記請負代金の債権が控訴人に帰属することの確認を求めるとともに、被控訴人通信建設に対し右請負代金百五十九万二千円に完済までの遅延損害金を付した金員の支払を求めると主張した。

被控訴人電路工業は抗弁として、同被控訴人が当時控訴人に対し金二百五十万円の債務を負担していたというのは、元来宮崎三郎及び高野与作が被控訴人電路工業の経営に参画し、当面の資金操作に使用する目的で金二百五十万円を出資しながら、間もなくこれが控訴人からの借入金であることを明らかにしてにわかにその返済を迫つたので、被控訴人電路工業においてもやむを得ずその要求に従い、昭和二十九年二月頃宮崎、高野等の控訴人に対する借入金債務の引受をなしたものであつて、その支払のため担保を供すべき筋合は少しもなかつたのである。被控訴人電路工業としては、昭和二十九年二月中控訴人から宮崎三郎を介して控訴人に対する前記債務の支払を担保するため被控訴人通信建設に対する前記請負代金債権を譲渡すべき旨の申入を受けたがこれを拒絶したのである。しかるに被控訴人電路工業の名を以て被控訴人通信建設に対し右債権譲渡の通知がなされたのは、宮崎三郎が被控訴人電路工業の名を冒用してなしたものであつて、被控訴人電路工業の関知するところではないと主張した。

被控訴人通信建設は同じく抗弁として、昭和二十九年三月六日被控訴人電路工業は被控訴人通信建設に対し右債権譲渡の事実を否定し、右通知は被控訴人電路工業の関知しないものであることの確認を受けたので、これを信じて前記支払をしたものであるから、右弁済は有効であつて、控訴人に対し二重の支払をする筋合はないと主張した。

理由

先ず本件債権譲渡およびその通知について判断するのに、証拠を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、(1)被控訴人電路工業は電気通信工業請負業を営む会社であるが、昭和二十八年九月頃資金難に陥つたので、宮崎三郎および高野与作に金融のあつせんを申入れ、同人らの尽力によつて控訴人より二百五十万円を借入れることに成功し、宮崎および高野はこれを機会に被控訴人電路工業の経営に参画することとなり、同年十一月二十五日高野はその代表取締役に、宮崎はその取締役経理部長に就任したが、同社の従来の経営者佐々木仁らと折合わず、しかも同社の経営内容は極めて悪いことが判明し、高野は就任早々辞意を表明し、宮崎もまた控訴人に二百五十万円を出金させた手前、右貸付金を早期に回収しようとしたが、故あつて昭和二十九年始頃経理部長を辞任するに至つたこと、(2)宮崎は右回収の方法につきかねてK弁護士に相談していたところ、この際同弁護士から教わつた債権譲渡契約書およびその通知書の書式を利用して、被控訴人電路工業の第三者に対して有するケーブル土木工事等に関する債権を控訴人に譲渡させて右貸金債務の弁済を確保しようとしたが、右の譲渡すべき債権の数額等が判明しないため右の措置をとれないでいたこと、(3)被控訴人電路工業の経営は益々悪化し、右債務を履行しないのみならず、昭和二十九年二月下旬頃にはその工事現場の人夫賃の支払にも窮する状態となつたので、佐々木も金融に腐心し、宮崎に三、四十万円の融資のあつせんを依頼した。そこで宮崎は同月二十七日被控訴人電路工業代表者佐々木仁と合意の上その急場を救うため、かつ控訴人に対する手前もあり、被控訴人電路工業に二十万円を貸付け、その代り被控訴人電路工業より控訴人に対し右二百五十万円の債務の弁済のため被控訴人電路工業の被控訴人通信建設に対する請負代金債権を譲渡することとし、宮崎は被控訴人電路工業社員をして、かねてK弁護士から教えられていた債権譲渡契約書およびその通知書の書式に従い、債権譲渡契約書、債権譲渡の通知書を浄書せしめ、これらに佐々木をして被控訴人電路工業の代表者印をその名下と欄外とに押捺せしめ、かつその際佐々木の命により被控訴人電路工業の社員に右請負代金債権の内容を調査させたところ、その金額は百五十九万二千円に達することが判明したので、佐々木も右金額を控訴人に譲渡することを確認したこと、(4)控訴人もまた当時右譲渡契約につき連絡報告を受け、これを承諾していたこと。以上のとおり認められるのであつて、これらの認定事実によれば、被控訴人電路工業は昭和二十九年二月二十七日、控訴人に対し前記二百五十万円の貸金債務の弁済のため被控訴人電路工業の被控訴人通信建設に対する請負工事代金百五十九万二千円を譲渡し、直ちに被控訴人通信建設に対しその旨を通知すべく、控訴人において被控訴人通信建設より右債務の弁済をうけたときは、取立費用を控除してその残額を右二百五十万円の債務の弁済に充当する旨合意したことが明らかである。そして被控訴人通信建設が昭和二十九年三月四日被控訴人電路工業名義の右請負代金を控訴人に譲渡した旨の通知書を受け取つたことは当事者間に争がなく、前記認定事実によれば右通知は被控訴人電路工業代表者佐々木仁の意思に基くものであるから、もとより有効である。

よつて被控訴人通信建設は債権譲受人である控訴人に対して右請負代金債務を弁済すべきところ、被控訴人通信建設は昭和二十九年三月六日右債権の準占有者である被控訴人電路工業に対して右代金債務を弁済したから、右弁済は有効であつて、もはや控訴人に弁済する義務はないと主張するので考えるに、債権の準占有者に対する弁済は、弁済者が善意であることはもちろん、取引上必要とされる注意を怠らなかつた場合にのみ弁済の効力を有するものと解すべきものである。しかして証拠によれば、被控訴人通信建設では、被控訴人電路工業の発した債権譲渡通知書を受け取つた後、被控訴人電路工業の佐々木社長に電話したところ、佐々木社長は、これは自分たちの意思でやつたものではないと否認したことと、その後被控訴人電路工業の宮崎三郎が被控訴人通信建設に来て請負代金の支払見込を訊ねたところ、同被控訴人の社員佐藤に、それは被控訴人電路工業の佐々木社長が否認しているから、控訴人の方には支払わない旨答えたことが認められ、さらにその後被控訴人電路工業から同通信建設に対し、前記債権譲渡の通知について、「社内において手違から、かかる間違を起し大変御迷惑を掛け誠に恐縮とは存じますが、何卒三月四日付内容証明書は無効と致しますから真情御汲取の上御了承賜り度」と記載された書面が出されたことが認められる。債権譲渡の通知は、当時は偽造であるとは説明されず、ただ「社内において手違」から発せられたと弁解されたに過ぎず、一方「社内」の一人である宮崎は、控訴人に対する弁済を求めていたことが認められるのである。このような事情の下で、債権譲渡が無効であると信じたとする被控訴人通信建設代表者の証言は信用すべからざるものというべきである。かえつて同人の証言中、被控訴人電路工業の宮崎からは右債権を控訴人に弁済するよう求められたとする部分によれば、むしろ被控訴人通信建設の右弁済は、債権の準占有者に対する悪意の弁済と認められるのである。のみならず、仮りに、被控訴人通信建設が、前段認定の債権譲渡通知の到達にもかかわらず、前記書面を受け取つたり、佐々木社長に否認されたりしたことによつて、債権譲渡の通知が間違であり、依然として被控訴人電路工業が債権者であると信じたとすれば、一般取引上必要とされる注意を甚しく怠つたものというべきである。何となれば、一旦債権譲渡の通知が到達した以上、その後において債権者たる外観を有する者は、債権譲渡通知に債権譲受人として表示された控訴人であり、譲渡人たる被控訴人電路工業は債権者たるの外観を失つたものというべきである。従つてこのような場合、被控訴人通信建設としては、被控訴人電路工業の「社内において手違」というような弁解には疑を抱かなければならないのであつて、債権の譲受人として表示された控訴人に対し債権譲渡の有無につき照会するのが、取引上当然なされなければならぬことであり、また常識ある経済人であるならば、そのようにするのが通常であろうと思われるのである。その結果控訴人と被控訴人電路工業との間に債権の帰属につき争があり、被控訴人通信建設として判断に苦しむ場合には、供託によつて債務から免れる道も設けられているのである。従つて、仮りに被控訴人通信建設の右弁済が債権の準占有者に対する善意の弁済とすれば、過失あるものというべきである。

よつて被控訴人通信建設の右弁済は、以上何れの理由からしてもその効力がないものというべきであるから、控訴人の請求は理由があると認容すべきところ、これと異なる趣旨に出でた原判決は失当であるとしてこれを取り消した。

(注) 原判決は、本件債権譲渡通知を以て、宮崎三郎の偽造にかかるものと認定して、控訴人の請求を棄却した。

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