東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2084号 判決 1960年4月28日
控訴人 阿部信 外五名
被控訴人 高島美知子
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
但原判決主文第二項を次のとおり変更する、
控訴人森本恒喜は別紙目録記載の第一の建物の一階から退去してその敷地十三坪七合五勺(実測十六坪五合)を被控訴人に明渡せ、
控訴人中村晃は別紙目録記載の第一の建物の二階から退去してその敷地九坪六合二勺(実測十坪五合)を被控訴人に明渡せ、
控訴人西戸亀雄こと松浦亀雄は別紙目録記載の第二の建物の内奥の五畳(二坪五合)を除きその余の部分から退去してその敷地六坪五合を被控訴人に明渡せ、
控訴人石田輝香、同石田清子は別紙目録記載の第二の建物の内四畳半(二坪二合五勺)を除きその余の部分から退去してその敷地六坪七合五勺を被控訴人に明渡せ、
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人等はいずれも、「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する、但控訴人阿部信を除くその余の控訴人等に対し主文第一項但書と同趣旨に変更する」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において、控訴人阿部信を除くその余の控訴人等は主文第一項但書のとおりそれぞれ建物の一部に居住しその敷地を占有している。被控訴人から訴外小川甚之助に対する本件土地の賃貸借契約解除の意思表示が同訴外人に到達したのは、昭和二十九年四月二日であると述べ、控訴人阿部信代理人において、訴外小川甚之助は昭和二十七年八月一日被控訴人から本件土地を建物所有を目的とし、賃料一箇月金千三百七円毎月二十日限り当月分を支払うことと定め、期間を定めないで賃借したものである、しかして被控訴人から右訴外人に対する被控訴人主張の条件附賃貸借契約解除の意思表示が被控訴人主張の日に同訴外人に到達したことはこれを認める。なお、被控訴人は親権者父高島正明が代表者である株式会社登の営業所狭溢のため本件建物収去後同会社の新社屋建築のため本件土地の明渡を受ける必要がある旨を主張するけれども同会社は既に倒産し破産状態にあり新社屋を建築する資力もない、それにもかかわらず同控訴人が訴外小川甚之助から本件土地に対する借地権を譲受けることを被控訴人において承諾しないのは高額の借地名義書換料を獲んがためであつて、被控訴人の右土地明渡の請求は権利の濫用である。仮に、権利の濫用でないとしても、本件土地の借地権は訴外小川甚之助から控訴人阿部信に譲渡されたものであるところ、被控訴人は右借地権譲渡を承諾しないから、同控訴人は借地法第十条により被控訴人に対し本件建物を時価を以て買取るべきことを請求すると述べ、控訴人阿部信を除くその余の控訴人等代理人は被控訴人から訴外小川甚之助に対する催告並に条件附契約解除の意思表示が被控訴人主張の日に同訴外人に到達したことはこれを認めると述べ、新た証拠として、被控訴人は、甲第七、第八号証を提出し、当審における被控訴人法定代理人高島正明本人訊問の結果を援用し、乙第二号証、同第三、第四号証の各一、二、同第五号証の成立並に右乙第二号証が控訴人阿部信主張の写真であることは認めると述べ、控訴人阿部信代理人は、乙第二号証、同第三、第四号証の各一、二、同第五号証を提出し、当審鑑定人石川市太郎の鑑定の結果を援用し、なお、乙第二号証は昭和三十二年十月十七日訴外齊藤元佑が撮影した訴外株式会社登の店舗の写真である、甲第六号証の一、二(これについては原審における認否を訂正)同第七、第八号証の成立を認めると述べ、控訴人阿部信を除くその余の控訴人等代理人は、甲第七、第八号証の成立を認めると述べた外原判決の事実に摘示されたとおりであるからこれを引用する。
理由
東京都台東区浅草田中町一丁目二番地の七宅地四十三坪五合九勺(本件土地)が被控訴人の所有に属すること、控訴人阿部信が右土地上に別紙目録記載の第一、第二の建物を所有し右土地を占有し、控訴人阿部信を除くその余の控訴人等が被控訴人主張の建物部分に居住してそれぞれ本件土地の右敷地部分を占有していることは当事者間に争がない。よつて、先ず、(一)、控訴人阿部信が右土地につき賃借権を有するや否やについて考えるのに、被控訴人が昭和二十七年八月一日訴外小川甚之助に対し右土地を賃料一箇月金千三百七円、毎月二十日限り当月分を支払うことと定め期間を定めないで賃貸し、同訴外人が右土地上に別紙目録記載の第一、第二の建物を所有していたこと、控訴人阿部信が昭和三十年九月三十日右建物を競落取得したことは被控訴人の認めるところである。しかるに被控訴人は右賃貸借関係は解除により終了したと主張するから案ずるに、成立に争のない甲第一号証、同第五号証、原審における被控訴人法定代理人高島正明の供述によれば、訴外小川甚之助は昭和二十七年九月分から昭和二十九年三月分までの右土地の賃料合計金二万四千八百三十三円を支払わなかつたので、被控訴人の親権者父高島正明名義を以て右小川甚之助に対し右延滞賃料を催告書到達後三日以内に支払うべく、これが支払をしないときは右賃貸借契約を解除する旨の催告並に条件附契約解除の意思表示を発しこの催告並に解除の意思表示は同日右小川甚之助に到達したことが認められる、(但右到達の事実は当事者間に争がない)。しかして右小川甚之助が右催告に応じて延滞賃料を支払つたことについては何の主張も立証もないから右小川甚之助は右賃料を被控訴人に支払わなかつたものとして考察を進める外はない。ところで、右甲第一号証、被控訴人法定代理人高島正明の供述、真正に成立したものと認める甲第四号証によれば、催告並に条件附契約解除の意思表示は右高島正明が被控訴人の親権者として民法第八百二十四条により被控訴人に代り右小川甚之助に対してしたものと認めることができる。この認定を覆えすに足る証拠はないから右催告並に条件附契約解除の意思表示により右賃貸借契約は右催告期間の経過と共に解除されたものというべきである。(尤も右催告並に解除の意思表示に被控訴人の親権者母高島アサ子の氏名が表示されていないけれども同人も本訴提起に加つているところから見て右催告等はその意思に反しなかつたことが推測されるばかりでなく、民法第八百二十五条本文の趣旨から考えても右催告並に解除の意思表示はその効力を妨げられるものではない。なお、右催告における延滞賃料額は上記延滞賃料額に比し金四十円を超過しているけれどもこの程度の金額の相違のために右催告が無効となることはないものと解する。)従つて右小川甚之助所有の別紙目録記載の建物二棟を右解除後である昭和三十年九月三十日競落により取得(競落については当事者間に争がない)した控訴人阿部信も被控訴人に対する右小川甚之助の本件土地に対する賃借権を承継取得することはできないものというべきである。次に、(二)、控訴人等は被控訴人の本件土地明渡請求は権利の濫用である旨を主張するけれども右請求を以て権利濫用と解するに足る事情の存することについてはこれを認めるに足る何等の資料もない。更に、(三)、控訴人阿部信は被控訴人に対し借地法第十条にもとずき前記建物の買収を請求する旨を主張するけれども、同控訴人が右建物を競落により取得したのは被控訴人と訴外小川甚之助間の前記賃貸借契約解除後であること上述したところにより明であつて、このような場合には同控訴人において被控訴人に対し買取請求権を行使することができないものと解すべきであり、従つて右権利行使を前提とする主張は許されないものというべきである。以上のように控訴人等の主張はいずれも理由がなく、控訴人等において、本件土地を占有する権限を有することについては他に何等の主張も立証もないから、被控訴人に対し控訴人阿部信は別紙目録記載の建物二棟を収去して本件土地を明渡すべき義務がありその余の控訴人等はそれぞれ右建物の占有部分から退去してこれを明渡すべき義務のあることが明かであるから、結局被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて本件控訴はいずれも理由がない。(但し、控訴人阿部を除く控訴人等の各占有部分従つて明渡を命ずる部分を明確にするため原判決主文第二項は本件主文但書のように変更するのが相当である。)
よつて、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十三条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。
(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)
別紙目録
第一、東京都台東区浅草田中町一丁目二番地七
家屋番号同町二番の十四
木造瓦葺二階建店舗兼居宅 一棟
建坪 十三坪七号五勺
二階 九坪六合二勺
第二、東京都台東区浅草田中町一丁目二番地七
家屋番号同町二番の十三
木造瓦葺平家建作業所 一棟
建坪 九坪