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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2245号 判決 1961年3月28日

控訴人(原告) 田多井四郎治

被控訴人(被告) 神奈川県農業委員会訴訟承継人神奈川県知事

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

原判決を取消す。

昭和二十六年三月二十三日神奈川県農地委員会がした、控訴人の昭和二十五年十二月十一日附訴願を棄却する旨の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は差戻前における第一、二、三審の分及び差戻後における当審の分共すべて被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文第一、二項と同旨及び訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、左記の外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(但し原判決四枚目裏五行目から六行目にかけて「乙第一、二、三号証の成立を認め」とあるのを「乙第一、二号証の成立竝びに乙第三号証の原本の存在及び成立を認め」と訂正する。)

控訴人は、

(一)  本件土地はもと土地台帳上(1)川崎市登戸新町百六番畑二畝二十歩及び(2)同所百七番畑二畝十五歩であつたが川崎市登戸土地区画整理組合による区画整理施行後その地目は宅地と変更せられ本件買収計画の定められた昭和二十五年十一月十九日当時は(1)前同所百六番宅地八十坪六合六勺及び(2)同所百七五番宅地七十坪九合六勺となつていた。

(二)  本件土地は右組合が区画整理事業の費用にあてるために保留していたいわゆる替費地であつて控訴人は同組合よりこれを買受けたものである。控訴人が同組合の換地処分により本件土地を取得した旨の従前の主張を右の如く訂正する。そして控訴人は昭和二十五年四月二十二日本件土地につき宅地としての所有権保存登記をすませた。従つて本件土地は前記買収計画の定められた当時には既に自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)にいう農地ではなく、宅地であつたことは明らかであるから本件買収計画は違法である。

(三)  控訴人は本件買収計画の定められた当時本件土地の所在地である川崎市登戸新町に居住していたからいわゆる不在地主ではない。このことは本件土地とは別に控訴人が右組合から換地処分を受けて取得した同市登戸新町十三番、同所十四番、及び同所百八番の三筆の土地について川崎市稲田地区農地委員会が当初控訴人を不在地主としてその買収計画を定めたのに対し控訴人より不在地主でないことを主張して異議を申立てたところ同委員会は控訴人の異議を理由ありと認め本件外の右三筆に対する買収計画を取消した事実に徴しても明らかである。従つて本件土地について控訴人を不在地主であるとして前記委員会が定めた買収計画は違法である。

と述べ、

被控訴代理人は、

(一)  控訴人主張の前記(一)の事実、(二)の事実のうち本件土地がいわゆる替費地であつて、控訴人がその主張の区画整理組合よりこれを買受けたこと及び同土地につき控訴人主張の如き所有権保存登記の存すること、(三)の事実のうち控訴人が本件土地以外にその主張の三筆の土地を所有していたこと及び同土地が控訴人主張の如く換地された土地であることはいずれもこれを認めるが、(二)及び(三)のその余の主張事実はこれを争う。控訴人が本件土地の買収計画の定められた当時その主張の場所に居住していた事実はない。

(二)  本件土地が自創法第二条第一項にいう農地であることは次の諸点からみても明らかである。すなわち、

(1)  控訴人主張の登戸土地区画整理組合は都市計画法第十二条に基ずき都市計画区域内にある土地につき区画整理を施行する組合として昭和十六年三月二十九日神奈川県知事の認可を受けて設立されたものである。一般に、土地区画整理には、都市計画法第十二条に基ずき区画整理組合が宅地としての利用を増進するために施行するいわば任意的区画整理と、同法第十三条に基ずき都市計画として内閣の認可を受けた土地区画整理を公共団体が都市計画事業として施行するいわば強制的区画整理とがあつて、両者は著しくその性格を異にし、前者にあつては地区内の土地所有者が地価の値上りによる転売利益を目的として施行する場合が極めて多く、又その施行地域も広域に及び純然たる農村及び山林地帯を含む場合が多いのであつて、その区画整理による宅地化の程度は後者の公共団体による強制的区画整理の場合とは決して同一ではないのである。都市計画法第十二条に「その宅地としての利用を増進するため」と定めていることは必ずしも現実に農地が宅地化されることを意味するものではない。

(2)  前記区画整理組合の施行した区画整理は市街地的区画整理ではなく田園的区画整理である。すなわち右区画整理施行地区内の土地はもと多摩川の河川敷地であつたが明治中期の頃から逐次開墾耕作せられ右区画整理の開始された昭和十六年頃には十戸余の農家が散在していた外地区内土地の大部分は耕作の目的に供されていたのである。そして同組合が施行した工事は各筆の土地の区画の整然化(境界線の凸凹の是正)を主なものとしそれに附帯して道路の整備がなされた程度であつて、本件買収計画の定められた昭和二十五年十一月当時における区画整理地区全般の状況は道路の新設拡張に伴い若干の農地は減少したが本件土地を含む大部分の土地は従前通り耕作の目的に利用されていたのである。かようなわけであるから本件のような田園的区画整理においてはたとい換地処分が行われたとしてもその宅地化の工事が完了したものと推測することはできないのである。

(3)  自創法は耕作の目的に供される土地である以上それが土地区画整理地区内にあると否とを問わず等しくこれを農地とする前提に立つた上で農地政策と土地区画整理事業との調整をはかるために特に第五条第四号の規定を設け、都市計画法第十二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地の境域内にある農地で都道府県知事の指定する区域内にあるものに限り買収より除外することを規定しているのであるが、本件組合の区画整理施行区域内の土地は右規定に基き昭和二十二年十一月二十六日附で農林次官内務次官戦災復興院次長より都道府県知事に対しなされた共同通達所定の指定基準に該当しなかつたので本件土地については固より右費収除外の措置は採られていないのである。従つて本件土地が自創法による買収の対象となるべき農地であるかどうかはもつぱらその現況が耕作の目的に供される土地であつたかどうかにより決すべきである。本件土地に関する登記簿上の地目が区画整理の結果宅地と変更されたことは何等買収を妨げる事由とはならない。

(4)  昭和二十八年五月二十八日最高裁判所の言渡した判決は既に地上に建築許可を受けて家屋の建築に着工し土台石を運び入れた土地に関する事案であつて、家屋建築の着工は勿論その具体的計画すら存しなかつた本件の場合とは全く事情を異にするから、固より両事件を同一に論ずることはできない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、川崎市稲田地区農地委員会が昭和二十五年十一月十九日控訴人所有にかかる同市登戸新町百六番宅地八十坪六合六勺及び同所百七番宅地七十五坪九合六勺の二筆の土地、すなわち本件土地について自創法第三条第一項第一号に基き買収計画を定めたこと、控訴人がこれに対し同月二十四日異議を申立てたが同年十二月一日右異議が却下されたので更に同月十一日神奈川県農地委員会に訴願したところ同委員会が昭和二十六年三月二十三日右訴願を棄却する旨の裁決をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人は、川崎市稲田地区農地委員会の定めた本件土地の買収計画は違法であり、従つて神奈川県農地委員会が控訴人の訴願を棄却した裁決も違法であるからこれが取消を求めるといい、その理由として、先ず本件土地は農地ではないと主張するので、この点につき考察する。

本件土地は、もと、土地台帳に(イ)川崎市登戸新町百六番畑二畝二十歩及び(ロ)同所百七番畑二畝十五歩として登録されていたが川崎市登戸土地区画整理組合による区画整理施行の後その地目が宅地に変更せられ、本件土地買収計画の定められた昭和二十五年十一月十九日当時において右(イ)の土地は同所百六番宅地八十坪六合六勺及び(ロ)の土地は同所百七番宅地七十五坪九合六勺として土地台帳に各登録されていたこと、本件土地は右区画整理組合がその事業費にあてるために保留しておいたいわゆる替費地であつて、控訴人は同組合よりこれを買受け昭和二十五年四月二十二日その地目を宅地として自己のために所有権保存登記をすませたこと、本件買収計画の定められた当時本件土地の現況は耕作地であつて訴外手塚福次郎及び手塚与助が同土地を耕作していたことはいずれも当事者間に争いがない。そして右争いない事実と成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第二号証、当審証人小泉貞治の証言(第三回)により成立を認めうる甲第三号証の一、二、第五号証の三、四、第六号証(但し甲第三号証の二及び同第五号証の四のうち郵便官署作成部分の成立は当事者間に争いがない)、当審証人稲垣操の証言により成立を認めうる乙第六号証、第七、第八号証の各一、二、原審証人手塚福次郎、手塚与助の各証言、原審及び当審における証人小泉貞治(当審は第一回ないし第三回)、井出泰文の各証言、当審証人稲垣操の証言、原審及び当審における検証の結果竝びに弁論の全趣旨を綜合すれば、(1)、前記登戸土地区画整理組合は昭和十六年三月、当時施行されていた都市計画法第十二条、耕地整理法第五十条等に基ずき本件土地を含む川崎市登戸地区内に在る約七万坪の土地を対象としてこれを宅地として利用できるように区画整理を施行することを目的として神奈川県知事の認可を得て設立されたものであること、(2)、同組合は設立後間もなくその区画整理事業に着手し昭和二十五年初め頃までの間にその区画整理のための工事を完了し同県知事の認可を得て土地の換地処分をすませ、且右七万坪の土地のうち約六千坪にあたる水田の部分を除くその他の土地について土地台帳上の地目を宅地に変換する手続をもすませた上同年四月末頃解散したこと、(3)、同組合が右の区画整理を施行した地区内の土地はもと多摩川の河川敷地であつたものを数十年前より逐次開墾耕作されて来たもので、右組合の設立当時その大部分は耕作地であつたのであるが、同組合は区画整理の施行として地区内の土地を分合し、又、地区内に縦横に通ずる巾員十米ないし三米の道路を百米ないし数十米の間隔をおいて新設し、地区内数ケ所に緑地帯又は小公園の敷地を造成する等の工事を施行した結果、地区内の土地はいずれもこれらの新設道路に面し且直線で区画された土地となり宅地としての利用に適する土地となつたこと、(4)、しかしながら本件土地を含む附近一帯の土地は右区画整理施行後本件買収計画樹立当時においてもなおその大部分は引続き耕作に利用せられ現実に建物の敷地として利用せられていたものは少部分に過ぎなかつたこと、(5)、控訴人が前記組合から買受けた本件土地も右区画整理によりほぼ矩形に区画せられその二側面(百六番の北側と西側、及び百七番の北側と東側)はいずれも巾員約五米の道路に面し他の二側面は直線の境界で隣地に接するようになつた土地であること、(6)、控訴人は本件土地を買受後訴外手塚与助及び手塚福次郎の両名に対し、控訴人より請求次第返還すること各自の使用面積の四分の一からとれる作物を控訴人の所得とすること等の約束で耕作することを承諾し本件買収計画樹立当時まで引続き同訴外人等においてこれを耕作していたこと、(7)、本件土地は国鉄南部線登戸駅及び小田急線稲田多摩川駅よりそれぞれ徒歩十五分のところにあり、交通機関の便はよいこと(交通関係は原審検証当時と本件買取計画樹立当時との間に差異はないものと認める)等の事実を各認めることができ、他にこの認定を覆すべき資料はない。

自創法は、同法による買収の対象となるべき農地とは耕作の目的に供される土地をいうと規定するけれども、現に耕作されている土地であつても必ずしも常に同法にいう農地と認めねばならないものではなく(最高裁判所昭和二十八年五月二十八日言渡判決及び同昭和三十二年十月八日言渡判決参照)、さきに説明したように、本件土地を含む附近一帯の土地に対し登戸土地区画整理組合による区画整理が施行せられこの区画整理は本件土地に対する買収計画の定められた昭和二十五年十一月以前に完成し、その区画整理の結果、本件土地は区画整理区域内の他の大部分の土地と共に宅地としての利用に適するように区画及び道路の整備がなされ且土地台帳上の地目も宅地に変換されたのであつて、これらの事実になお前記の如き交通機関の利便の点をも斟酌するときは、本件土地は右買収計画樹立当時既に宅地化されていたもので、たといそれが事実上耕作されていたとしても自創法にいう農地には該当しないものと解するのが相当である。

被控訴人は右買収計画樹立当時本件土地は農地であつたと主張し、その理由として当時本件土地が訴外手塚福次郎外一名により現に耕作されていたことの外本判決事実の部(二)の(1)ないし(3)の通り主張する。しかしながらさきにも説明した如く現に耕作されている土地であつても必ずしも常に農地であると認めねばならないものではないから、本件土地が被控訴人主張の如き耕作地であつたこと(このことは当事者間に争いがない)は右の認定を妨げるものではなく、又被控訴人が右(二)の(2)において主張するように本件土地附近に多数の耕作地が存在していたとしてもそのことから直ちに本件土地の宅地化は未だ行われていなかつたものと認めることは正当でない。被控訴人が右(二)の(1)の主張でいうところは単に一般的傾向をいうに過ぎないのみならずその主張を肯認しうべき資料も存しない。本件土地を含む前記区画整理施行地区内の土地について自創法第五条第四号に定める県知事の買収除外指定がなされなかつたことは成立に争いない乙第一号証と原審証人井出泰文の証言からこれを窺うに難くないけれども、かかる指定の有無とある土地を農地と認むべきか否かとは別個の問題であることは同法の規定上明らかであるし、被控訴人が右(二)の(3)の主張でいうように右の指定のない以上本件土地が農地であるか否かはもつぱらその現況が耕作地であるか否かにより決すべきであるとする合理的根拠はこれを見出すことができない。なおさきに掲げた昭和二十八年五月二十八日言渡の最高裁判所判決の事案はもとより本件と同様ではないけれども、さきに説明の如き事実関係に基き本件土地を非農地と解することが右判決の趣旨に牴触するものでないことは同判決理由に徴し明かである。これを要するに、被控訴人が本件土地を農地と認むべき理由として主張するところはいずれも当裁判所としてこれを首肯し難く採用するを得ないのである。

三、そうすれば川崎市稲田地区農地委員会が定めた本件土地買収計画は農地と認むべきでない土地を農地として定められた点において違法であり、神奈川県農地委員会が右買収計画を是認する趣旨でなした主文記載の裁決もまた同様違法というべきであるからこれが取消を求める控訴人の本訴請求は他の争点について判断をなすまでもなく理由ありとして認容すべきである。控訴人の右請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

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