東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2512号 判決 1958年10月15日
控訴人 日本粉砕機製造株式会社
被控訴人 伊藤牛乳協同組合こと伊藤鉱平
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し金七十万円及び内金二十万円に対する昭和三十一年五月十六日から、内金三十万円に対する同年七月二日から、残金二十万円に対する同年同月六日から各支払の済むまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は主文第一ないし第三項と同趣旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は「控訴人の控訴を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び立証は
控訴代理人において
本件手形は何れも被控訴人が個人で振り出したものである。本件手形の振出人の表示は何れも「静岡市石田町六十三番地伊藤牛乳協同組合伊藤鉱平」となつており、被控訴人が右組合の代表者であることを示す記載はなく、また、その名下にも伊藤鉱平なる個人名の印があるに過ぎないが、元来、手形がその要件を具備しているか否かは専らその証券面上の表示によつて決定さるべきものであるから、本件手形の振出人は被控訴人個人といわなければならない。なお、控訴人は本件各手形の取得当時伊藤牛乳協同組合なる法人のあることを知らなかつたものであり、また、控訴人が本件手形のうち昭和三十一年三月十五日振出の手形の裏書譲渡を受けた日は同月三十日、その他の二通の手形の裏書譲渡を受けた日は同年五月三十日、控訴人が本件手形のうち金額三十万円の手形を支払のために呈示した日は同年七月二日である。と述べ、当審における証人後藤久蔵の証言及び控訴会社代表者阿部幸輔の尋問の結果を援用し、乙第二ないし第五号証の成立を認め、
被控訴人において
仮に本件手形が何れも被控訴人の振出にかかるものと認められる場合には次のとおり主張する。すなわち、本件手形は何れも伊藤牛乳協同組合が訴外東洋酪農機株式会社(以下東洋酪農と略称する)に工事を請け負わせたことについて、被控訴人がその報酬金支払のために振り出したものであるが、右訴外会社はその請負工事を完成しなかつたから、本件手形は何れもその振出の原因を欠ぐに至つたものである。そして、控訴人はその事実を知つてこれを取得したものであるから、被控訴人は悪意の抗弁を以て対抗する。と述べ、乙第二ないし第五号証を提出した外、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
理由
成立に争のない甲第一号証の一ないし三によると、被控訴人は振出人欄の表示として「静岡市石田町六十三番地伊藤牛乳協同組合伊藤鉱平」とし、その名下に同個人名の印章を押した外、控訴人主張のような手形要件を具備する約束手形三通(金額二十万円も手形二通、同三十万円の手形一通)を振り出したこと及び控訴人はその主張のような経緯でこれが所持人となり、その主張のような各支払呈示をしたことが認められる。
しかして、右表示を以て、控訴人は被控訴人個人を示すものであると主張し、被控訴人は組合を示すものであると主張するから、その当否について按ずるに、組合、会社等の法人の代表者が法人を代表して手形を振り出す場合には、そのためにするものであること、すなわち、代表資格を表示して手形に署名又は記名押印すべきものであるが、手形法は代表資格の表示についてその方法を特定していないから、振出人欄の記載(押印を含む)の全趣旨によつて代表振出の事実が窺われるにおいては、その表示は代表資格の表示として欠けるところはないものというべきである。そして、かような見地に立つてことを考え、法人の代表者が代表振出又は個人振出の何れとも認められうる余地のある表示によつて手形を振り出した場合には、法人及び個人は所持人の選択に従いそれぞれ振出人としての責任を免れえないものと解するのが相当である。けだし、この結論こそが手形の文言流通証券たる性質に最もよく適合するからである。ところで、前段認定の表示は代表振出及び個人振出の何れとも受け取られうるものであるから、右各手形の所持人である控訴人において被控訴人を振出人と主張する以上、被控訴人はこれが振出人としての責任を免れえないものとする外はない。
次に、被控訴人主張の悪意の抗弁について按ずるに成立に争のない乙第二、三号証及び当審証人後藤久蔵の証言と弁論の全趣旨とを総合すると、伊藤牛乳協同組合は昭和三十年十月頃東洋酪農に対し牛乳処理機械の据付工事等を請け負わせ、同会社はこれを右後藤に下請けさせ七、八分どおり完成しただけで昭和三十一年五月半過に中止したこと及び本件三通の手形は何れもこの請負に関連して振り出されたものであり、控訴人はこのことを知つていた(但し、右工事の注文者は被控訴人個人と信じていた。)ことが窺われるが、進んで、控訴人が右工事中止の事実を知つて本件各手形を取得したものであることはこれを徴すべき何らの証拠もないばかりでなく、却つて、前示後藤の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は右工事中止の事実、すなわち、本件各手形がその振出の原因を欠ぐに至つたことを知らず、善意で割り引き、これを取得したものであることが認められる(控訴人が本件手形のうち昭和三十一年四月三十日振出の二通の手形の裏書譲渡を受けた日が前記工事中止の日の後の同年五月三十日であることは控訴人の自ら主張するところであるが、前示後藤の証言によると、控訴人は右工事中止の日以前に既に東洋酪農のために右二通の手形の割引をすることを約束し、その割引金を同会社に交付していたものであるばかりでなく、右五月三十日当時誰からも右工事中止の事実を聞かされていなかつたことが認められるから、控訴人が前記二通の手形の裏書譲渡を受けた日が右工事中止の日の後であることは何ら本文の認定を妨げるものではない。)から、被控訴人の悪意の抗弁は採用することができない。
して見ると、被控訴人は控訴人に対し本件三通の手形金合計七十万円の支払義務を負つていることが明瞭であるから、被控訴人に対し右手形金とその各手形金に対する各満期の日の翌日からその支払の済むまで手形法所定の各年六分の法定利息の支払を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これに反する原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡咲恕一 田中盈 脇屋寿夫)