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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)562号 決定 1958年2月19日

抗告人 川崎陸送株式会社

訴訟代理人 大野忠男

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人主張の抗告の理由は、抗告人は、東京地方裁判所昭和三〇年(ケ)第九一四号不動産競売事件において本件建物(原決定目録記載のもの)を競落し競落代金を完済し、所有権を取得したが、新田友四郎、乾憲六、石川節子、株式会社自然科学研究所は本件建物を占有しておつて抗告人え引渡さないから、原裁判所にたいして民訴法第六八七条によつて不動産引渡命令を申立てたところ、原裁判所は申立を却下した、しかし右四名の者は競売開始決定による不動産差押の効力が生じた後に右建物の占有をはじめた第三者であるから同人らにたいして前記民訴法の規定によつて建物引渡命令を発することができるはずであるから、原裁判所が抗告人の申立を却下したのは不当であるというのである。

これにたいする当裁判所の判断はつぎのとおりである。

金銭債権についての強制執行としての不動産競売および抵当権実行のためにする競売における換価手続において、所有権を取得した者すなわち競落人にたいしては、対抗要件たる所有権取得登記を得しめるはもちろん、所有者の権能として当然行い得べき占有をもめんどうな手数をかけずに得させることが競売の目的達成のために望ましいことである。

そうでないと競買申出をする者も少くなるだろうし、競買申出の価額もいよいよ低くなるであろうことはみやすいところである。これが民訴法第六八一条の引渡命令制度が設けられたわけであると解せられる。そこでこの命令は競売の目的達成のために望ましいところであることから、競売手続のつけたりの手続として競売裁判所が発するものであるから、これを発するかどうかは競売裁判所が容易に判断することができかつ、その判断はめつたにまちがわないという場合でなければならない。かような制約を頭において競売裁判所が引渡を命じ得べき占有者の範囲を考えなければならない。いうまでもないことながら、競落人の所有権取得の後、従前の所有者たる債務者、抵当不動産の所有者またはそれらの一般承継人が競落不動産を占有する場合には、これらの者は従前の占有権原をうしなつたのである。したがつて、あらたに所有権を取得して占有の権原を有するにいたつた競落人に引渡すべき義務を負う者であることは競売裁判所にとつて明白であつて、とくに調査を必要としないところである。

右のような義務者が任意に義務を履行しない場合に、裁判所は簡易迅速に、当該競売手続中において、競落人をして占有を得しめる処置を講じ得るものとするはまことに相当であつて、民訴法第六八七条による引渡命令は、強制執行における債務者抵当不動産の競落当時の所有者にたいして発し得べく、なお、これらの一般承継人も簡易に調査認定し得るものであるから、これにたいしても、発し得べきものと解するは相当である。

ところで、競落不動産が執行債務者または抵当不動産の所有者もしくはこれらの一般承継人以外の第三者の占有にある場合これらにたいして引渡命令を発し得べきかと考えるに、これを発し得るものとすれば、競落人にとつては、はなはだ有利であるけれども、これら第三者の占有の権原の有無は、競売裁判所がおのずからこれを知り得る機会を有するという筋合にはなく、したがつて簡単な調査では明白にし得ない場合が多いとみるべきであるから、競売裁判所が容易にこれらにたいして引渡命令を発し得るとするならば、これら第三者の権利を害するおそれがある。そうかといつて、かかる占有者の権原の有無について、誤りのない判断を得るほどに十分な調査をすることは、事の実際において、競売裁判所のたえるところでない。のみならず、この引渡命令の規定は、私法上の権利の強制的実現は確定判決にもとずくべきものとする現代法制上の原則にたいする特例をなすもので、したがつてたやすくこの規定の類推もしくは拡張解釈をして、明文の法規もないところまで、引渡命令の範囲を広めることは相当でない。すなわち、民訴法第六八七条による引渡命令は、前段に説示したとおり、執行債務者または抵当不動産の所有者もしくはこれらの一般承継人が競売不動産を占有する場合にかぎり発し得べくこれら以外の第三者が占有する場合にはこれを発することはできないとしなければならない。

以上のようなわけで、本件抵当不動産の所有者として競売手続を受けた者でも、またその一般承継人でもないこと抗告人みずから認めるところの前記新田友四郎ら四名にたいする引渡命令を求める抗告人の申立はゆるすべきものでない。

これと同趣旨の原決定は正当であるから抗告を理由ないものとし主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)

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