大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ラ)629号 決定 1958年8月08日

抗告人 稲葉保次

相手方 株式会社 三善

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

抗告人が原審で提出した金銭消費貸借契約公正証書謄本写によれば、本件強制執行の債務名義である右公正証書作成の嘱託当事者は、債権者株式会社三善、債務者池田勇助、連帯保証人稲葉実、同稲葉保次であるが、公証人が当事者の陳述を聴き録取した本文の第一条には「債権者第一金融株式会社は昭和三十年七月六日債務者池田勇助に対し金三万六千円也を貸渡し債務者はこれを借受け該金員を受領した」とあり右公正証書の記載自体からでは、公正証書作成嘱託の当事者としての債権者と、金銭消費貸借契約の当事者としての債権者とは、同一人であるかどうか不明であることが認められる。しかし、原審における相手方代表者小峰巖、大山定吉両名審訊の結果及び相手方が原審で提出した相手方会社登記簿抄本によれば、相手方会社は、もと第一金融株式会社と称していたが、昭和三十年九月三十日その商号を現在のように株式会社三善と改め、同年十月五日その旨の登記をしたものであつて、右貸借契約の成立した昭和三十年七月六日当時は第一金融株式会社と称していたので、右公正証書においても、当時の商号によつて契約当事者としての債権者の表示をしたものであることが認められる。

ところでおよそ公正証書が債務名義として効力を有するためには民事訴訟法第五百五十九条第三号所定の請求が具体的に表示されていることを要するのであるから、当該請求が誰から誰に対するものであるかが他と区別して認識しえられる程度に具体的に表示されていなければならないことはいうまでもない。しかしそのように当事者が具体的に表示されている以上、その表示に多少不完全な点があつてもなお有効な債務名義と認めるのを相当とするところ、本件公正証書においては、前記のような記載があり、消費貸借契約の貸主として表示された第一金融株式会社は、公正証書作成の嘱託当事者である債権者株式会社三善の右契約当時の商号であり、両者の間に同一性があるものであつて、公正証書に記載された請求の債権者は相手方会社である株式会社三善であることが明らかであり、しかもそのことは証書作成の当時から当事者には分明していたはずであるし(右公正証書謄本写によれば本件公正証書は債権者たる相手方会社代表者両名と債務者池田勇助並びに連帯保証人である抗告人及び稲葉実等三名代理人岡本浩哉とが公正役場に出頭列席し、その嘱託に基き作成されたものであるが、その作成后公証人において右列席者にこれを読み聞かせたところ、いずれもこれを承認したことが認められるから、他に特別の事情の認められない本件においては、前記債務者及び連帯保証人の代理人岡本浩哉において上述の諸点を了知していたことを推知することができる。相手方会社代表者両名についてはいうまでもない。)執行文付与の機関あるいは執行機関においても、会社の登記簿謄、抄本等によつて、容易に判定できる事柄であるから、既に本件公正証書に前記のとおり債権者が誰であるかが表示されている以上その表示に右に述べた程度の表示の不充分な点があるからといつて、直ちにこれによつて本件公正証書が無効となるものではないといわなければならない。

そうだとすると、本件公正証書は、なお有効な債務名義として効力を有するものというべきであるから、その無効であることを前提として、これに対する執行文の付与及び右公正証書の執行力ある正本に基く強制執行が不当であることを主張する本件異議の申立はその理由がなく、これを棄却した原決定は相当であるから、本件抗告は棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり、決定する。

(裁判官 川喜多正時 小澤文雄 位野木益雄)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定は之を取消す。

抗告人外二名と相手方間の横浜地方法務局所属公証人国又鎮静作成第一四五三〇号金銭消費貸借契約公正証書について同公証人が昭和三一年一月二五日付与した執行文は之を取消す。

右公正証書の執行力ある正本に基ずき同三二年七月一一日抗告人所有の有体動産に対してなされた強制執行はこれを許さない

との御決定を求める。

抗告の理由

一、原裁判所の抗告人主張を排斥した理由は左の通りである。

本件公正証書作成の当事者は債権者株式会社三善、債務者池田勇助、連帯保証人稲葉実及び稲葉保次である。その記載によれば金銭消費貸借契約の内容は「債権者第一金融株式会社は昭和三十年七月六日債務者池田勇助に対し金三万六千円を貸渡し債務者はこれを借受け該金員を受領した」とある。右公正証書の記載自体からは公正証書作成の当事者と金銭消費賃借の当事者とは債務者は同一人であるが、債権者は同一人であるか別個の人格であるか不明である。しかし当事者審尋の結果によると相手方会社はもと商号を第一金融株式会社と称していたが昭和三〇年九月三〇日現在の株式会社三善に変更し、同年十月五日その登記をうけたものである。株式会社三善と第一金融株式会社とは同一人格者である。契約は有効でこれに執行文を付与するも違法でないというにある。

二、しかれども公正証書の効力は記載自体によつて判断すべきものである、審尋の過程により契約の効力を調査し初めて契約の効力を知るというような公正証書は無効である、本件公正証書は更に契約当事者又は作成名義人の表示変更の公正証書作成により両者相まつて初めてその効力を生すべきものである、現在の儘では無効であつてこれに執行文を付与すべきでないと考える。

三、右につき速やかに原決定を取消し更に相当なお裁判を仰ぎたく本抗告に及んだ次第であります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例