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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)2号 判決 1958年2月27日

原告 渡辺小一郎

被告 湯沢板金加工有限会社

主文

特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第四五一号事件につき昭和三十一年十二月三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は登録実用新案第三五九七〇九号の権利者であるが、被告は昭和二十七年九月十六日に原告を相手方として特許庁に対し「(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜は登録実用新案第三五九七〇九号の権利範囲に属さない」旨の権利範囲確認審判請求をし、昭和二十八年二月十二日に右審判請求を却下する旨の審決がされ、これに対し被告は抗告審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第四五一号事件として審理された上、昭和三十一年十二月三日「原審決を破毀する、(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜は登録第三五九七〇九号実用新案の権利範囲に属さない」との審決がされ、同審決書謄本は同月十三日に原告に送達された。

二、審決は次の理由により違法のものである。即ち

本件登録実用新案の登録請求の範囲を分析すると、別紙第一図に表示した通り、

(A)  燃焼筒(1)にU字形煙筒(2)を接続した風呂釜で、

(B)  U字形煙筒(2)の燃焼筒側を上下二部分(3)(4)に分割し、

(C)  この上下二部分(3)(4)を着脱自在に接合し、

(D)  その接合手段として下部分(4)には逆截頭円錐形の拡大部を設け、該部に煙筒(2)の上部分(3)を挿入支持させた、

構造となり、右の中(A)が本件登録実用新案の出願当時既に公知に属していたことは登録実用新案第二一五一七四号公報(甲第二号証)及び登録実用新案第一九九〇五号公報(乙第五号証)により明らかであり、その他の(B)(C)及び(D)が原告の新規に改良して登録を出願して得た本件登録実用新案の要旨である。そしてこれにより、

(E)  燃焼筒(1)の位置を自動的にセンターリングする接合部分(3)(4)を中心として変化させることができ、これによつて一層取付を容易にするだけでなく、種々の異つた形状大きさの風呂桶に対しても適応し得るようにし、

(F)  灰出用枝管(7)を風呂桶の任意適当の位置に挿着し得る、

という効果を奏するものである。

これに対し(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜は、別紙第二図に表示した通り、

(A′) 燃焼筒(1)にU字形煙筒(2)を接続した風呂釜で、

(B′) U字形煙筒(2)の燃焼筒側を上下二部分(3)(4)に分割し、

(C′) この上下二部分(3)(4)を着脱自在に接合し、

(D′) その接合手段として上下二部分(3)(4)にそれぞれフランジ(3′)(4′)を設けて二部分をボルト止した、

構造のものであり、右上下二部分(3)(4)はこれ等をボルト止することによつて自動的にセンターリングするものであり、これによつて

(E′) 燃焼筒の位置を自動的にセンターリングする接合部分(3)(4)を中心として変化させることができ、これによつて取付を容易にするだけでなく、種々の異つた形状大きさの風呂桶に対しても適応し得るものであり、

(F′) 灰出用枝管(20)を風呂桶の任意適当の位置に挿着し得る

という効果を奏するものである。

以上の本件登録実用新案と(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜とを比較すると(A)と(A′)とは勿論、(B)(C)と(B′)(C′)とは同一であり、只(D′)は(D)と相違するけれども、(D)のように上下二部分(3)、(4)を差込式にするのと、(D′)のようにフランジ式にするのとは共に瓦斯管、水道管その他の管状体の接合手段として慣用されるものであるから、当業者は設計に際し容易にそのいずれかを選択し得るものである。従つて両者の(D)及び(D′)の構造の差異は設計的微差たるに止まり、全体として両者の構造は相類似するものである。そして(E)の作用及び効果は(E′)のそれと均等であり、(F)及び(F′)の作用及び効果は同一である。

然るに審決がその理由に於て本件登録実用新案がその「実用新案の性質、作用及び効果の要領」の項に「煙筒(2)の上部分(3)を下部分(4)の逆截頭円錐形拡大部(5)に嵌めて支持させればよい」「燃焼筒の位置は自動的にセンターリングをする接合部分(3)、(4)を中心として変化できるから一層取付けを容易にする」等と記載されてある点から見て、分割されたU字形煙筒(2)の上下二部分(3)、(4)の具体的な接合構造は考案の主体をなすものと認めるのが至当であると説示し、前記(D)を考案の主体をなすものとし、本件登録実用新案の改良の主要点である前記(B)及び(C)を無視し、又その項の末尾の「色々に異つた形状大きさの風呂体に対しても適応出来る等幾多の効果を奏する」との重要記載を無視したのは全く首尾を転倒した解釈というべきである。右の誤つた解釈の結果として審決では「叙上の両者を対比してみると、分割された煙筒(2)の上下二部分(3)、(4)を接合するのに、前者に於ては下部(4)に逆截頭円錐形の拡大部(5)を設け、該部に上部(3)を挿入支持させる構造としたのに対し、後者に於ては上下部分(3)、(4)の端部に設けたフランジ(3′)、(4′)をパツキング板(5)を介して突き合わせ、これをボルト止めとする構造とした点に於て顕著な構造上の差異がある」と断定しているけれども、右は前記の誤つた解釈に立脚した誤つた結論である。それのみでなく、右審決中に摘録された「燃焼筒(1)の位置は………接合部分(3)、(4)を中心として変化できる」という作用及び効果は本件登録実用新案及び(イ)号図面のものの両者同様の作用及び効果である。従つて右審決は「自動的にセンターリングをする」という字句に幻惑され、この字句に拘泥して本件登録実用新案の考案要旨を誤解したものである。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として

原告の請求原因一の事実を認める。

同二の主張は争う。即ち実用新案の権利範囲はその図面及び説明書に現わされた具体的な型の構造に限定され、構造及び作用、効果の相違するものにまでは及ばないところ、原告の主張は本件登録実用新案の権利範囲を不当に拡大して解釈したものであつて、認容すべからざるものである。

そればかりでなく、本件登録実用新案と(イ)号図面及びその説明書に記載されたものとは、その構造は勿論、作用効果も相違している。それを詳しく比較すれば、前者はこれを分析して考えると、別紙第一図につき、

(い)  燃焼筒(1)にU字形煙筒(2)を連設した風呂釜を前提条件とし(この点は昭和十年実用新案出願公告第八六四六号((甲第二号証))で公知である)、

(ろ)  U字形煙筒(2)の燃焼筒側を上下二部分(3)(4)に分割し、下部に逆截頭円錐形の拡大部(5)を設け、該部に煙筒の上部(3)を挿入支持し、上下の二部分は単に上下に引張るだけで分離することができ、又燃焼筒(1)及び煙筒(2)は(3)及び(4)を中心として互に三六〇度回動して、そのいずれの位置にも停止できるが、

これに対し後者は、別紙第二図につき従来普通に行われている流体管の接合のように、上下二部分(3)(4)にフランジ(6)(6′)を設け、これ等をパツキング(5)を介して、その四ケ所でボルト(7)ナツト(8)をもつて緊着したものであるから、右ボルト(7)及びナツト(8)を取り外さない限り、上下二部分(3)、(4)は分離もしないし、回動もしない。又右ボルト(7)を取り外しても、その回動は九〇度、一八〇度、二七〇度、三六〇度の四通りである。

本件登録実用新案の風呂釜でU字形煙筒(2)の燃焼筒側を上下に二分した点はその必須要件であるかも知れないが、上下に二分しただけがその要旨ではなく、その公報によつて明らかなように、登録請求の範囲に記載された全部を必須要件即ちその権利の及ぶ範囲としたのであつて、ただ上下に二分しただけでは水が侵入して煙筒としての効果を達し得ない。右のように二分されてない一体をなした風呂釜(例えば甲第二号証登録実用新案第二一五一七四号公報のもの)でも、これを一体に鋳造することは極めて困難であつて、普通煙筒部で二分して別々に鋳造し、鋳造後これを一体に熔接するのが常套手段である。従つてただ上下二部分に分割しただけでは、実用新案法上にいう考案力を加えたものではないから、これだけを要旨としたのでは登録される筈はない。それ故本件登録実用新案の「下部(4)には逆截頭円錐形の拡大部(5)を設け、該部に煙筒上部(3)を挿入支持させ」た点は決して附加的部分ではなく、これによりセンターリングするという作用効果があつたからこそ、登録を許されたのである。従つてこのような構造、作用効果を欠く(イ)号図面及びその説明書に示すものは本件登録実用新案のものとは類似していない。

審決は本件登録実用新案並びに(イ)号図面及びその説明書に示すものの外形的考案、即ち形状、構造部分についてのみ判断したのではなく、両者の構造と共に、作用効果についても比較検討していることは審決書記載の審決理由の内容に照らし明らかであつて、原告主張のような違法はない。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第一号証によれば、本件登録実用新案第三五九七〇九号は昭和二十一年十一月八日の出願昭和二十三年一月十三日の登録に係る原告所有のものであつて、その考案要旨は竪型燃焼筒の中部から横に枝管を分岐し、これをU字形煙筒の一方の上端に連接し、U字形煙筒の他方を上方に延長して煙突とした風呂釜において煙筒の燃焼筒側を上下の二部分に分割し、下部には逆截頭円錐形の拡大部を設け、これに上部を挿入させた構造に存し、風呂釜を二部分に分割して、製作、取扱及び据付を容易ならしめると同時に前記分割部分即ち接着部分を中心として、燃焼筒を煙突との間の水平角度を適宜に変更することを得させたものであることが認められ、次に成立に争いのない甲第五号証によれば(イ)号図面及びその説明書に示す物品は銅板製風呂釜であつて、その構造は竪型燃焼筒の中部から横に枝管を分岐し、これをU字形煙筒の一方の上端に連接し、U字形煙筒の他方の上方に延長して煙突とし煙筒の燃焼筒を上下二部分に分割し、その上部の下端及び下部の上端を、それぞれ外方に打ち出して水平フランジを形成させ、このフランジ間に外周が右フランジの外周よりも大径の環状石綿パツキング板を挾み、フランジ及びこれをはみ出したパツキング板の面に予め分割部分に嵌入して置いた環状座金をあてがい、座金に穿つた孔を貫通した四本のボルト及びナツトで前記分割部を緊締したものであり、右のような構造を有するから、風呂釜全体を一本に作つたものに比べ、製作取扱及び据付を容易にすると同時に前記分割部分即ち接着部分を中心として、燃焼筒と煙突との間の水平角度を適宜に変更し得るようになつていることが認められ、以上の認定を覆えすに足る資料は存しない。

右認定の本件登録実用新案の考案の要旨と(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜とを比較するに、両者は共に竪型燃焼筒の中部から横に枝管を出し、これにU字形煙筒の一方の上端を連接し、U字形煙筒の他方を上方に延長して煙突とした風呂釜であり、且燃焼筒側の煙筒を上下二部分に分割し、これを水平に接着させた構造を有し、風呂釜を一体に作つたものに比し、製作、取扱及び据付を容易にすると同時に、前記分割部分即ち接着部分を中心として燃焼筒と煙突との間の水平角度を適宜に変更し得させたものである点では全く一致し、前者がその接着部分において下部を逆截頭円錐形の拡大部とし、上部をこれに嵌合させ自動車にセンターリングを行うものであるに対し、後者は上下両端を外方に打ち出してフランジとし、その間に石綿パツキング板を挾み、これ等を予め嵌合してあつた環状座金によつてボルト、ナツトで緊締したものである点即らその接着手段において差異があるものということができる。然るにこれ等接着手段はいずれも管、筒その他の類似物の連接をする場合に普通に用いられる手段であることは当裁判所に顕著なところであつて状況その他によつてそのいずれを採用するのも当業者の容易にし得るところと解されるから、両者はこれを全体として見るときは、右の差異に拘らず、その構造が類似しているものと認めざるを得ない。

被告は(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜では上下二部分に分離した煙筒の各部分の回動は九〇度、一八〇度度、二七〇度、三六〇度の四通りの角度に限られ右上下二部分が互に三六〇度回動しいずれの位置でも定置し得る本件登録実用新案のものとは異つている旨主張するけれども、(イ)号図面及びその説明書には、別紙第二図表示の風呂釜においてボルト(7)、ナツト(8)で締め付けられる環状座金(6)(6′)はフランジ(3′)(4′)と一体のものであることを認めるに足る記載が全然なく、両者は石綿パツキング板を挾んで一緒に緊締されるものと解されるところ、その間に被告主張のように四通りの角度にしか定置できない関係にあるものとは到底認め難いから、右主張は認容することができない。

又被告は本件登録実用新案において煙筒の一方を上下に分割し、その製作、取扱等に便ならしめたことは、煙筒を上下に二分してない風呂釜でも、これを一体に鋳造することが極めて困難である為、別体として鋳造した後熔接するのを常套手段としていることから見て、単に煙筒を上下に分割したというだけでは登録される筈がなく、本件登録実用新案の「下部(4)には逆截頭円錐形の拡大部(5)を設け、該部に煙筒上部(3)を挿入支持させ」た点は附加的部分ではなく、これによりセンターリングするという作用効果があつたからこそ、登録を許されたのであつて、この接合構造と作用効果を持たない(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜は全然別異のものである旨主張するけれども、右の本件登録実用新案における煙筒の上部の据付角度を変更することが可能なようにし、自動的にセンターリングすることを得させたことがその要旨に加えられるべきものであるとしても、右上下二部分の接着手段如何はその第二義的即ち附加的構造にすぎないものと見る外はないから、(イ)号図面及びその説明書に示すものも本件登録実用新案と同様、煙筒の上部を任意の位置に定置し得るようにしてあること前記の通りである以上、右接着手段の差異の存するが故に両風呂釜を全体として見た場合に類似範囲を離脱するほど相違しているものとし難く、従つて被告の右主張も認容することができない。

然らば(イ)号図面及びその説明書に示す風呂釜は本件登録実用新案の権利範囲に属することが明らかであり、審決が以上と異る見解の下に右権利範囲確認審判請求を排斥したのは失当であつて、その取消を求める本訴請求は正当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

第一図 正面図<省略>

要部の拡大断面図<省略>

正面図<省略>

燃焼筒蓋を取り除いた平面図<省略>

竪断面図<省略>

要部の拡大竪断面図<省略>

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