東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)30号 判決 1958年7月03日
原告 河原福寿
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「昭和三十年抗告審判第二、六四四号事件について、特許庁が昭和三十二年六月二十七日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、昭和二十七年一月二十二日出願、同年五月七日登録にかかる登録第九九、二七一号「胸飾の形状及び模様の結合」の意匠権を有する者であるが、その考案にかかる「装身具用下げ飾の形状及び模様の結合」について、昭和三十年二月二十六日、登録請求の範囲を「添付図面に示す通り装身具用下げ飾の形状及び模様の結合」、意匠を表わす物品を、「第二類装身具用下げ飾」とし、前記登録第九九、二七一号意匠を原意匠として、類似意匠の登録を出願した(昭和三十年意匠登録願第二、二四〇号事件)。しかるに審査官は同年十一月三十日原告の出願を拒絶する旨の査定をしたので、原告は同年十二月十四日右拒絶査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十年抗告審判第二、六四四号事件)、特許庁は昭和三十二年六月二十七日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年七月六日原告に送達された。
二、右審決は、原告の出願にかかる意匠と、拒絶査定において引用された昭和三十年二月十五日発行の東京小間物雑貨商報旬刊第三十八号第九頁(以下引用刊行物という。)掲載の装身具用下げ物の意匠(以下引用意匠という。)とを比較し、両者は油壼、火屋吊手、支持枠及び笠等の部分の形状が全く一致し、全体として殆んど同一に近く類似するものと認められると認定した上、意匠法第三条第二項は、自己の登録意匠のみに類似する意匠について新規性を認める規定であつて、本件出願意匠が引用意匠と殆んど同一に近く類似する以上、本件出願の意匠が原告の有する登録意匠に類似すると否とにかかわらず、これを新規な意匠として登録することができない。結局本件出願は意匠法第三条第一項第二号に該当し、同法第一条に規定する登録要件を具備しないものであるとしている。
三、しかしながら審決は、次の点において違法であつて、取り消されるべきものである。
すなわち本件出願にかかる意匠は、「全体をランプ形としたもので、その截頭円錐状の油壼部の上部に普通の火屋形のものをつけ、吊手線を瓢箪形とし、その下部の支持枠を横に二本の平行線条と縦に数本の線条で籠形に形成し、笠を饅頭笠形とした形態」を内容とする「装身具用下げ飾の形状及び模様の結合」であるが、原登録意匠は、「全体をランプ形としたもので、周側に三段の段をつける截頭円錐状の油壼部の上部に普通の火屋形のものをつけ、吊手線条を下部を深く丸く屈曲し、頂部を弧状となる形状とし、笠を下部周縁を波状で縁取つた截頭円錐状とした形態」を内容とする「胸飾の形状及び模様の結合」であつて、全体をランプ形としたことは両者同一である。しかも原意匠出願の当時にはランプ形を装身具用下げ飾として表わしたものは全然存在せず、原意匠は、ランプ形装身具用下げ飾としては、いわゆる草分意匠である。ランプ形の各部となる部分を対比しても、下部支持枠において原意匠は横に二本の平行線条と縦に数本の線条で籠形を形成するに対し、本件意匠にはこれがない点において相違するが、その他の部分においては、全く同一又は同一に近似した類似であつて、右相違点も、全体をランプ形に象つたものの全体として観察するときは、ことに前述したように原意匠がこの種意匠の草分意匠であることを併せ考えると、右相異点はこの両者を互に独立の意匠とするフアクターではない。これを詳言すれば、かかる異つた点では、両者の意匠的型の有する高い刺戟性(例えば審美的感覚ないし美的感覚に対して訴えるというような意匠の芸術性)は、これを独立意匠として区別することができないものである。また審美性を意匠の指標力と考えても、意匠的型はこれを表出する物品が、取引において他に優先して消費者の眼を刺戟し、注意を集中せしめるというような、特異性は認められず、結局両者は全体として観察するときは、互に類似した意匠である。
意匠法は第三条第一項第一、二号で新規性喪失の場合を列挙し、これに該当しない場合を新規と規定し、同条第二項は自己の登録意匠のみに類似するものは新規とみなす旨を規整している。従つて同条第二項は規定の体裁からして新規性喪失の例外規定であることは明白であるばかりでなく、本条項は自己の登録意匠のみに類似するものは新規とみなすと規定しておるので、他人の登録意匠または先願にかかる意匠と類似するときは登録することはできないが、ただ新規性については、これを有しないが新規なものとみなされ、その登録出願があれば、他に登録を受けることのできない理由のない限り登録されるもので、その実体からしても新規性喪失の例外規定である。
元来類似意匠の制度は、原意匠権の禁止的効力を受けるものを、専用的なものにさせて、その保護を全からしめたものである。意匠権にはその効力の面において専用的なものと禁止的なものとがあつて、前者については登録意匠と同一のものに限られ、登録意匠と類似なものには後者の効力を受けるに過ぎないので、類似の場合でも専用的効力を賦与する制度が要求され、かの発明のように自然法則利用の思想と異り、型を対象とするもの、更に型を対象とするものでも、実用新案のように指定物品ということを容れることのないこの意匠において特に痛切なものがあつた。
以上の理由により、本件意匠は、原意匠に類似するものであり、本件出願は原意匠の類似意匠として出願したものであつて、引用刊行物が存在しても、意匠法第三条第二項の適用によつて新規性を有するもので、他に登録要件の欠缺がない本件出願については、同法第一条によつて類似意匠として登録せられるべきものである。
しかるに審決は、本件意匠の原登録意匠の出願日前に国内に公然知られ、もしくは公然用いられたもの、またはこれに類似するもの、及び国内に頒布された刊行物に容易に実施することを得べき程度において記載されたもの、またはこれに類似するものである事実を認定せず、原告の出願の意匠は登録すべきものでないとしたのは、結局不法に意匠法第三条第二項を適用しないことに帰するものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三の主張はこれを否認する。
本件出願にかゝる意匠は、引用刊行物に記載されたものと類似であるから、意匠法第三条第一項第二号に該当し、同法第一条に規定する登録要件を具備しないものである。従つて同法第三条第二項を適用すべき余地はないから、審決には、原告主張のような違法はない。
第四証拠<省略>
理由
一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。
二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第一ないし第四号証、甲第五号証の一、二、乙第一号証及び検甲第一、二号証によると次の事実が認められる。
本件出願にかかる意匠、原登録意匠及び引用意匠とも、全体を吊ランプの形とした装身具用下げ飾であつて、いずれも(イ)最下部に油壼部があり、(ロ)その上に火屋形のものを載せ、(ハ)油壼部から火屋形の側を通つて上部に吊手線が設けられ、(ニ)吊手線の上端から稍下つたところに笠が懸けられ、(ホ)更に油壼部の周囲には支持枠が設けられ、これが吊手線の下端と結び付いて構成されているものであつて、各部分の形態をみると、
(一) 本件意匠は、(イ)下部が細くなつた截頭円錐状の油壼部の上に、(ロ)下部にふくらみのある火屋形のものをつけ、(ハ)吊手線は瓢箪形ではあるが、下部にはあまりふくらみがなく、その上端は輸状の吊手となつており、(ニ)笠は饅頭笠の形をなし、(ホ)支持枠は横に二本の平行する線条と、その間をつなぐ六本の縦の線条(その二本は吊手線がそのまま延長されたもの)とで枠形が形成されており、
(二) 原登録意匠は、(イ)下部から上部に向つて段々大きくなつて行く、三段の段階をつけた截頭円錐状の油壼部の上に、(ロ)下部にふくらみのある火屋形のものをつけ、(ハ)吊手線は、下部を深くふくらまし、その下端を支持枠と直角に接続するようにし、上端は弧状に曲げられており、(ニ)笠は下端周縁を波状にし外側に開いた浅い朝顔の花の形をなし、(ホ)支持枠は、三段階となつた油壼部の中段を取り巻く一片の帯で形成されており、
(三) 引用意匠は、(イ)円筒の上部が截頭円錐状になつている油壼部の上に、(ロ)下部にふくらみがある火屋形のものをつけ、(ハ)吊手線は、瓢箪形ではあるが、下部にはあまりふくらみがなく、その上端は輪状の吊手となつており、(ニ)笠は饅頭笠の形をなし、(ホ)支持枠は、横に二本の平行する線条と、その間をつなぐ六本の縦の線条(その二本は吊手線がそのまま延長されたもの)で枠形が形成されておるものである。
三、本件意匠は先に認定したように、原告が有する原登録意匠の類似意匠として、その登録が出願されたものであるところ、原告代理人は、意匠法第三条第二項の規定は、新規性喪失の例外規定であるから、出願の意匠が原登録意匠に類似するときは、従来原登録意匠について禁止的効力を有するに過ぎなかつたものについても、専用的の効力を賦与するため、原登録意匠出願後において国内に頒布された刊行物によつては、新規性を喪失すべきではない旨を主張するが、同条第二項の規定は、出願の意匠が、出願人の有する登録意匠のみに類似するものであるときは、類似する原登録意匠が同条第一項各号の一に該当するという理由によつては、新規性を失わしめないことを規定したものと解するを相当とし、出願の意匠が、その出願前国内に頒布された刊行物に記載されている原登録意匠に類似しない第三の意匠にも類似するときは、その第三の意匠が原登録意匠の出願後に同条第一項各号の一に該当するにいたつた場合においても、この場合にまで新規性を失わしめないことを規定したものでないことは、同条第二項が「類似スルモノ」を特に「自己ノ登録意匠ノミニ」と限定していることによつて明白である。
なお原告代理人は、類似意匠の制度は、原意匠権の禁止的効力を受けるものに、専用的の効力を与え、その保護を全からしめんとするものであると主張するが、類似意匠も、意匠の一として、意匠法第三条第二項及び第八条第三項の規定による制約を外にしては、他の一般の意匠と、その登録の要件及び登録された場合の効力において、何等異なるものとは解されないから、原告が右の見解を前提として、前記解釈を非難するのは当らない。
四、よつて先に認定した本件出願の意匠、原登録意匠及び引用の意匠とを対比考察するに、三者とも、全体としては吊ランプの形をした装身具用下げ飾であることにおいて一致し、その各部分についてみるに、本件出願の意匠と引用意匠とは、もとよりその細部において多少の差違はあるが、前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各部において殆んど同一に近く類似し、全体としてこれを見るときは、両者は類似の意匠と判断される。
これに反し原登録の意匠と引用の意匠とは、(ロ)の火屋の形を同一にするだけで他の各部、ことに両意匠においても最も顕著に視覚に訴える笠、吊手、支持枠の形状において、先に認定したような差違を有し、全体としてこれを見ると、別異の意匠を構成するものと判断される。
原告代理人は、原意匠出願の当時にはランプ形を装身具用下げ飾として表わしたものは全然存在せず、原意匠は、ランプ形装身具用下げ飾としては、いわゆる草分意匠であると主張するが、そのような事実はこれを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、たといそのような事実があつたにしても、そのことが当然に右認定を左右するものとは解されない。
してみれば、原告の本件出願にかかる意匠は、原登録意匠の出願後ではあるが、本件出願前国内に頒布された引用刊行物に記載された引用意匠に類似するものであるから、進んでこれが原登録意匠に類似するかどうかの判定をまつまでもなく、新規性をかくものとして、これを登録することはできないものといわなければならない。
五、以上の理由により、判示と同一趣旨に出でた審決には原告の主張するような違法はないから、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がないものと認めてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 入山実)
本件出願意匠<省略>
登録第99271号意匠<省略>
引用意匠<省略>