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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)63号 判決 1958年10月07日

原告 株式会社 石田屋本店

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三十年抗告審判第二、五六九号事件について昭和三十二年十月十日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、主文通りの判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三十年五月十八日、特許庁に対し、指定商品を第三十八類清酒及びその模造品として、別紙表示のごとく、「橘正宗」なる文字を楷書体で縦書して成る文字商標の登録出願をし、昭和三十年商標登録願第一三、三一五号として審査の結果、同年十月二十二日拒絶査定を受けたので、同年十二月二日抗告審判の請求をし、同年抗告審判第二、五六九号事件として係属中、昭和三十一年二月七日、指定商品を、「第三十八類日本酒類及びその模造品、但し焼酎を除く」と訂正したが、昭和三十二年十月十日、原告が出願した商標と、原査定において右出願の拒絶理由に引用した登録第二四六、九五五号商標(「橘焼酎」の文字を楷書体で縦書して成るもの)とは、共に「橘」の文字を要部とするものであるから、「タチバナ」の称呼及び「橘」の観念を共通とする類似商標であり、かつ両者の指定商品も互に牴触する、との理由のもとに、右抗告審判の請求は成り立たない、旨の審決がされ、同月十九日原告はその審決書の謄本の送達を受けた。

二、右審決は、次の理由によつて違法であり、その取消を免れない。

(一)  本件出願商標は「橘」の文字のほか「正宗」なる文字をも要部として成り、これに対して引用登録商標は「橘」の文字のほか「焼酎」の文字を要部とするから、互に混同誤認を生ずるおそれがなく、また、指定商品たる清酒と焼酎との間にも、明確な区別が存し、両者を指定商品として牴触すると認めたことも、実情にそわない独断であるし、また、引用商標の権利範囲は、その指定商品たる焼酎(その模造品を含む)のみに局限されるのに、これを不当に拡張した誤りを犯すものというべきである。

すなわち、審決は、引用の商標が「橘焼酎」の三文字を楷書体で縦書したものであると明示しながら、この内焼酎の文字はその指定商品の普通名称を表わしたに過ぎないものであるから、「橘」の文字がその要部を示すものと謂わざるを得ないものであつて、本願商標と類似する、と判断しているのであるが、元来本件出願商標は、登録第八九、〇九四号商標(大正六年十一月十三日登録)の連合商標として登録出願したものであるところ、右原登録商標は「花橘正宗」の四文字を縦書して成るものであるから、右審決の示す判断に従えば、昭和八年三月九日登録出願にかゝる「橘焼酎」なる引用商標は、当然にこれに類似するものとして登録を拒絶されるべきはずであつたといわなければならない。しかるに、これが敢えて登録されたその理由は、右第八九、〇九四号商標は「正宗」の文字をも要部としているのに反し、引用の第二四六、九五五号商標は「焼酎」の文字をも要部としており、この点において互に特別顕著であること、並びにひとしく日本酒類と総称される商品であつても、清酒と焼酎とは、商品として取引されるに当つて互に混同誤認を生ずるおそれがなく、かつ、商標法第二条第一項第十一号の規定に照し、右両商標は、一は清酒及びその模造品、他は焼酎及びその模造品以外にはその権利が及ばないと認むべきことの二点にあつたのである。そして、かく判断することは、特許庁の取扱例においても、学者間においても、当然としていたところであり、過去において清酒と焼酎とはその商標を附すべき類別を異にしていたことさえある程であるし、同一類別とされてから後でも、両商品が互に牴触するものでないとして取り扱われたために、何らの支障を生じたことがなく、いま特にこの取扱を改むべき法律上の根拠も認められない。けだし、指定商品が牴触するか否かは、当該商品の生産者、取引業者及び需要者の取引の実際にしたがつて判定すべきであり、商標の登録を取り扱う官庁の事務の都合や恣意に委すべきではないのである。

(二)  さらに、本願商標は、原告の前記登録第八九、〇九四号商標の連合商標として出願したものであるから、商標法第三条の規定に従い、当然これを登録すべきものである。審決は「仮令連合の商標登録出願であるとしても、上記の拒絶理由が存在する以上、その主張理由は採用するに由ないものとする。」と判断しているが、本願商標が右の原商標と類似である以上、仮に引用商標に類似するところがあつても、これを登録すべきものである。すなわち、連合商標が類似するにかゝわらずなお登録されるのは、結局新たに出願された商標が、既存の登録商標に与えられた商標権の権利範囲に属するからであるからであつて、この既存の商標権の権利範囲は、何らかの理由によつて他に類似の商標が登録された場合においても、何らの制約を受けず、権利を喪失することはないと考えるのが相当である。前記審決の判断は、商標法第三条の解釈を誤つたものである。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中、本件商標登録出願から抗告審判審決書の謄本送達にいたるまでの特許庁における手続、及び審決の内容については争わないが、右審決は違法であるという原告の主張は、これを争う。

二、本件審決は、原告主張のごとく取引の実際における事実の認定を誤つたものではなく、その他何らの違法性が存在しない。

(一)  商品の類否判断は、商標登録出願当時における取引の実情に即して行われるべきものであるところ、清酒と焼酎とは多くの場合同一メーカーによつて製造されており、かつ販売者、用途、需要者層も同一である等、これらの取引の実情に照し、また商標法施行規則第十五条に規定する商品の類別中、第三十八類日本酒類及び其の模造品には、清酒並びに焼酎が包含されていることは明白であるので、清酒と焼酎とが互に類似する商品であると判断したことは、何ら違法ではない。

(二)  連合の商標の登録出願においても、該出願にかゝる商標が商標法第一条にいう登録適格を有し、同法第二条の規定による不登録事由に該当しない場合において、更に同法第三条に規定する要件を充たすことによつて、はじめて連合の商標として登録されるものであることは、自明の理であつて、本願商標が商標法第二条第一項第九号に該当する以上、それが同法第三条によつて当然登録さるべきものであるとの原告の主張は独断も甚しい謬見である。

第三証拠(省略)

理由

一、原告が、昭和三十年五月十八日、特許庁に対し、指定商品を第三十八類清酒及びその模造品として、原告主張の商標の登録出願をしたが(同年商標登録願第一三、三一五号)、同年十月二十二日拒絶査定を受けたので、同年十二月二日抗告審判の請求をし(同年抗告審判第二、五六九号)、かつ昭和三十一年二月七日指定商品を「第三十八類日本酒類及びその模造品、但し焼酎を除く」と訂正したが、昭和三十二年十月十日、原告主張のごとき理由のもとに、右請求は成り立たない、旨の審決があり、同月十九日その審決書の謄本が原告に送達された事実については、当事者間に争いがない。

二、本件出願商標は、別紙表示のごとく、「橘正宗」の文字を楷書体で縦書して成り、第三十八類清酒及びその模造品(のちに「日本酒類及びその模造品、但し焼酎を除く」と訂正)を指定商品とするものであることは、前記のごとく当事者間に争いのない事実であるが、これに対して原査定及び本件審決が本件出願商標の登録拒絶の理由に引用した登録第二四六、九五五号商標は、これ亦別紙表示のごとく、「橘焼酎」の文字を楷書体で縦書して成り、第三十八類焼酎を指定商品として、昭和八年三月九日登録出願、同年六月一日公告のものであることは、真正に成立することにつき争いのない甲第四号証によつて明らかなところである。そして、本件審決は、両者は共に「橘」の文字を要部とするものであるから、「タチバナ」の称呼及び「橘」の観念を共通にし、取引上誤認混淆を生ずるおそれのある類似の商標たるを免れないのみならず、指定商品も互に牴触するものであることも明らかであるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないものと判断したものであること、前記のとおり当事者間に争いがない。

三、ところで、商標が類似するかどうかを判断するについては、その対象とする商品の取引上の実情を離れて、単にその商標の外形のみから生じ得べき称呼や観念を比較してするのでは十分でなく、その商品が商品として具有する特質に関連し、取扱業者や需要者がその商品の同一性を認識する指標として、取引上、商標をいかに称呼し、かつ観念するかの実際の態様を考慮して判断する必要のあることは、商標の登録につき特別顕著なることを要件とし、かつ他人の登録商標と同一又は類似であつて同一又は類似の商品に使用する商標は登録しないこととした法の趣意にかんがみ、当然である。しかるに、証人鈴木敏雄、浜本恵の各証言によれば、清酒と焼酎とは、ひとしく日本酒類に属するとはいうものの、使用者の感覚において両者はきわめて鋭敏に区別され、また営業者の常識としても、彼此混同するがごときことは、あり得べからざることとされていることを、認めることができる。(商標法第十五条で清酒と焼酎とが同一類別に定められているということも、両者が取引上有する右の特殊性を否定するに足るものではない。)いま、本願及び引用各商標の構成をみるのに、前者のうち「正宗」の文字が清酒を意味する慣用標章であることは当裁判所に顕著なところであり、後者は「焼酎」なる商品名を含んでいるが、右慣用標章及び商品名は前認定の清酒と焼酎との使用及び取引の実態に照し、両商標の重要な一部であつて、全く誤認のおそれのない特殊例外の場合を除いては、これらを省略して称呼し、かつ観念することはあり得ないと考えるのが相当である。すなわち、本願の「橘正宗」、引用の「橘焼酎」なる各商標は、その対象である両商品の使用上、したがつて取引上、相互に紛れることなく区別されることの特殊性からして、特に誤認のおそれのない場合でない限り、「正宗」なる慣用標章又は「焼酎」なる商品名を省略して、単に「タチバナ」と呼称され、或いは「橘」と観念されることなく、「タチバナマサムネ」「タチバナシヨウチユウ」の称呼を生じ、かつ、「橘正宗」或いは「清酒の橘」、「橘焼酎」或いは「焼酎の橘」と観念されるのが普通であろう。本願の「橘正宗」なる商標は、引用の「橘焼酎」の商標と比較し、同一商標でないことはもちろん、類似するものとも言い得ないと解すべきである。

もつとも、成立に争いのない乙第一号証の二によれば、同一メーカーで清酒と焼酎との製造免許を受けているものの多い事実を認め得るところ、かように商標中商品を意味する慣用標章又は普通商品名のみで区別され、その他の固有名称の部分はこれを共通にする以上の商標のうち、そのあるものが著名で商標である場合には、出所の混同を生ずるおそれなしとはしないであろう。しかし、本件において引用の「橘焼酎」がそのような程度の有名商標である事実を認め得べき証拠がないのみならず、元来本願の「橘正宗」の商標は、昭和三十二年七月二十日に存続期間を更新して登録された、原告の登録第八九、〇九四号「花橘正宗」なる文字商標の連合商標として登録出願されたことは、成立に争いのない甲第一号証、第三号証によつて明らかであるところ、右「花橘正宗」なる原商標は、引用の「橘焼酎」(昭和八年三月九日出願、同年六月一日公告)の登録出願にはるか先き立つ大正六年十一月十三日に登録されている事実は、被告の明らかに争わないところであるので、原告がいま「橘正宗」の商標を使用することが、引用の「橘焼酎」と出所の混同をきたすと認定することも、相当でない。

被告は反証として乙第一号証の一、二(大蔵省主税局長に対する照会及びこれに対する回答)を援用するが、右書証によれば、清酒と焼酎とはその製造方法において必ずしも類似すると言い得ず、かつ同一メーカーで清酒と焼酎との製造免許を受けている者は多い、ということを知り得るに止まり、前記認定をくつがえす証拠とするに足りない。

四、要するに、本願商標と引用商標とは、外観上はもちろん、称呼及び観念においても同一又は類似の点はない、と認むべきであるから、その指定商品の牴触するかどうかにつき判断するまでもなく、商標法第二条第一項第九号によつて、原告の登録出願を拒絶した原査定を是認した本件審決は取消を免れない。よつて、爾余の争点に関する判断はすべてこれを省略し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商標

引用の登録第246955号商標

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