東京高等裁判所 昭和33年(う)1356号 判決
被告人 滝沢菊太郎
〔抄 録〕
弁護人の控訴の趣意第一点乃至第三点について。
論旨は、被告人滝沢菊太郎に対する原判示第一の(一)及び第二の(一)の事実につき、原判決には事実誤認若しくは理由に不備がある、というのである。よつて按ずるに、原判決は挙示の証拠により判示第一の本文において、(一)種畜場は業務の特殊性から来客その他の来場者が多く、これが接待等に要する費用がかさみ、又臨時人夫に要する諸費用、種牛馬等の事故に要する諸費用等種畜場の当該予算の枠内をもつてしてもとかく不足勝であつたことやそれにも拘らず種畜場の各種行事等に際してのとかく無計画な出費のため相被告人川面等種畜場経理担当者は被告人滝沢の勤務する岡川貨物自動車株式会社(以下単に岡川貨物と略称する。)より一部金員を借用したりなどしてその都度予算枠外支出の赤字補填をなすなど、これが捻出に苦慮していたこと、(二)その結果相被告人小山、同横田、同川面等は種畜場予算としては他の予算費に比較して種畜費の消耗品費が比較的多額でその支出の大半を占める藁、干草の購入については購入数量を常に明確にしておかなくても経理面上不正の発見が困難であること、昭和二十八年度より右藁、干草等の代金支出の権限は栃木県出納長にあり、これが代金の請求は種畜場が債権者に代り、栃木県出納局に代金請求書並びに関係諸帳簿を提出してなし、同出納局においても実際には書面審査のみで受理、不受理を決定するので、架空の代金請求手続をなしてもこれが不正の発見が困難であること、藁、干草の購入は前記岡川貨物よりその大半を納入せしめていたことなどから右会社の社長である岡川菊造個人作成名義で、同人から藁、干草を納入しないのに納入したように装つた架空請求書を示して前記県出納局係員を欺罔した上同局より被告人滝沢をして金員を騙取せしめ、これをもつて前記予算枠外支出の赤字補填等をしようと企てたこと、(三)そこで同被告人らは岡川菊造名義の架空請求書を作成の都度、被告人滝沢に対し種畜場における接待費その他の捻出困難につき前示方法により前記出納局より騙取する金員をもつてこれに充当したい旨、ついては同出納局より騙取金員の交付を受けた上種畜場に返還されたい旨暗に協力を求めたこと、(四)被告人滝沢もまた右意図を了知しながらこれを承諾した事実を認定した上、相被告人小山武義外二名と被告人滝沢との共同謀議の事実を認定し、また第二の(一)の本文において、(一)相被告人川俣は遊興費捻出のため前掲第一本文記載のごとき方法で金員を騙取しようと企て被告人滝沢に対し架空請求書作成の都度種畜場における接待費等捻出困難につき前記のごとき欺罔手段により前記出納局より騙取する金員をもつてこれに充てたい旨、ついては同出納局より騙取金員の交付を受けた上種畜場に返還されたい旨暗に協力を求めたこと、(二)被告人滝沢もまた相被告人川俣の右言を信じつつも、右騙取金の受領行為が違法行為であることを了知しながらこれを承諾した事実を認定した上、相被告人川俣と被告人滝沢との共同謀議の事実を認定していることは判文上明らかなところである。しかしながら、原判示挙示の証拠及び記録を精査検討すると、原判示第一の本文における(一)乃至(三)の事実及び第二の(一)の本文における(一)の事実はおおむねこれを認め得るところであるが、(但し被告人滝沢に対し架空請求書作成の都度右原判示のごとき協力を求めたとの点については記録上これを確認すべき証拠はない。)被告人滝沢が原判示第一の本文又は第二の(一)の本文に判示するように相被告人小山武義ら又は原審相被告人川俣重男が前記のごとき意図に基いて県出納局係員を欺罔して金員を不法に領得するものであることの認識の下にこれに協力し、共に不法領得する意思があつたことについてはたやすくこれを認め難いところである。そもそも本件の発端は、相被告人小山武義が昭和二十八年四月頃種畜場の関係各部主任を集め、昭和二十八年度予算の執行について協議した際種畜場出納員兼庶務主任であつた相被告人川面から種畜場開設二十五周年祭の行事による赤字及び徳原商店に対する酒代等の未払が相当多額に残存する旨を告げられ、同年度の食糧費は少額であり、他にこれが補填の方法もなかつたところから、昭和二十八年度における飼料費から捻出すべきことを発案し、これに相被告人川面、同横田らも同意し、かつ今後予算外の食糧費の支出についても同様の方法によるべきことを協議し、なお、それについてはその頃岡川貨物に対する藁、干草等の飼料代金の未払額が昭和二十七年度末現在において約七十余万円存し、これを昭和二十八年度において逐次支払をなすために提出させておいた岡川貨物の社長岡川菊造個人名義の白紙の請求書用紙三十五、六枚を利用することとしたことにあるのであつて、被告人滝沢としては、相被告人川俣との場合(原判示第二の(一))も同様、本件架空請求書に利用された用紙は種畜場係員の正式の指示に基き提出したものであり、その請求書記載の内容は知る由もなく、種畜場側で適当に記載されたものであり(右請求書については、単にその口数、金額につき請求書を県出納局に引き継ぐ直前若しくは直後に、電話で連絡がなされたに過ぎない。)、単純に食糧費等不足に基く場の予算のやりくり操作と考え、少しも違法の措置とは思い及ばなかつたものであることは被告人滝沢の原審公判廷における供述並びに被告人川面、同横田の原審第五回公判廷における証人滝沢菊太郎の証人尋問調書を通じ看取し得るところである。なお、所論のごとく、原判示第一の(一)及び第二の(一)の事実がいずれも同一ケースであるにかかわらず、その金員の使途如何により一つは相被告人小山、同横田、同川面及び川俣重男と被告人滝沢との共犯とせられ、一つは原審相被告人川俣と被告人滝沢との両名の共犯とせられていること、また本件架空請求書を県出納局に引き継ぐ際にその衝に当つた原審相被告人川俣からいわゆる事前連絡があつたか否かの点については、一部事前連絡がなされたことは窺えるのであるが、記録全体を通じ、かつ当審における証拠調の結果を参酌すれば、果していずれが事前連絡であり、いずれが事後連絡であつたか必ずしも明らかではないこと、また被告人滝沢は本件犯行につき何らの利益、報酬等を受けていないこと等の事実にかんがみるときは、被告人滝沢には本件詐欺の犯意を認むべき確証は存しないものといわなければならない。されば、原判決が同被告人に対し原判示第一の(一)及び第二の(一)の事実につき有罪の言渡をしたのは、すなわち、事実を誤認したものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすべきことは明らかなところであるから、原判決中被告人滝沢に対する有罪の部分は破棄を免れない。
(坂井 山本長 荒川)