大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(う)1433号 判決

被告人 平井憲市

〔抄 録〕

所論は要するに、本件行為当時これを禁じていた道路交通取締法施行令第四一条に基く新潟県公安委員会の規則が原審裁判当時すでに改正され右禁止が解除されたことは原判決の説示するとおりであるが、同罰則を規定した基本法令たる右施行令第七二条第三号は現在も存続し廃止されていないのみならず、右施行令第四一条は公安委員会に本件のような特定種類の諸車につき乗車人員等の制限を定めることを委任したいわゆる白地法規であるとともに、同公安委員会の規則が性質上しばしば変改されることは右法条の予期しているところであるから同条は一時的事情の消滅または変更により廃止変更されることが予定されている内容を含む限時法的性格を有する法規といわなければならない、したがつて本件行為を禁じていた前記公安委員会の規則の改正により原審判決時においてはすでに右禁止が解除されこれに該当する行為の処罰されることがなくなつていたとしてもその前に成立していた当該規則違反の罪に対する刑が廃止されたものとは即断しがたいのに、原審が本件につき刑法第六条の刑の変更廃止があつたものとして刑事訴訟法第三三七条第二号にしたがい被告人を免訴したのは、法令の適用を誤つたもので右誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張するのである。

ところで本件行為時ならびに起訴時において被告人の本件第二種原動機付自転車における二人乗りの行為を禁じていた新潟県道路交通取締規則(昭和三一年新潟県公安委員会規則第一号)が昭和三三年四月一五日新潟県公安委員会規則第二号をもつて改正され右禁止が解除された結果、従前道路交通取締法施行令第七二条第三号により同令第四一条に基く公安委員会の制限に違反するものとして処罰されていた本件行為が、原審裁判時においてはあらたにこれと同様の行為に出てももはや処罰されないことになつたことは、原判決説示のとおり、関係法令に照らし明らかである。

そして、所論のように、元来右道路交通取締法施行令第四一条は、公安委員会に対し、同条所定の特定種類の諸車につき道路における危険防止その他の交通の安全を図るため必要と認める乗車人員等の制限を定めることを委任し、同委員会はその委任に基き、所轄地域内における道路ならびに諸車の交通状況等を案じその状況の推移につれてつねに時宜に適する同条所定の必要措置をとらなければならず、しかも交通状況の移り変りは日進月歩の勢にあるから、右措置を定める当該公安委員会の制限的定めがしばしば変改されることの起り得べきは前記法条の予期するところであり、右施行令第四一条に基く公安委員会の制限に違反する罪を定めた同令第七二条第三号は、右違反の内容を公安委員会の定めにゆずつている点においていわゆる白地刑罰法規である(かつて物価統制令に基く価格統制に関する罪を定めた法規について、当該価格統制額の指定が主務大臣の告示に委ねられている場合、右告示は前記刑罰法規の内容の一部をなしいわゆる白地刑罰法規を補充する法規制定の性質を有つものでしたがつて告示の廃止は当然その部分に関する刑罰法規の廃止を伴うものか、あるいはかような場合当該犯罪の構成要件は統制額が具体的に指定されるのと別個に抽象的に統制額を超えて取引するという概念自体で定まり構成要件を定める法規には何ら空白はなく、したがつて告示の廃止は刑罰法規の廃止とはならないで単に構成要件を充足する事実の面において変更をもたらすものに過ぎないか、が争われたことがあつた――例、昭和二五年一〇月一一日最高裁大法廷判決における小数意見〔判例集四巻一〇号一九七二頁登載〕参照――が、本件において道路交通取締法施行令第四一条は、道路における危険防止その他の交通の安全を図ることを目的とする道路交通取締法第二三条に基き、右目的のため特定の諸車につき必要と認める乗車人員等の制限を定める広汎な権限をさらに公安委員会に委ねているため、同施行令第七二条第三号の定める本件の罪の構成要件は、その具体的内容の多くを公安委員会の定めるいわゆる規則――もとよりその名称形式のいかんは問うところでない――にまつ実情にあり、その行為の違法的要素ないし犯罪としての本質は、抽象的に公安委員会の規則を無視する点にあるというより、むしろ具体的に公安委員会の定める個々の規則、たとえば本件についてこれをみれば、原動機付自転車に二人乗りをすることを禁じた規則に違反する点にあると解すべきであるから、公安委員会の規則の内容が刑罰法規の一部をなすところのいわゆる白地刑罰法規であることは、ほとんど疑をいれないであろう。)とともに、当該公安委員会の制限を必要とした一時的事情の消滅または変更により、その部分に関するかぎり早晩廃止または変更されることが予定されている性格をもつところの法規であるということができる。そうとすれば被告人の本件行為を禁じていた新潟県道路交通取締規則の改正による右禁止の解除が、その部分に関する具体的刑罰法規の廃止という結果を伴う――一般的には、本件罰則を定めた基本法規たる道路交通取締法施行令第四一条第七二条第三号は依然として空白のまま有効に存続してはいるが、それにかかわらず――ものであることは、右規則違反の罪を定めた前記法規の性質上まことに明らかであるといわなければならない(この意味において前掲最高裁の判決の多数意見が、一方「物価統制令第三三条はいわゆる空白刑法を成し、その犯罪構成要件の一たる統制額の指定を物価庁長官の告示等に委任している……」と言いながら、他方「この告示の廃止は……直接には刑罰法規の廃止ではない」としているのは、もし用語の相違でなければたやすくこれを理解しがたいものといわなければならない。もちろん当該法条が告示によりその空白を補充する空白刑法であるとして、右空白を補充した個々の告示の廃止にかかわらず、なお罰則を定めた右基本法規が空白のまま有効に存続することはいうをまたないところであるけれども、空白刑罰法規の性質上その空白が告示により補充されるごとにはじめて具体的にその個数に応じていくつかの刑罰法規が完成するとみるかぎり、やがてその告示が廃止されることによつてその部分に関する当該刑罰法規もまた廃止されることになると解すべきは、けだし当然のことではなかろうか。その場合基本たる空白刑罰法規が依然として有効に存続することは何らこれと背反するものではない。また、もし右の場合において告示による空白の補充が具体的刑罰法規の制定廃止に無縁であると解すべきものであるとすれば、もはや当該刑罰法規としては何ら空白がなく構成要件的には規定の欠けたところがないということになるべきであつて、それは空白刑法と呼ぶにふさわしい実体をそなえないものといわなければなるまい。そして告示の廃止は単に構成要件を充足する事実の面において変更をもたらすものに過ぎないというだけで問題は解決し、前掲最高裁判決の多数意見のようにさらに当然法規の性格についてそれが「限時法的」なものであるかどうかなど詮議する必要はないことになろう。)から右廃止前になされた被告人の本件行為をその廃止後においてなお行為時法を適用し処罰し得るものとするためには、刑法第六条(第八条)刑事訴訟法第三三七条第二号の趣意にかんがみ、さらにこれに対する例外を示す法規上の明文があるか、そうでないかぎり明文がなくとも理論上同趣旨に解すべき首肯するに足る特別の理由が示されなければならないと考える。(行為時法によれば有罪として処罰さるべき行為に対し、裁判時において当該処罰法規の廃止があつた場合、時際刑法の問題に関し判例のいわゆる行為時法主義の立場に立つとしても、刑法第六条(第八条)の適用により、または少くとも同法条の精神にかんがみ、裁判時法を適用し結局刑事訴訟法第三三七条第二号に定める「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」に該当するものとして免訴の言渡をなすべきことを原則とすることについては、異論をみないであろう。しかしながら、上述の趣意において刑法第六条はもとより例外を許さないほど絶対的な原則というべきものではなく、ともかく右規定はすでに行為時法により処罰する必要が消滅したという一応の推測に立つものと解することができるから、一般刑法の、たとえばしばしば引用される姦通罪の規定の廃止があつた場合などのように、法律観あるいは言葉を換えて言えばいわゆる行為の可罰性に関する価値判断の変更により、現在の立場からすれば行為当時においても処罰すべきでなかつたと認められるときは、理論上例外をいれる余地はないと考えられるが、そうでなくして特別刑罰法規に属する、たとえば経済統制法規の改廃の場合などのように、当該法規制定の前提たる事情に変更を生じたがため、爾今あらたに同様の行為に対して処罰の必要がなくなつただけで、行為当時においてこれが処罰すべきものであつたと考うべきことについては、法律思想上現在もなお変更がないと認められるときは、刑罰法規廃止前すでになされていた行為についてまで必ずしもつねに処罰の必要が消滅したとは言いがたい。多くの行政上の取締法規の改廃に際し、その附則において、当該法規が廃止された後においてもその廃止前の行為に対する罰則の適用については、「なお従前の例による」旨または「当該法令がなおその効力を有する」旨の明文を置き刑法第六条の例外を設けることの少くないことは、この意味においてこれを理解することができるであろう。またかような明文がなくとも、当該刑罰法規の性格上その廃止後においてもこれが廃止前の行為を処罰すべき趣旨が明らかにうかがわれるときは、その明文ある場合と同じように論じても何ら支障がないものと解する。一部の論者が非難するようにこのようないわば類推解釈が罪刑法定主義の原則をみだし、刑罰法令の遡及効を認めるとひとしい結果になるとは考えない。けだし本来行為の時においてそれは処罰さるべき法規上の根拠を有していたものであるからである。ただここに留意すべきは、行為の時においてそれが処罰すべきであつたと認むべきことは現在もなお変りがないからといつて、当然にそれが現在の時においてもなおこれを処罰すべきであるということにはならない、換言すれば、理論上刑法第六条の適用の例外を認める余地があることは、必ずしもつねにその適用を否定すべき理由にはならないことである。その適用を否定するためには、その旨の明文があれば格別(場合によつて立法の当否の問題が生ずるとしても)、現在の時においてもなおこれを処罰すべき趣旨が当該法規の性格上明確に看取せられ得べき場合でなければならない。そして刑法第六条はひとり行為の可罰性に関する価値判断が変つた場合にのみ適用があると考うべきではない。)しかるに所論が単に「道路交通取締法施行令第四一条ならびにこれに違反する所為を処罰する旨規定している同令第七二条第三号は現在も存続してその間改廃されていない」と言い、「右のように罰則を規定した基本法令が廃止されない場合それに基いて制定された規則による一部の禁止が解除されてもすでにその前に成立していた規則違反の罪に対する刑が廃止されたものといえないことは従来の最高裁判所の判決(前記昭和二五年一〇月一一日の大法廷判決等引用)の趣旨に徴しても明らかである」としている点は、われわれとしてはその理由を理解するに苦しむといわなければならない。もつとも所論はまた別に、前掲道路交通取締法施行令の法条をその有する前述の性格からいわゆる限時法的性格を有する法規と言い、「かような場合道路交通取締法施行令第四一条に基く規則の改廃につれてつねに刑の廃止ありとして違反者を免訴すべきものとするならば違反行為取締の徹底を期し得ないのみならず、裁判時の前後によつて同種同質の罪があるいは有罪となりあるいは免訴せられるという不公平の結果を惹起し、一時的事情の消滅が近づくにつれて事実上処罰が不可能となる等道路における危険防止およびその他交通の安全を図るという前記施行令ならびに道路交通取締法の目的は著しく阻害されることとなるのである」と主張する。

たしかに本件道路交通取締法施行令の法条が有つ前述の特殊性格は、あたかもかの戦時中および戦後の一時的事情の下に制定されたもろもろの経済取締法規のそれに似たものであると考えられるのであつて、この点原判決の説明にはくみしがたい点も存するのである(原判決は、道路交通取締法は「部分的改正は別として短期間に廃止されるような運命にある法律とはいいがたるので云々」という。もとより一般的に言つて道路交通取締の必要がなくなることなど今日とうていこれを考えることができないことはいうまでもないが、その取締の必要に出た罰則について刑罰法規としての性格を論ずる場合、重要な点はむしろ取締の前提をなす個々の具体的場合における事情変更の可能性ならびにこれに対する取締の必要性である。)が、所論のように、なぜ「本件道路交通取締法施行令第四一条に基く規則の改廃につれてつねに刑の廃止ありとして違反者を免訴すべきものとするならば違反行為取締の徹底を期し得ない」のか――すでに一般に処罰の必要が認められなくなつた行為につき、行為当時においては処置さるべきものであつたというだけで、なぜ今日さかのぼつてこれを処罰しなければ取締の目的を達し得ないのであろうか。またなぜ「裁判時の前後によつて同種同質の罪があるいは有罪となりあるいは免訴されるということが不公平な結果を惹起する」のか――なるほど同種同質の罪を犯した者がたまたま裁判時が異るという偶然の事情により処遇が違うことになるのは一見不公平に似ているが、しかしともかく裁判時には規則が変つて一般的に処罰の必要が認められなくなつたという事情の変更は、右のような非難を排斥する正当の理由にならないであろうか、さらにまた、なぜ「一時的事情の消滅が近づくにつれて事実上処罰が不可能となる」のか――あらかじめ法規の有効期間が明示されている場合(いわゆる狭義の意味における限時法の場合)には、その期間の終末に近づくにつれて将来処罰されなくなることを予測して遵法を怠り裁判の遷延によつて不当に科刑を免れようとする傾向を生じないとは言えず、これが法の目的を甚しく阻害することは、よくこれを理解し得るのであるが、そうでない場合将来その法規を必要とした一時的事情の消滅が近づくことを何人が適確に予想しその予想の下に処罰を免れようとして違法をあえてするおそれがあるというのであろうか。従来かの経済統制法規等について、いわゆる限時法ないし限時法的性格を有する法規の名の下に、所論のような理由によりその主張するような結論を支持した判例(前掲昭和二五年一〇月一一日最高裁大法廷判決)ないし有力な学説が存したことはこれを認めるのであるが、今本件において、前に説明したとおり、刑法第六条(第八条)刑事訴訟法第三三七条第二号の規定にかかわらず、これに反する結論を明文なくして引き出すことを妥当とするほどに、所論の前記諸事情がその強力な理由たることをわれわれはにわかに是認しがたいし、他にまた首肯するに足る特別の理由を見出すことができないと考えるものである。(道路交通取締法がその附則において「道路取締令及び自動車取締令は、この法律施行前になした行為に関する罰則の適用については、この法律施行後においても、なお、その効力を有する。」旨ならびに道路交通取締法施行令がその附則において「この政令施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお、従前の例による。」旨それぞれ規定していることを考えると、やがて将来本件基本罰則を定めた道路交通取締法施行令が改廃されるような場合が起きたとき、やはり同じ趣旨の附則が設けられるかも知れず、また本件基本罰則がその違反の内容についてこれを公安委員会の定めに委任しながら、右公安委員会の定めの改廃の場合を予想して同趣旨の規定を置かなかつたのは立法者からみれば手続の疎漏であつたのかも知れないが、ともかく本件において、かような明文なく、かつ本件処罰法規の性格上その廃止後においてもこれが廃止前の行為を処罰すべき趣旨が明確であるということができない以上、刑法第六条の適用を認めざるを得ない。近時多くの学説の傾向も明文なくして刑法第六条の例外を認める場合を厳しく解する方向に向いつつあるように思われる。なお昭和三二年一〇月九日最高裁大法廷判決は、旧関税法第一〇四条の委任による命令の改廃により、行為時には外国とみなされていた地域が、裁判時には外国とみなされなくなつた場合、同地域から免許を受けないで貨物を日本内地に輸入した罪について、従来の判例を変更して、犯罪後の法令により刑が廃止されたものと解すべきであるとした。

(加納 足立 山岸)

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