大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(う)1726号 判決

被告人 伊藤一男

〔抄 録〕

原判決援用の証拠並に当審における証人渡辺弥一に対する尋問調書によれば、被告人が原判示日時、劇場内において原判示第一の如き暴行をした後、なおも大声を発して、原判示渡辺五郎等に暴行を加える虞があり且劇場内の観客にも迷惑を及ぼす虞もあつたので、偶々同劇場内において、防犯取締の公務に従事していた南部警察署刑事係長山梨県警部渡辺弥一がこれを認め、被告人を劇場外道路へ連れ出したところ、被告人は同警部に反抗して再び劇場内に入る為後戻りしようとするので、若し劇場内に入れば、こゝで再び他人に暴行を加える等如何なる危険な事態が発生するかも知れない虞があるものと渡辺弥一は認め、そして急を要する場合であつたので、直ちに被告人の腕を捕えて被告人が劇場内に戻らないように制止したところ、被告人の足元がふらついていた為、自からその場に倒れたところ、被告人は怒つて、原判示の如く劇場前附近道路において、同警部に組みつき、同警部がつまずいて倒れたところを手拳で、その頭部、顔面を殴打し、靴穿のまゝその臀部、足等を蹴るの暴行を加えた上同人に対し、左股関節、膝部関節、下顎部挫傷等治療一週間を要する傷害を蒙らせたものである事実が肯認しうるのである。

而して、警察官職務執行法第五条によれば、警察官は犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防の為関係者に必要な警告を発し、又もしその行為により人の生命、若しくは身体に危険が及び又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる旨定められているところ、本件渡辺警部が被告人を劇場外に連れ出し、被告人が劇場内に戻ろうとするのを制止した行為は正にこゝに云う犯罪行為により人の身体に危険を及ぼす虞があり、急を要する場合でその行為を制止することができる場合に該当するものと認められるのであつて、被告人が渡辺警部に対し前認定の如き暴行を加えたのは同警部の職務の執行を妨害したものと認めなければならない。

所論は被告人が右渡辺警部に加えた暴行は同警部が被告人を強く突くか、足払いをかけるかしてコンクリート道路に仰向けに倒したので、被告人が憤激したもので、同警部の挑発行為により惹起されたもので、職務執行に対する妨害行為ではない旨主張するところ、当審証人大谷未知男の証人尋問調書中には右主張事実に符合する供述記載が存在するけれども、当審検証調書によると大谷未知男の被告人が渡辺警部に倒されたという場所と大谷未知男がこれを見ていたという場所とは一五米以上も離れており、且つ夜間で、被告人と渡辺警部の二人がいたという場所は劇場切符売場(劇場正面の略中央に在る。)から東南に約一〇米の距離の地点で、必ずしも照明の十分である場所とも認められない点及び当審における証人渡辺弥一の尋問調書の供述記載に対比すれば信用するに足らないものである。他に本件記録によつては被告人の本件暴行が所論の如く右渡辺警部の挑発的行為によるものである事実を認めて、右認定を覆すに足る証拠は存在しない。

しからば、原判示事実には所論の如き事実誤認ありとは認められない。

尤も、原判決は、同日同所において被告人は、防犯取締中の渡辺警部に右暴行を制止せられ場外に連れ出されたことに憤慨し、同所附近道路において同警部に組付き云々と判示しているのであるが、渡辺警部が被告人を場外に連れ出したのは前説示の通り、被告人において渡辺五郎等に暴行を加える虞があると認め、これを予防するためであつたことが認められ、原判示の如く、渡辺警部が被告人の原判示第一の暴行を制止した事実はこれを確認するに足る証拠は存在しないのである。従つて、原判決にはこの点において事実の誤認が存するものといわねばならない。又原判決は被告人が場外に連れ出されたことに憤慨しと判示しているのであるが、この点についても前説示の通り、被告人は場外に連れ出されたのみならず、再び場内へ戻ろうとしたのを渡辺警部に制止せられたために憤慨したものと認められるのであつて、この点においても原判決の認定には誤りがあるものと認められるのである。しかしながら、原判決は、前説示の通り渡辺警部が具体的職務の執行として被告人を場外に連れ出したことを認定した上、被告人が同警部の右職務の執行を妨害し、因て同警部に傷害を負わしめた事実を認定しているのであるから、原判決の事実の認定に右程度の誤認があつても、未だ原判決に影響を及ぼすものとは認められない。論旨は結局理由がない。

(山本謹 渡辺好 石井)

註 本件は量刑不当で破棄

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!