東京高等裁判所 昭和33年(う)1917号 判決
被告人 宮坂恵秋
〔抄 録〕
論旨第一点乃至第四点について。
所論は原判示第二、第三の被害者は洋紙商林聖二ではなく、株式会社河内屋洋紙店であることは押収証拠品の記載に徴し明らかであるのに、林聖二個人を被害者とした起訴状に基きこれと同一の認定をしたのは事実誤認、法令適用の誤があり、原判決が株式会社河内屋洋紙店に対する詐欺事実を認めたものとすれば、訴因の変更をしないでそのような認定をした点において、不法に公訴を受理した違法があると云うのである。
しかし所論各証拠並びに当審における事実取調の結果によれば、判示第二、第三の詐欺被害者は株式会社河内屋洋紙店(代表者浅野松次郎)で、林聖二は同店員として被告人と応待し、判示のように欺罔されて前記洋紙を騙取されたことが明らかであり、本件公訴事実は右詐欺被害事実を内容としたものであつて、公訴事実並びに原判決にいわゆる洋紙商河内屋こと林聖二というのは株式会社河内屋洋紙店店員林聖二の趣旨に外ならないものと認められる。そして叙上のような事実関係のもとにおいては、林聖二を欺罔して同人より洋紙を騙取したと云うのも、株式会社河内屋洋紙店店員林聖二を欺罔して右洋紙店より洋紙を騙取したというのも、具体的事実関係は同一であり、公訴事実の同一性を害するものではなく、また原審としてはこのような場合には訴因の変更を命ずるのが相当であるが、これをしなかつたからといつても右は単なる訴訟手続の法令違反に止まり本件において右の違法は判決に影響を及ぼすものとは認められないから、この点に関する論旨は理由がなく、また被害者を株式会社河内屋洋紙店と認定すべきものをその店員たる林聖二と認定したとしても右事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない。従つてこの点をとらえて原判決を破棄すべき事実誤認または法令適用の誤があるとする所論もまた採用するを得ない。
同第六点について。
所論は原裁判所が豊島簡易裁判所に係属した事件(原判決第一の事実)を併合審理する旨の決定をするについて同事件の弁護人であつた太田寛の意見を聴かずまた公判期日の通知をしなかつたことは違法であると云うにある。
よつて本件記録を調査すると、原裁判所が併合決定をするについて、豊島簡易裁判所の事件の弁護人であつた太田寛の意見を聴かないで決定したこと、同裁判所に起訴された事件(原判決第二、第三の事実)と併合審理する公判期日を同弁護人に通知しないで、同弁護人不出頭のまま同裁判所に起訴された事件の国選弁護人佐羽田武のみの出席の下に右両事件を審理したことは明らかである。しかし裁判所が公判廷外において職権により決定をするについては必ずしも訴訟関係人の意見陳述を聴く必要がないことは刑事訴訟規則第三十三条第一項の規定するとおりであつて、刑事訴訟法第五条第一項の併合決定をするについて特に意見を聴くことを必要とする旨の規定はないから、原審が右併合決定をするについて弁護人太田寛の意見を聴かなかつたことは違法とは云えない。しかし原裁判所が豊島簡易裁判所の事件を併合した上、両事件を併せて審判するについては、併合された事件につき弁護人の有無を調査し、その弁護人である太田寛に対しても公判期日を通知し、同弁護人の出頭を得た上で審理判決をすべきものであつた。尤も被告人としても併合決定の通知を受けた以上その旨を弁護人に通知し爾後の弁護活動に支障を来さないようにするか、少くとも公判期日に弁護人の出頭がないときは裁判所にその旨を告げて自己の弁護権を全うするよう努力すべきものであつて、それらの点について何ら措置を講ずることなく当審に至つて、この点に関する第一審の訴訟手続の瑕疵を捉えて原判決を攻撃するが如きは徒らに訴訟を弄ぶものであるとの非難を免れない。しかしながら原審がこの点の職権調査を怠つたのは粗漏たるを免れず、被告人に右のような落度があるからと云つて、これを以て原審の手続の瑕疵を看過することは許されない。即ちこの点において原判決には被告人の弁護権を不法に制限した違法があり、本件において右訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすものと認めざるを得ないからこの点において論旨は結局理由がある。
(坂井 山本長 荒川)