大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(う)2111号 判決

被告人 藤川芳男

〔抄 録〕

被告人は自動三輪車を運転する資格なく、また、その経験すら皆無にひとしかつたのにかかわらず、判示自動三輪車を判示日時判示場所において運転したのであるが、かように運転にたずさわる以上、運転上必要とする注意義務は、凡て、被告人において、これを負わなくてはならない筋合である。その際、運転の資格を有する小林修を左助手席に同乗させ、同人から教示を受けつつ運転する関係にあつたこと、所論のごとくであつたとしても、運転上の必要なる注意義務が、挙げて同人に転嫁さるべきいわれはない。被告人の右運転上の注意義務懈怠は右小林修の注意義務懈怠をもつて論ずべきもので、被告人には責任の負うべきものがないというような所論は、まつたく条理の許さざる主張であつて、とうてい採用すべき限りでない。しかり而して、被告人は時速約三〇キロで判示通横町交さ点を右折しようとしたのである。かかる場合、判示自動三輪車のごとき比較的安定度のわるい車を運転する者は、速力を低下して徐々にハンドルを右に切つて転覆事故などの起らないように注意すべき義務があるにもかかわらず、被告人はこの注意義務を懈怠し、右の速力のままで急角度に右折しようとしたのであつた。これは、まさに、運転上の重過失というの外はない。判示自動三輪車は、それに因つて左に横転し、同乗していた前示小林修に判示傷害を蒙らしめたのである。してみれば、被告人は刑法第二一一条後段に定める重過失致傷罪としての責任に服すべきものたるや、もとよりいう迄もない。所論によれば、判示事故現場附近道路には、事故を起こし易い程度の破損箇所(穴)が数ケ所あつたというのであるが、原判決の認定した所によれば、現場は舗装道路で表面の一部が薄く剥離欠損して幾分粗になつた個所もあつたが平坦であり、交通の安全に支障を及ぼすような個所が全く存在しないというのであつて、判示自動三輪車の車輪が落ち込むがごときことは絶対にあり得ないのであつた。しかし、百歩を譲り、かりに所論のごとき破損箇所が道路にあつたとしても、その存在に注意を払わずして進行するような運転方法をとつたために判示顛覆事故が起つたとすれば、そこに尚、被告人の過失の責むべきものがあるというべきであつて、これを否定しようとする主張は、もとより肯認さるべき筋合ではない。それで、論旨第一点はすべて採用しがたく、該論旨は理由がない。

次に、判示自動三輪車の顛覆事故の責任は判示のごとく被告人の負うべきものであつて、これを同乗者小林修に帰せしむべきものでないこと、右に説示するとおりであるから、原判決が判示事実に対し法律を適用するに当り、判示所為による刑事上の責任を同人に認めず、これを被告人のものとして、被告人に対し刑法第二一一条後段を適用して処断したのは、まさに、その所であつて、原判決には決して論旨第二点において指摘するがごとき擬律錯誤の違法はない。従つて、該論旨は、いわれなき主張であつて、もとより理由なきものといわなくてはならない。次に、記録にあらわれた諸般の情状を考量し、更に、論旨第三点に指摘する同乗者小林修との関係や同人に対する被害賠償の事実を特にしんしやくしてみても、被告人に対する原判決の量刑は所論のごとく著しく過重というべきものではない。それで該論旨は理由なきものとして排斥するの外はない。

(中野 尾後貫 堀真)

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