東京高等裁判所 昭和33年(う)2236号 判決
被告人 奥津悟
〔抄 録〕
原判決の挙示する各証拠を綜合すると、被告人は自動二輪車の運転免許を有する者であるが、昭和三十二年十二月一日自己の所有する自動二輪車第に―〇九六〇号を運転して東海道を小田原市酒匂方面より同市幸方面に向う途中、同日午後六時二十分頃時速約三十粁の速度で小田原市万年四丁目五百七十七番地先道路に差しかかつたところ、前方反対方向より進行して来た自家用自動車があり、その自動車の前照灯の光に幻惑されて被告人は一時視力を失つたが、別段停止もせず警笛も鳴らさずそのまま以前の速力で右自動車とすれ違おうとした瞬間、被告人の進行方向左側から突然被告人の車の直前に飛び出して来た田代周一郎(当二十一年)の姿を発見し、驚いて急停車の処置を講じたが間に合わず、自己の操縦する自動二輪車の前輪及び同フエンダーを同人に接触させて路上に転倒せしめ、よつて同人に対し頭蓋骨底骨々折等の重傷を負わせ、これがため同人をして翌二日午前四時四十五分頃小田原市万年四丁目五百七十三番地松井病院において死亡するに至らしめた事実および右事故を起した道路は東京と箱根とを結ぶ交通量の多い一号国道であつて歩道と車道との区別が設けられており、車道の幅員は事故現場附近において十四米十糎あり、東西に通ずるコンクリート舗装の見とおしのよい直線道路であるが、事故発生当時現場附近の道路は、その道路のほぼ中央部から南側の半部を道路工事施行中のため、小田原市酒匂方面より同市幸方面に向う右道路の南側を進行すべき諸車については、その通行禁止となつていたのであるが、被告人はそのことを知らずに該道路に乗り入れ、工事施工中の該道路の中央線に沿い該道路の北側の道路部分の左側を、被告人の進行方向に向つて左側は道路工事施行中であるから、このようなところから通行人が出て来ることはあるまいと考え安心して前記のように時速約三十粁の速さで進行していたものであり、また事故発生当時被告人は被害者田代周一郎が自己の車の直前に飛び出した姿を自己の車の直前に発見するまで全然同人の姿を認めていなかつた事実を認めることができる。ところで、歩道と車道との区別があり横断歩道の設けられている道路であつても、その横断歩道を通らずに道路の随所で車道を横断しようとする歩行者の多いことはわれわれの日常目撃するところであり、そのことは道路工事の施行されている道路においても絶無とはいえないのである。そしてまた交通量の多い道路でその道路の片側半分が道路工事施行中のため諸車の通行し得る道路の幅員が狭くなつているような場所では、その工事中の道路の片側を通行すべき諸車についてはその通行を禁止されている事例もよくあることであり、このような場合、その道路を横断しようとする歩行者は、通行禁止になつている方向から車が来るとは思われないから、その方面には注意を払わないで道路を横断しようとする姿もよく見受けるところである。
従つて自動車その他自動二輪車等の運転免許証を有するその運転者たる者は、このような交通量の多い道路で、道路の片側半分が道路工事施行中のため諸車の通行し得る車道の幅員が著しく狭くなつているため、その道路工事の施行されている側を通行すべき諸車の通行が禁止されている道路に差しかかつた際に、自己の通過しようとする道路側が工事施行中であるためその通行を禁止されているのに拘わらずそのことを知らなかつたためその道路に乗り入れることとなつた場合においては、直ちにその道路の状況より判断し、右の如き通行禁止の処置が講ぜられている場合のあるべきことに想到し、その道路を通過するにあたつては、通常の状態にある道路を通過する場合と異なり特に一段の注意を払つて自己の進行方向の前方およびその左右の通行人の動静をよく注視し、機に応じて何時でも急停車のできるように減速徐行し、特に前方を横切る人の気配を察知した時は警笛を鳴らしてその注意を喚起するとか、停止してまずその人を横断させる等の処置を講ずべきであるといわねばならない。従つて夜間このような道路を通過するに際しては、反対方向から進行して来る自動車とすれ違うにあたつて、その自動車の前照灯の光のため目がくらみ一時視力を失うに至つた時は、直ちに一旦停止し視力の回復を待つて進発する等の措置に出で、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があることは当然であるといわなければならない。しかるに被告人は前段に認定したように、前記道路が被告人の進行する方向に向う諸車については通行禁止になつているに拘わらずそのことを知らずにその道路に乗り入れ、進行方向に向つて左側は道路工事施行中であるからそのような個所から通行人が出て来ることはないと考え、安心して時速約三十粁の速さで進行中反対方向から進行して来た乗用自動車の前照灯の光に目がくらみ一時その視力を失うに至つたのに拘わらず一旦停止する措置にも出でずそのままの速力で右乗用自動車とすれ違おうとしたため、被害者田代周一郎が被告人の進行方向に向つて左前方の道路工事施行中の個所におり、そして被告人の車の前方を左側から右側に向つて車道を横断するため北側の車道に飛び出そうとしている気配を察知せず、同人が被告人の車の直前に飛び出した時になつて初めて同人の姿を認め、驚いて急停車の処置を講じたが間に合わず、同人に被告人の操縦する自動二輪車の前輪および同フエンダーを接触させてその場に転倒させ、よつて前記認定のような傷を負わせて同人を死亡せしめるに至つたのであるから、被害者田代周一郎の受けた右負傷および致死の結果は、被告人が前記業務上当然払うべき注意義務を怠つたがゆえに生じたものであるといわなければならない。
(滝沢 久永 八田)