東京高等裁判所 昭和33年(う)2467号 判決
被告人 北久保義孝
〔抄 録〕
所論は要するに、原判決は田口行男の検察官に対する供述調書を原判示事実認定の証拠としているが、該供述調書の取調請求については原審弁護人において異議の申立をしているものであつて、田口行男の原審公判廷における供述と比照し、特にこれより信用すべき情況は毫も存在しないのに拘わらず、該供述調書を証拠としたことは、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号但書の規定に違反した採証の方法であり訴訟手続に法令の違反があるというのであるが、原審公判廷における田口行男の供述を仔細に検討すると、その供述は渋滞しがちであつて、しかも前後矛盾しているところが多く、またその趣旨もあいまいなところが多く見受けられるところ、検察官の尋問に引続いて反対尋問をするために立ちあがつた弁護人から「先程なかなか答えなかつたが被告人がいると恐いからか」と尋ねられて田口証人は「それもあります」と答えた問答が原審第二回公判期日における同人の供述調書中に記載せられているのであつて、この田口行男の原審公判廷における供述と、この供述により前になされた同人の検査官の面前における供述を録取した前記供述調書に記載されている同人の供述とを対比し、これに本件記録にあらわれている一切の情況を併せ考えれば、同人の原審公判廷における供述よりも前の供述である前記検察官の面前における供述の方を信用すべき特別の情況があると認めることができる。弁護人はこの点について種々主張するところがあるが、すべて独自の立場から右の認定に反する見解を表明するものであつて採用し得ない。しかして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の規定によつて証拠として採用する場合に、所謂「特別の情況」の認定理由を判決に説示することは必要でないから、原判決が前記検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号にあたる場合であると認め、これを原判示事実認定の証拠として引用したのは正当であり、またこれを証拠として引用するにあたつて、所謂「特別の情況」を認めた理由について何等説示するところがなくても、これを目して違法ということはできない。論旨は理由がない。
(滝沢 久永 八田)