東京高等裁判所 昭和33年(う)69号 判決
被告人 萩原福次郎
〔抄 録〕
原判決が、罪となるべき事実として、起訴状記載の公訴事実を引用し、被告人が原審相被告人ら共謀の上、昭和三二年七月三一日午後四時二五分ごろ、横須賀市大滝町一丁目一六番地被告人方二階三畳の間において、不特定の客であるアーネストEウイリアム外四名の者の面前で、男女性交の状態を露骨に描写した「税務署」と題する映画を上映して同人等に観覧させ、以て公然猥せつの図画を陳列したものである旨の事実を認定判示し、これに対して刑法第一七五条を適用処断していることは、所論のとおりである。しかるに、所論は、刑法第一七五条にいわゆる猥褻の図画とは、ある物体の上に、不動的にかつ文書偽造罪等におけると同じく、永続的に描出された猥褻の形象をいうものであるのに、原判示「税務署」と題する映画の形象は、移動的であつて、しかも永続的でもないから、ここにいわゆる猥褻の図画ということができないばかりでなく、同条にいわゆる公然陳列するとは、猥褻の図画を不特定又は多数人の目に触れ易き場所に存置して、有償無償を問わず、自由にその観覧に供する状態をいうものであるところ、原判示映画映写の場所は、被告人方二階上り端左側突当りの三畳間の一室内を鎖し、見張を置いて官憲の取締を警戒し、外部との交通を遮断し、観客も米兵に限られ、特定の僅か五名の極めて少数の者に対してのみ、秘密裡に前顕映画を物干台の方より階段の方に向つて壁に映写して観覧させていたものであつて、未だ、公然猥褻の図画を陳列したとはいうことができないものであるから、かかる行為に対して刑法第一七五条を適用した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張するにより、考察するに、刑法第一七五条にいわゆる猥褻の図画とは、ある物体の上に永続的に描出された猥褻の形象をいうものであるから、映画を映写した場合に銀幕上に顕われた幻影を指して図画といい得ないことは、所論のとおりであるけれども、映画を映写するときは、その写出されたものにより、映画自体の如何なるものであるかを認識し得べき状態に置くものであるから、映画自体を陳列したものといい得られるのであつて、(大審院大正一五年(れ)第七三四号同年六月一九日第四刑事部判決参照)原判決もまたこの理由により、被告人の本件所為に対し刑法第一七五条を適用したものであり、映写によつて顕われた幻影をもつて同条にいわゆる図画に該当すると解したものでないことは、原判決の判文自体によつて明らかであるといわなければならない。しかして、同条にいわゆる公然陳列するとは、猥褻の図画を不特定又は多数の人の観覧し得べき状態に置くことをいうものと解すべきことは、所論のとおりであるけれども、原判決の挙示する証拠に徴するときは、被告人が、本件所為に出たのは、猥褻映画を好む米兵を客として猥褻映画を上映し、観覧料を徴収して利益を得ることを目的としたものであり、その客を集めるについては、あらかじめ、自らオートバイに乗つて横須賀市内を廻り、各所にたむろしている力車屋らに対し、客の周旋方を依頼しておき、これら力車屋が動誘して連れて来る米兵達を誰彼を問わず被告人方に案内し、数人集まる毎に、観覧料を徴収した上、原判示の被告人方二階三畳の間において、猥褻映画を上映して観覧させ、これら米兵達が帰つた後は、更に、力車屋らの連れて来る他の米兵達に前同様観覧させるというようなことを繰り返していたものであることが認め得られるのであつて、たとえ、原判決認定の本件映画を上映していた際には、所論のように、右三畳の間と外部との交通を遮断し、かつ、観客も原判示五名の米兵に限られていたとしても、右五名は、全く不特定のうちの五名であつて、結局不特定の人の観覧し得べき状態においたものというべきであるから、被告人の原判示所為は、正に、刑法第一七五条所定の猥褻の図画を公然陳列した場合に該当するものといわなければならない。
(中西 山田 鈴木良)
注 本件破棄は法令適用の誤による