大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(ツ)123号 判決

原判決は被上告人から本件建物の係争部分を賃借していたのは原審控訴人河野伝でなく、訴外洋明貿易株式会社であつたこと、並びに上告会社(原審控訴人以下同じ)は昭和三十年六月洋明貿易株式会社から右賃借権を譲り受けてこれを使用するに至つた事実を認定した上、右賃借権の譲渡につき賃貸人たる被上告人の承諾を得ていたかどうかを判断するに当り、先ず原審共同控訴人河野伝本人の第一審(第一回)及び第二審における、右賃借権の譲渡につき被上告人の口頭による承諾を得た旨の供述は第一審及び第二審(第二回)における被上告人本人の借述と対比して措信し難いとしてこれを排斥し、更に所論引用の証拠により「控訴会社(上告会社以下同じ)は本件供争部分の賃借権を譲受けてから、その入口に控訴会社の表札を掲げてその部分を使用し、以後昭和三一年五月分まで被控訴人(被上告人以下同じ)に対し控訴会社振出の小切手を以て賃料相当の金員(昭和三〇年六月分は一ケ月二万三〇〇〇円、同年七月分からは一ケ月二万五五〇〇円)を支払つたことが認められるが、原審及び当審(第二回)における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は同人の貸地貸家の賃料については借地借家人以外の者の振出にかかる小切手で受取ることがあつたので、前記控訴会社振出の小切手も、本件係争部分の使用者が控訴会社であることに少しも気付かないで、受取つていたことが認められるから、前示認定の事実のみでは、控訴会社が本件係争部分の賃借権を譲り受けたことについて、被控訴人の明示の承諾はもちろん黙示の承諾があつたものと認めることは困難であり、従つて控訴会社は右賃借権を以て被控訴人に対抗することはできない。」旨説示して上告人の抗弁を排斥したことは明らかである。

ところで上告人は右原判決の認定にもあるとおり(一)、上告会社が訴外洋明貿易株式会社から本件建物の係争部分の賃借権を譲受けて使用を開始するに至つた昭和三十年六月分以降の賃料相当の金員については同三十一年五月分まで継続して上告会社振出の小切手を以て支払われてきた事実、(二)、右賃借権譲受直後即ち昭和三十年七月分から従前の賃料にあたる月額二万三千円を同二万五千五百円に増額されている事実、(三)、上告会社が本件係争部分の賃借権を譲受けてからその入口に上告会社の表札を掲げていた事実(被上告人は本件建物の係争部分と棟続きの建物内で碁会所を経営し、殆んど毎日昼間はここにいたので永い月日の間建物の出人毎にその看板を見ない筈はないのであると上告人は上告理由で附加している。)を挙げ、これら事実は被上告人において右賃借権譲渡の事実を明示若しくは黙示的に承認していたことを証明してあまりあるのみならず、(四)、更に会社登記簿謄本である乙第一号証及び第七号証によつて明らかな如く訴外洋明貿易株式会社と上告会社とはその資本金を同額であり、賃貸人たる被上告人からみても、その対人信用は両会社の間に逕庭なく、特に上告会社に対し賃貸できないというような事情は毫末も存しないのであるから、この事実も本件賃貸借権譲渡につき被上告人がこれを承認するのに何等支障なきことを推認し得べき資料となし得るにかかわらず、原判決は以上一般取引の通念を無視し、常識ある者の到底首肯することのできない前示被上告人の逃口上ともいうべき供述を採用して上告人提出援用の数々の有力な証拠資料を排斥する根拠としたのは、単に証拠の取捨判断を誤つたというに止らず正に経験法則に違背して事実を確定した違法があるというのである。

しかし本件において上告人主張の賃借権の譲渡について明示若しくは黙示の被上告人の承諾があつたとなすには、被上告人において右賃借権の譲渡の事実を知つていたことがその前提でなければならない。上告人の指摘する諸点はなるほど右承諾の事実を推断させる有力な情況資料ということができるけれども、原判決の認定によれば、被上告人は右賃貸権の譲渡があつたという昭和三十年六月以降、本件建物の係争部分の使用者が上告会社であることに少しも気付かずに(一)上告会社振出名義の小切手で賃料相当額の金員を受領していたというのであり、更に(二)賃料の値上の事実及び(三)上告会社の表札を掲げた事実をも認定しているけれども、既に右の如く賃借人更替の事実を被上告人が知らなかつた以上、これら(一)ないし(三)の事実があつたからといつて必ずしも賃借権譲渡につき明示もしくは黙示の承諾があつたものと認めなければならぬものでない。もつとも被上告人が賃貸物件の使用者が上告会社であつたことを知らなかつたという事実の認定の資料は専ら被上告人本人の供述によるものであるけれども、前示(一)ないし(三)の事実があつても被上告人において右係争物件の使用者の入れかわりを知らなかつたということはあり得ることであるから、原審がその自由な心証によつてこの点に関する右被上告人の供述を採用し前叙理由によりこれら事実の存在にかかわらず賃借権譲渡承諾の事実を否定したことを以て直ちに経験法則に違反して事実を認定したものということはできない。なお(四)洋明貿易株式会社と上告会社とが仮りに対人信用において逕庭がなかつたとすれば、或は上告人主張の如く被上告人が前示賃借権譲渡を承認するにつき別段の支障がなかつたと推認し得る一資料となるかもしれないが、これとて右承諾の有無を左右するに足る程の問題でなく、原判決がこの点につき別に言及しなかつたからといつて理由不備ということもできない。

(柳川 坂本 中村)

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