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東京高等裁判所 昭和33年(ツ)56号 判決 1958年12月27日

上告人 被控訴人・原告 樋口美智子 外六名

訴訟代理人 高瀬六郎 外一名

被上告人 控訴人・被告 丸山義一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告理由は別紙記載のとおりである。

先ず職権を以て調査するに記録によれば上告人中樋口忠正は昭和十三年二月二十日生で(記録第四二丁戸籍謄本参照)第二審判決正本送達前既に成年に達していることは明らかであるところ、本件上告状には右忠正の法定代理人樋口美智子と表示し、且つ同上告状添附の訴訟委任状によれば右上告人の上告提起に関する訴訟代理人高瀬六郎、同太田寛に対する委任も右美智子によつて選任されたことを窺い得る。しかし同代理人等は本訴が第二審に繋属中忠正が未成年であつた当時の法定代理人樋口美智子によつて適法に右忠正の訴訟代理人として授任せられ且つ上告提起の権限をも授権せられていたことは第二審における訴訟委任状(記録第二〇九丁参照)によつて認め得るから、本件第二審判決の送達によつて訴訟手続は中断せず、また右訴訟代理人による上告の提起は代理権あるものとして有効であること言を俟たない。

よつて進んで上告理由につき判断する。

上告理由第一点について、

原判決が上告人等主張にかかる「本件和解による債務金二百三十万円の弁済期昭和三十年五月三十日を同年十二月末日に合意変更した」ことを前提とし、原判決三枚目表六行目以下(三)の(い)欄に掲記する異議事由の有無を判断するに当り、右弁済期変更の合意の成立した事実を認めるに足る証拠は全くないから、右弁済期猶予の特約の成立したことを前提とする上告人等(原審被控訴人等)の主張はすべて理由がないとしてこれを排斥したものであることは所論のとおりである。しかし上告人等代理人において原審昭和三十三年一月十三日の口頭弁論期日にこの事実の立証のため新たな証拠調の申出でをしたとの事実については原審における同日の口頭弁論調書の記載上認めることはできない。従つて原審がこの点につきそれ以上証拠調をすることなく既になされた証拠調の結果に照らし、上告人等の立証責任に属する右主張を前叙理由の下に排斥したのは当事者主義のたてまえ上当然であつて、上告人等の新たな証拠の申出を故なく却下して判決をしたものでない以上審理不尽の違法あるものということはできない。

上告理由第二点について、

上告人等が本訴請求異議の一事由として主張するところは、「本件債務名義には昭和三十一年七月二十日附で被上告人のため執行文が付与されているけれども、右債務名義による明渡請求権の目的たる建物につき、さきに昭和三十年十一月二十九日被上告人から訴外浜田夫久、同馨の両名にその所有権が移転せられ中間省略の登記によつて右両名のための所有権取得登記が経由されており、被上告人は上告人等に対する該家屋の明求権を喪つていた次第であるから、右債務名義にもとずく家屋明渡の執行はこれを許されない」と謂うにこと、即ち執行文付与の実体的前提要件たる家屋明渡請求権の欠缺を主張して右債務名義にもとずく強制の不許を求めるにあること原審における弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、これに対し原判決は証より被上告人(原審控訴人以下同じ)は昭和三十年八月三十一日本件建物の所有権を取得したが、同年十二十九日これを訴外浜田夫久及び馨の両名に譲渡したこと、従つてここに上告人等に対する当該建物の明求権をも喪失した事実を認めたが、更に昭和三十一年十二月十一日被上告人において右訴外人両名から右の譲渡を受けて本件和解調書による右建物明渡請求権を再び取得するに至つた事実を認定した上、右事実の下においては被上告人が本件和解調書に執行文の付与を受けた当時(昭和三十一年七月二十日)その執権者たる地位を喪失していたのであつても現在は再びその地位を回復しているものというべきであるから行文付与の際における瑕疵は既に治癒されているものといわなければならない。と判断して右異議の主張斥したものである。

ところで執行文付与の実体的前提要件の欠缺を理由として債務名義の執行の不許を求める訴にあつては議の原因の有無は当該判決の基本たる口頭弁論終結当時の状態によつてこれを定むべく、たとい執行文付時その前提たる実体的要件(本件にあつては被上告人が実質上家屋明渡請求権を有し執行債権者たる地位つたかどうか)が具備されておらなくても、右異議の訴の口頭弁論終結当時既に右要件が充足されている右瑕疵は治癒され、この時までの違法は最早訴訟上主張することはできず、このことは右債務名義にもと強制執行の開始が右実体的要件具備の前たると後たるとにかかわらないと解すべきである。(昭和十七年月十七日大審院第一民事部判決〔同院民事判例集二一巻二一号一一二一頁〕において、引用する昭和十六月二十二日同院言渡の判決においては執行文付与の前提たる実体上の要件の充足後に強制執行が開始され合に関するものであるが、その後段の理由として附加説示する如く一般に執行文付与の前提たる実体的要欠缺を主張して異議の訴が提起せられた場合にその異議の原因の有無は判決の基本たる口頭弁論の終結当状態によりこれを定むべしとする判旨の趣旨に鑑みるときは苟くも執行文付与の実体的要件が異議の訴の弁論終結当時に具備されるに至つた以上、右要件充足以前に既に強制執行が開始されている場合にも同判趣旨は妥当すると考えられる。)

してみると本件において前示被上告人のための執行文付与当時目的たる建物が既に訴外人等に譲渡されかもこれにもとずいて被上告人のため強制執行が開始されていたとしても、原審口頭弁論終結当時更に該の所有権が被上告人に復帰し執行債権者たる地位を回復していた以上執行債務者たる上告人等において当務名義にもとずく強制執行の不許を求める請求は理由なきに帰し、これと同一見解の下に上告人等の右異主張を排斥した原判決は正当であつて、論旨は理由がない。

よつて民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条、第九十三条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 坂本謁夫 判事 中村匡三)

上告理由

第一点原審は、本件の審理手続において、民事訴訟法第二五九条を次に述べるように、当該事態に反して適用し、その理由においては、上告人等(当時の被控訴人)には、その主張する事実を、認定するに足りる立証がないと断定判示したのは審理不尽の違法である。即ち、樋口円太郎及び上告人等(当時の被控訴人)が被上告人(当時の控訴人)を代理人として、別件家屋四棟と土地四筆を売却し、その代金を同人に受領させたのは、本件債務弁済のためにしたことである。又この不動産売却は、本件和解成立の昭和三〇年六月二日の協定があつたればこそ実行されたのである。それであるから被上告人(当時の控訴人)が円太郎及び上告人等の、代理人として受領した、右売却代金が本件債務の、内入弁済になつた事実が判明すれば、これによつて、(イ)本件和解契約は、右協定によつて、それに定めた通りの契約に、更改されたこと、(ロ)従つて、代物弁済の実行と金銭による弁済の実行とは両立しないから、代物弁済予約は、解消したこと。(ハ)残金債務は代物弁済予約の伴なわない、単純債務であること。(ニ)残金債務の弁済につき、被上告人(当時の控訴人)が本件土地家屋を、浜田両人に又は被上告人(当時の控訴人)名義にして、上告人(当時の被控訴人)等の、弁済金調達の途を、塞いでいること(この点は甲第一号証の一及び二で立証)等の、御推断を受けられる、審理段階に進み得られるので、当時の被控訴代理人(現在の上告代理人)が、昭和三三年一月一三日の、口頭弁論で、口頭を以て、右内入弁済と残金債務弁済につき、債権者遅滞にある事実を、立証目的として開陳して、証拠調のために、被控訴人本人(現在の上告人本人)樋口美智子の、喚問を申立てたが、原審裁判所は、同人については、已に第一審裁判所での、訊問調書が、あるからとの、理由で、許可せられず、しかも、即座に口頭弁論の終結を宣された。しかして、同訴訟代理人が、同日書面による、証拠調の申立ができなかつたのは、同代理人が、同日訴の一部を取下げ、かつ訴状記載の請求趣旨及び請求原因の一部訂正を申立てたので、これに対する相手方の答弁の如何によつて、次回口頭弁論期日までに、これに適応した、証拠調の申立をなし得るものと信じていたので、その機会を、失したものであります。殊に、本件における、弁済についての、事実審理は、上告人(当時の被控訴人)と被上告人(当時の控訴人)との間に、目下係属中の、東京地方裁判所民事第十五部では、同庁昭和三一年(ワ)第四五四四号所有権確認取得登記抹消請求訴訟事件における、審理とは、一事不再理の法則上、実に重大な関連があるのと、尚おその他に、被上告人(当時の控訴人)が上告人等(当時の被控訴人)の、所有する別件土地家屋に対し、本件和解契約に包含する、貸金の一部に基いてなした、所有権移転請求権保全の仮登記抹消請求の訴を、後日、上告人等から、被上告人に対し提起した場合における、審理にも亦非常な影響を及ぼす争点であるだけに、上告人等は、一段と充分の審理を尽されたいところであるから、前叙のように民事訴訟法第二九五条同第一八二条に牴触する、審理手続によつた原審判決の破棄を求めるのであります。

第二点(判決書十四頁以下) 原判決は、次に述べるように、強制執行に関する、民事訴訟法の精神と、同法第五一九条乃至五二一条を存置する目的に反する法規解釈上の違法がある。即ち、原審裁判所が、その判決理由において、被上告人(当時の控訴人)は、本件家屋の所有権を、昭和三〇年八月三一日に取得した後、同年一一月二九日頃、浜田両人にこれを譲渡し、その譲渡の際本件家屋の明渡請求権も、右両人に譲渡されたこと、並にその後更に、被上告人(当時の控訴人)が右浜田両人から、建物所有権の譲渡を受け、昭和三一年一二月一一日その移転登記手続を経た、その日頃、右家屋に対する明渡請求権も、被上告人(当時の控訴人)が右浜田両人から、譲渡を受けて、再び取得するに至つたものであるとの事実の認定をしたうえで「控訴人が本件和解調書に、前記執行文を受けた際、その執行債権者たる、地位を喪失していたのであつても、現在は再びその地位を回復しているものというべきであるから、右執行文附与の際における瑕疵は、既に治癒されているものといわなければならない」と判示している。しかし、被上告人(当時の控訴人)が、上告人等(第二審の被控訴人)に対し、本件家屋の明渡強制執行をしたのは、昭和三一年七月二五日同年同月三〇日(一部執行)であるから、右執行した前後、数ケ月に亘つて、被上告人(第二審時の控訴人)には原審判決判示のように明渡請求権が存在せず、また執行文下付も無権利者になされたものであつたが故に、前記強制執行は全く不適法のものである。本件異義の訴は、前記不適法の強制執行に対向して提起したのである。しかして、右明渡請求権は、前掲の和解契約によつて生じた、特殊の債権である以上譲渡性のあること勿論であるが、強制執行をなし得る権利即ち強制執行権は、執行文付与によつて生じたものであるから、譲渡性はなく、かつ、明渡請求権者たる地位と分離しては存在し得ぬ性質を有するものである。従つて被上告人(第二審の控訴人)の得た前記執行文が仮りに有効であるとしても、同人が明渡請求権者たる地位を失つたときに消滅し、単に執行文たる形式が残存しているに過ぎぬものと解す。前記のような形式的執行文であつても、その形式上の効力を失わせるには、当事者の合意なき場合は、裁判上の手続によらねばならぬこと勿論であるが、これは、債務者が執行文の形式上の効力をも避けようとする場合のことで、本件のように、執行文の実体的効力がないことが明かである場合にはし斯る執行文付記のある債務名義によつた強制執行は、裁判上においては容認されるべきものでないと解す。以上に述べたように、明渡請求権の譲渡が取消された場合でもなく、さらにまた民事訴訟法第五一九条以下の規定による承継執行文にもよらない、前記の如く、実体的効力のない前記のような単純執行文の付記ある債務名義に基く強制執行を維持する原審判決には服しかね、本点冐頭に述べた理由により原審判決の破棄を求めます。

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