大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)105号 判決

控訴人白井は、右建物およびその敷地を昭和二〇年八月四日から所有の意思をもつて平穏かつ公然、善意無過失にその占有を継続したから、同日より満一〇年の経過によりその所有権を取得した旨主張する。当裁判所が成立を認める乙第三号証、当審証人諸星てるの証言、原審ならびに当審における控訴人白井の各供述を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、本件土地を含む一帯の土地を大正六年頃訴外四本万二と河内研太郎の両人が買い受けて別荘を建築したが、その購入や建築について控訴人白井永寿の父白井喜代太郎が世話をし、またその後も別荘の管理を頼まれていた関係から、大正七年頃右訴外人両名は本件の目録(一)の建物を建ててその敷地約八十坪とともにこれを喜代太郎に贈与したのであつた。しかし、その登記をしないまま大正一一年に至つてその敷地を含めた一帯の土地約二千坪余を地上の建物とともに右四本および河内が訴外住友吉エ門に売り渡しその登記をしたので、喜代太郎が買主の住友に交渉したところ、住友はそのいきさつを認めて大正一一年五月一〇日喜代太郎に対し前記贈与を受けた土地建物については何時なりとも登記を変更する旨を約束して乙第三号証の誓約書を渡した。このようなことがあつて右建物と敷地は喜代太郎が取得したもので住友が登記の約束をした一札も入れられていたことを控訴人白井永寿は父から聞かされていた(喜代太郎は昭和一七年に死亡した。)。同控訴人は昭和二〇年八月頃から引続き右建物に居住して敷地も占有している。このように認められる。しからば同控訴人としては、本件建物と敷地が喜代太郎の取得したもので相続により同控訴人のものとなつたとして所有の意思で平穏公然に占有するものと認められるのである。しかしながら、住友が本件土地建物につき取得登記をしていることは同控訴人も知つていることであり、控訴人先代に対する登記変更の約束はあつたが、その約束の履行を求めることもなく大正一一年以来既に昭和二〇年まで約二十五年間放置しておいたため、その間冒頭認定のとおり所有者の変動を生ずるに至つたのである。その間控訴人白井永寿は租税負担についても全く無関心であつたことは同控訴人本人の供述からうかがえるのである。思うに不動産を取得してもその後登記名義が第三者に移つていることが分つている以上、あるいは更に新しい取得者が生ずるかも知れぬことは当然予測しなければならぬところであるから、永年そのような状態に放置し他人名義の不動産について占有を始めることは占有の初めに過失がなかつたとは認められない。されば控訴人白井が右建物およびその敷地を時効によつて取得したとの主張は認容できない。

(角村 菊池 吉田)

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